手術当日 その1 手術前

朝5時頃、目が覚める。眠剤のおかげでぐっすりと眠れた。6時に大便がでる。もし、ここで出ないと、浣腸という手段を講ずることになるが、セーフ、助かった。

朝食はもちろん食べることはできない。水、お茶は、朝6時までなら飲んでもいいそうだ。洗顔、歯磨き、髭剃りをして、荷物を倉庫に預ける。

手術用の浴衣のような服に着替えて、パンツではなく、T字帯という、所謂、フンドシをつける。この付け方が最初分からなかった。フンドシなんてつけたことないぞ!

この格好で、デイルームまで歩いて行って、朝のテレビ番組を眺める余裕もあった。

8時前に、家族が病院にやって来て、準備万端。気分はワクワク!不安のようなものは全く襲って来なかった。病室の前にストレッチャーが置いてあった。これに乗るのかと記念に写真を撮っておいた。

ストレッチャー
病室の前で待機していたストレッチャー (TC-1 + Tri-X 400)

8時15分に、病室でストレッチャーに横たわり、腕に筋肉注射を一本。痛みはない。精神を安定させるような薬らしい。人によっては、これで手術室に運ばれるまでの間に眠ってしまうらしい。私の場合は、20分経っても、30分経っても体に変化を感じない。いよいよ手術室へ運ばれる5分前になっても意識ははっきりしている。「ひょっとして麻酔の効きにくい体質だったのかも・・・手術中に目が覚めたらどうしよう!!」とは思ってなかったです。


手術室に向かう直前。看護師のKさんと。 (TC-1 + Tri-X 400)

手術開始予定時刻の朝9時になり、夜勤担当の看護師さんKさんとYさんがストレッチャーを押し始めた。家族は手術室の入口まで付き添ってくる。「はい、家族の方はここまでです。声を掛けて上げて下さい」と言っている。テレビドラマにありそうな典型的な場面。

更にゴロゴロと数メートル運ばれて、止まった先が手術室。目の前には例の手術用の電灯。ビデオカメラも設置されているのを確認。消毒薬のなんだかいい匂いが漂っている。そして、クラシック音楽がBGMに流れているではないか! これは新たな発見であった。注射した薬が効いてきたのか、とてもハイな心地良い気分になり、興味津々で周りを観察。とても落ち着く神聖な空間であった。自分の右側に女性が一人、左側に男性と女性、頭の後ろに男性が一人いたことまでは覚えているが、声はかけられなかった。手術室に入って2、3分、左手をさすられている内に、点滴の管を入れる痛みも感じず、記憶が止まった・・・

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入院六日目(手術前日)

手術二日前の昨日、麻酔科の先生から全身麻酔について説明を受ける。「手術中は絶対に痛くないし、知らない間に全部終わりますから何も心配いりませんよ」とのこと。イケメン系のテレビドラマに出てきそうな先生であった。

そうして、手術前日。この日は少々慌ただしい。

まず、剃毛、臍処置(へその掃除)、腹囲測定、爪切りを済ませて、シャワーで、頭のてっぺんから足の指先まで丁寧に洗う。そして、タンがでやすくなるように10分間の吸入(霧状の薬を吸う)を二回行う。

心臓の手術なので、剃毛する部分は胸毛だけかと思っていた。しかし、胸毛の他にも、脇毛、腕の毛、脚の毛、それから、あそのこ毛も剃らなくてはならないらしい。なんでも、手術の状況に応じて、脚から血管を採取したり、脚の付け根の部分から人工心肺の管を入れる可能性もある為だそうだ。毛を剃ることによって、バイ菌が付きにくくなるし、また、テープをはがす時も痛くないらしい。

病室の自分のベッドの周りのカーテンを閉め、床にタオルを敷いて、まずは自分で電動バリカン(本体は病院が貸してくれる。刃は売店で購入。)を用いて剃り始める。髪の毛を除く全身の毛を剃っていくのだが、毛深い私は大変・・・羊の毛を刈っているような感じ。自分で剃りにくい体の後ろの部分や脇の下は、看護師さんが丁寧に手伝ってくれたが、やはり、少々恥ずかしいものである。

