BNR34さんを囲んでミニ集まり@町田

昨年秋の(元)心臓病仲間の集まりに参加して頂いたBNR34さんは、その時1か月後に大動脈弁の心臓手術を予定されていた。弁置換の予定だが生体弁にするか機械弁にするかの選択で迷われている時期であった。その後、12月中旬に生体弁を選択されて手術。リハビリも順調で、2月から仕事にも復帰されたとのこと。

面倒見の良い(元)心臓病仲間である薫さんの発案で、BNR34さんのご退院おめでとうのミニ集まりが町田で開催された。前回の集まりに参加できなかった仲間もやってきてくれてとても賑やかな会合になったのは、皆さんのご想像通り。



「術後、何か変化がありましたか?」の問いに、「それが案外何もなくて・・・」とのこと。
あまりにも順調過ぎた手術と術後の経過のお蔭で、術前から術後への変化が見えなかったのかもしれませんね。でもまだ術後3か月。変化を感じるのはこれからこれから。


術後3か月にしてはかなり綺麗なBNR34さんの創の長さは10cm。小切開で、胸骨をコの字型に切ったのだそうです。人工心肺の管も足のつけ根部分にある太い血管に指し込む方式だったとのこと。

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術後三十八回目の外来(稲波脊椎・関節病院)

今年から勤務先での仕事が忙しくなった。達成感・充実感も増している。毎日、元気に仕事ができるということはありがたいことである。

勤務時間が長くなると、どうしても食事の管理が甘くなる。普段は昼と夜の2食だが、猛烈に脳細胞を使って仕事をしていると、糖分が不足するような気がして甘いものが欲しくなる。職場の同僚から差し入れされるおやつや自分で作った自家製酵母のパンを机で仕事しながらかじったりしている。また、自家焙煎した珈琲豆で点てる一日2杯のコーヒーは、仕事に欠かせないカフェイン補給の必需品である。夜遅く、家に帰る道すがら、急に缶ビールが飲みなくなり、これまた普段自宅では滅多にお酒を飲むことのない私が晩酌なぞというものをしてしまうここ最近。

ということで、今日の術後の定期検査と外来。乱れた血液検査の結果を予想する。が、前回同様、特に数値に問題なし。中性脂肪もコレステロールも、肝機能値も正常。体重も増減なし。良い方向に予想が外れた。この冬はこれまで風邪もひかず、もっとも、心臓手術後、免疫力が高まったお蔭なのか2009年5月以来、寝込むような風邪や発熱は一度も起こっていない。客観的状況では健康体を維持できているようで安心した。

南淵先生の診察でもいつもの通り問題なしとのこと。処方箋と次回の予約票をもらい会計。

今日は帰りに天王洲アイルで1997年から営業しているあの有名なT.Y.Harborで地ビールを美味しく飲んできた。以前から行きたいと思っていたお店だが、なかなか機会に恵まれず、ようやく今日実現。また行きたい!


診察室から出てきた外来仲間

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(元)心臓病仲間とのミニ昼食会 & 女性と男性の違い

以前、集まりでお会いした北関東在住の(元)心臓病仲間のHさんから先週連絡を頂いた。奥様と一緒にお仕事の関係で神奈川方面に見えられるとのことで、その機会を利用して本日昼食をとることができた。マダムアリスさんもやってきてくれて、にぎやかな雰囲気に。(元)心臓病仲間の輪が広がると、こうしたちょっとした再会の機会も持ちやすい。そして、いつも心臓のことが話題となる。慣れてくると無理したり疎かにしてしまいがちな体調管理のことなどに対しても、改めて気が引き締まって良いものだ。もちろん、心臓以外の話題についても、家庭や職場以外の人との会話は新鮮だ。

Hさんは心臓病で手術が必要だと分かった時、奥様がこのブログを見つけられてHさんに情報を伝えられたのだそうだ。患者本人以外のご家族や知り合いの方がこのブログを見つけて、患者本人に伝えられて連絡を頂くケースは実は多い。

そうした患者本人以外の方が私に連絡を下さる場合、まず例外なく、9割9分9厘と言ってよいのだが、それは女性なのだ。患者の奥様であったり、お母様であったり、お嬢さんであったり、恋人であったり・・・。

つまり、患者本人の場合は男性も女性も関係ないが、そうでない場合は、例えば、男性から「身内が心臓病になったので・・・」という連絡や相談を頂いたことは、ブログ開設から8年以上経つが記憶に無い。(と言い切っていますが、もしいらっしゃったらごめんなさい。それだけレアケースだということです。)

外来の時に、病院のロビーで周りの患者さんを何気なく観察して時間つぶしすることがある。すると、手術を受けるべきかどうかの重要な診察だと思われる日に付き添いに来られている方は、これまた圧倒的に女性なのだ。

この状況は、ひょっとして人類の本能的なものから起こっているのだろうか。女性は出産し子孫を育てるという役割(子育ては男性も行いますが。)があり、自分以外の大事な人の生命に関わる事柄を男性よりも、より真剣に捉えることができるのかもしれない。

南淵先生の本にも、「女性は自分が大事だと思う人をなんとかしようと一生懸命努力する」というようなことが、女性脳と男性脳の違いに触れて書かれていた。

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たかしげエッセー 『心臓人工弁の終り』

たかしげさんから昨年頂いていたエッセーをご紹介します。
たかしげさん、今年も引き続きよろしくお願いいたします。
カムバックハート
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八十路をいく身となると同年代の著名人の訃報に関心を持つようになる。自分自身にもひしひしと迫ってくる感じがする。人工弁やペースメーカーで命を支えられているから尚更だ。過日義兄が他界し葬儀に参列した。杖に援けられ心臓を患っている身体だと手を合わせるだけで、ただの参列者のような立場とならざるを得ない。

火葬が終わり骨上げの時、一つのお骨を二人で骨箸で挟んで骨壺に納めながら考えた。自分の場合は大動脈弁と僧房弁が機械式人工弁に置換されている。また、大動脈血管を10㎝ほどの長さを人工血管に置換してある。オマケのようにペースメーカーが左鎖骨下側に埋めてある。いろいろな人工物で補われた心臓で生きている。いや、生かされてるのかもしれない。しかし、いずれにしても生きてる者は「生者必滅、会者定離」だからいずれ逝くだろう。

火葬した後、ペースメーカーや機械式人工弁はどうなっているのか、焼けて跡形も無くなるのか ふと、脳裏をよぎる。1982年大動脈弁置換手術を受けた時に医師から機械式人工弁の材質はチタニューム材と聞いた。更に、2011年東日本大震災が発生した時は僧房弁置換手術を受ける待機中だった。血液抗凝固剤のワーファリンを服用するから同じに半永久的に寿命がある機械式人工弁に置換手術を受けた。

最初の手術からほぼ30年経過しているので不確かだが主材は新素材の炭素繊維らしい。
遺体の火葬温度は体格などで調整されるらしいが800~950℃程度らしいので機械式人工弁の残骸が残るのか、それとも跡形もなく焼けて無くなるのか興味がある。生体弁は当然人体と同じに焼却されるだろう。

自分の場合は骨上げの時に係員がどんな説明をするのだろうか、
副葬品の一部として見過ごされるかも知れないと思いながら係員の説明に耳を傾けた。
親戚縁者の前に置かれる遺骨は係員が選別したのだろう、ステンレスの塵取り風受け皿で机上に置かれた。それぞれのお骨の説明をしながら骨壺に納めていた。どのようなことでも知識と関心が無ければ聞き流してしまう。前述のような身体だから耳をそば立てて聞いた。

それぞれの身体の部位について喉仏・顎骨・背骨・頭蓋骨・・・・と骨の名を挙げて説明しながら骨盤から頭骸骨へと順序よく骨壺へ積み重ねて納めている。脚や腕の長い骨は納骨には長すぎるからか見当たらない。大きさが決まっている骨壺だからだろう。蓋が閉まるよう周囲を骨箸でザクザクと突いている。厳粛な儀式にしては抵抗を感じた仕種(しぐさ)だった。蓋を閉め、透明のビニールテープで密閉した骨壺を桐箱に入れて金襴(きんらん)緞子(どんす)の化粧袋がかぶされて喪主に丁重に手渡された。

一連の火葬納骨のプロセスで感じたことは、いま、30年余り命をつないでくれているペースメーカーや人工弁を遺品として残したいが火葬だから無理だろう。永年埋め込まれた人工弁などの鼓動を意識して助けられて来た愛着のあ命の源だ。今後も活躍を願い、火葬・骨上げの様子を視点を変えて興味深く眺め振り返ってみた。

  了
たかしげ
2016.10.20

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術後三十七回目の外来(稲波脊椎・関節病院)

今日は三カ月毎の外来検査と診察の日。最近、間食したり、飽食気味で食事の管理が甘くなっていた割には、血液検査の結果は良好。全項目基準値内は久しぶり。(いつもヘマトクリットとかいう良く分からない検査項目がLowになっていたり、気を許すと中性脂肪が上昇したりしていました。)

外来ロビーに座っていると、南淵先生が診察室から出てきて、別の外来患者さんを紹介してくれた。私と同じ僧帽弁形成術を3年前に受けられたそうだ。南淵先生のところにはこのブログから知り合った患者を何人も紹介してきたが、逆に、南淵先生からも患者仲間を紹介してもらうという、そんなことが過去にも何度かあった。普通、医者の方から別の(元)患者を紹介してもらうことって無いですよね? またお会いしましょう! Sさん。

今日も前回に引き続き、京急線青物横丁駅近くの「鮨両」でにぎり寿司のランチ。美味しかったです。

おっと、今日の外来の写真が一枚もないではないか! 仕方なく文字だけでの外来報告です。

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カムバックハート


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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

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お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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