剃り終わったら、シャワー室へ。そこの鏡で見ると、おしりの下のあたりにまだ毛が残っているではないか。慌てて看護師さんに、「剃り残しがありました!バリカン貸して!」と伝える。看護師さんがシャワー室にやってきて、全裸の私に、「あら!ゴメンナサイ。ちゃんと確認しなくて」と言って、剃り残しを剃ってくれたのである。

午後は、手術後に入るICU(集中治療室)の看護師さんから説明を受ける。パンフレットを元に、ICUとはどんなところ?、手術後の体の状態は?、麻酔から目が覚めた時の状態は?、自分で呼吸できるようになったら、リハビリ、などについて教えてもらう。

ICUの看護師さんの制服は、一般病棟の看護師さんとはちょっと違う。なんかアロハシャツっぽいような、さわやかなシャツ姿。なぜだろう?

ICUでの家族面談は、一回5~10分程度と限られており、また、12歳以下の子供さんはご遠慮下さいとのこと。確かに、体に管を何本も差し込まれたお父さんの姿を小さな子供が見たら、ショックを受けるかもしれない。

その後、ナースステーション脇の部屋で家族と一緒に、南淵先生から手術についての説明を受ける。所謂、インフォームド・コンセント。川崎市立病院でのエコー検査結果では、前尖逸脱でLV拡大と診断されていたが、南淵先生曰く、僧帽弁の恐らく後尖側にたゆみができていて、その部分がちゃんと閉まらなくなり血液が逆流している模様とのこと。たゆみを切って、半円状のリングを後尖側に縫い付けるのだそうだ。後尖より前尖側の方が治療が難しいと聞いていたので、処置すべきは後尖側であろうと知って少し安心した。

そもそも、エコーに心電図、レントゲン、CT、MRIにせよ、全てに完璧な検査はないらしい。それぞれの検査方法によって良く分かることとそうでないことがあるので、複数の検査を実施して、さまざまな検査結果から多面的に判断して、一番確率の高い症状や病気の状態を推測するイメージらしい。

逆流のレベルは、エコー検査による判断では4段階のレベル4。これ以上逆流が酷くなると心臓が止まっちゃうかも・・・形成術で治せると思うが、うまくいかなければ弁置換の可能性もあるとのこと。胸を開けて実際に心臓を見てみないと、どのような戦術を使って病気という敵と戦うかは最終的に決められないとのこと。南淵先生曰く、「僕は、この手術は楽勝だと思ってますけどね!」 

エコー検査の画像を備え付けのパソコンの画面に出してもらい、デジカメの動画で保存しておいた。手術後のエコーと比べてみれば、手術による治療の成果が分かると思った。と同時に、「私はしっかりチェックしてますから、ちゃんと手術やって下さいね!」という、失礼ながら、ささやかなプレッシャーを南淵先生に与えたつもりだった。

エコー画像

「心臓弁手術内容説明用紙ならびに手術依頼書」(どのような内容の手術を予定しているか説明した書類)、輸血同意書などの説明を受けて、納得の上、サインする。

機械弁と保存液に浸された生体弁のサンプルは説明部屋においてあり、手に取って見てみた。「もし弁形成術がうまくいかない場合は機械弁を用いた人工弁置換を行う可能性があります」と上述の依頼書に記載がある。生体弁は、15-20年しか耐用性がなく、又、年齢が若く新陳代謝が大きい程耐用年数が減るので、私の年齢では本人からの特別な希望がなければ機械弁の選択が妥当だと思われる。

ちなみに、私の入院前に退院していった26歳の男性患者さんは、術後のワーファリン服用の制限のない生活を希望された為、生体弁での手術を受けられたそうである。近い将来の再手術を覚悟した上で・・・

又、81歳の患者さんで、術前に99%生体弁での弁置換になると言われていたのが、胸を開けて心臓を見てみたら、弁自体の状態が良かったので、形成術で済んだという方もいらっしゃった。

手術室に向かった後、ICU滞在時は、それまで居た一般病棟のベッドを空けなくてはならない。ICUに持っていける荷物は限られていて、歯磨きセット、腹帯、ハートハガー(術後の胸の痛みをやわらげるアイテム)、スリッパ、ティッシュボックスなど。全てシールで名札付けをする。その他の入院時に持ち込んだ荷物は病院の倉庫預かりにしてもらうためにまとめて鞄に整理する。

夕食は6時に普通に食べる。お腹に残りにくい柔らかい食事であった。

家族や友人に、「いよいよ明日、手術だよ」と携帯メールする。すぐにはげましの返事が返ってきてうれしい。夜勤の看護師Kさんや、デイルームに集まる術後の先輩方々からも、不安を取り除く色々なお話をして頂いた。もう、この時点では、不安も恐怖も全く感じていなかった。来るべき時が来るのをただ待つだけという感覚・・・

手術前日の夜は緊張する人が多いのか、眠剤を飲まされる。あと、翌朝、便がちゃんと出るように下剤も飲んで、床に就く。手術開始は明日の朝9時・・・

大和成和
大和成和病院 2階病棟廊下にて (TC-1 + Tri-X 400)

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入院五日目

心臓の手術。弁膜症の手術は、全身麻酔をかけられて、胸骨という胸の骨を縦にノコギリで切断され、心臓を停止させて、その間は人工心肺という機械によって全身に血液が送り込まれる状態で心臓の部屋の中にある弁の修理が行われる。その後、心臓を再鼓動させて、胸骨をワイヤーで固定して創を塞ぐ。非常に恐ろしい治療行為だ。南淵先生は、「およそ人が人に対して行うこの世で最大規模の侵襲行為」だとおっしゃっている。

心臓病の本を読んだり、ネットで調べれば詳しい情報が得られるが、手術には「リスク」が存在する。最悪は命を落とす可能性もある。

心臓の状態、他の病気を合併しているかどうか、年齢や体力的な面などによって、確率的な条件は異なるのであろうが、手術を受ける本人にとっては、0%か100%のどちらかしかない。

心臓の手術は、医者に受けなさいと指示されて受けるものではなく、患者が自らの意思で手術を受けることを決断するべきである。南淵先生の本にも繰り返しそう書かれている。

自分で決断するということは、「リスク」について自らが認識することも含まれるし、治療によって健康な体に戻れる期待を抱くことも含まれる。

私は、「自分が死ぬ」ということを、これまでの人生において真剣に考えたことはなかったような気がする。学生時代のバイクの交通事故で、脳震盪を起こして事故後の記憶が数時間なくなった時は、少しは命の大切さ、生還したという雰囲気は感じたかもしれないが、そのこともすっかり忘れていた。

今回、心臓の手術を受ける決断をするにあたり、やはり、死については真剣にはイメージできなかったと思う。自分が死んだら残った家族がどうなるということは全く想像できなかった。その一方、親孝行し損ねて既に亡くなっている父と天国で会って話ししたり、一緒にあの世で酒でも飲めるから、万が一、死んでも怖くないと思っていた。

病気になったのも運命、手術することになったのも運命・・・

「死生観」、そんなこと、普段は考えないよなぁ・・・

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入院四日目

大和成和病院の病室は、南向きで、冬場でもとても暖かい。病室の窓の前に広がる林の向こうに朝焼けが赤から青へのグラデーション状に染まりはじめると、すがすがしい気分になる。日中晴れると、部屋の温度は暑すぎるくらいだ。夏場だと冷房必須だな。

病室の窓からの朝日

一階には受付案内、会計窓口、薬局、外来診察室、検査室と売店と食堂がある。小さな売店だが、新聞・雑誌・書籍、飲み物やスナック類を売っている。術後使うハートハガーや、剃毛時に使うバリカン用の刃もここで購入できる。

売店

二階は手術を受ける入院患者さんの病室(個室と大部屋)と手術室(二室)。三階はカテーテル治療の入院患者さんの病室らしい。それから、スポーツジムのようなリハビリ室もある。

端から端まで歩いても200m(?)くらいの決して大きくない病院だが、きれいで温かみがあって、働いている皆さんの表情も良い。美人看護師も多い!

検査待ちでかなりの時間待たされるということはあまりなかった。特に入院患者の検査は検査室から呼ばれてから検査に向かうので、待ち時間ゼロで診てもらえるのはありがたい。

神奈川県在住の患者さんが多かったが、中には長野県や九州あたりからも手術を受けに来ている方がいらっしゃった。遠方からの患者さんの家族が手術当日立ち会う為に、病院近くに患者家族用の宿泊施設もあるという話を聞いた。

私の手術前検査は、入院当日と二日目で全部やってしまったので、手術当日までは結構暇になった。これなら、もっと入院日を遅くしても良かったのでは・・・

時間潰しに、昔読んだことのある思い出の小説を読んでみることに。谷崎純一郎の「痴人の愛」、田中英光の「オリンポスの果実」、エラリークイーンの「Yの悲劇」など。

また、携帯音楽プレーヤーに録音してきた音楽を聴いたりする。

個人用のTVも設置されていて、TVカードとイヤホンを売店で買ってくれば見ることができるが、術前はあまり見なかった。

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入院三日目

病院への入院は、学生時代にバイクの交通事故を起こした際に一週間入院した経験があるが、その時以来。大部屋で他の患者さんと知り会ったり、看護師さんとお話したりすることに、入院前からちょっとした楽しみの期待があった。

同部屋の術前のSさんは、私より2日前に手術が予定されていて、病気のこと、食事の片づけ場所やTVカードの入れ方、その他諸々入院生活について教えて頂き助かった。同じく同部屋のOさんは、私と同じ僧帽弁の形成術を南淵先生から既に受けられており、とても元気に回復されている様子を見て安心した。

家族の待機場所や患者の集いの場になっているデイルームにいると、MさんやKさん、Oさん、別のOさんなど、色々な術後患者さんと知り合い、情報を得ることができた。術後4日目くらいでもピンピンして歩き回っておられるのを見て驚く。

デイルーム二階デイルーム (TC-1 + Tri-X 400)

このように、同じ病院で手術を受けられた他の患者さんから直接生の話を聞くことによって、手術に対する不安は完全に消滅していった。

同じ病院で同時期に治療した仲間とは、退院時に連絡先を交換してあるので、皆が元気になった頃、一度集まって食事でもしたいと思っている。

心臓の手術を受ける人の年齢は、60、70歳代あたりが一番多そうだ。81歳という方も二人見かけたがどちらの方もとても元気だった。50歳代以下になると極端に人数が少ない。私が入院していた約二週間、病院の同じフロアーには、27歳の方が最年少で、30歳代はゼロ、40歳代は私一人であったと思う。また、女性より男性の方が多い。メタボな太った人はほとんどいなくて、私もそうであるが、むしろ、普通体格かやせ気味の方が多かったのは意外であった。バイパス手術を受ける人と、弁膜症の手術を受ける人がほとんどだが、中には急性大動脈解離で救急車で運ばれてきた人もいた。

入院初日は、生活環境も変わり落ち着かない夜を迎えていた。そんな時、夜勤の看護師のYさんが私のカルテに書かれていたプロフィールを読んで話しかけてくれて、海外生活の話をした。看護師さんは20人くらいいるらしいが、不思議とこの看護師Yさんは、私の入院初日の夜、手術前日の夜、手術室までストレッチャーを押してくれたのも彼女、手術後、ICUから一般病棟に移った日の夜と、節目節目のところで担当して頂いたので印象に残っている。

日勤の看護師さんの仕事時間は、9時-17時だけど、夜勤は、16時30分くらいから翌朝の9時半くらいまで約17時間働き続ける。三交代制の病院もあるようだが、大和成和病院は二交代制であった。翌朝、夜勤の看護師さんの目を見ると赤く充血したりしている。さすがに二晩続けての夜勤はなさそうだけど、結構大変な職場なのだと実感。感謝しています!

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
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南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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