人の心の変化  その2

9月1日のこのブログ記事でご紹介した東京新聞掲載の池田省三さんの「ステージ4 がんと生きる」の続編。

前回のエッセーで、「「人間は致死率100%の存在なのだ」と受容した。すると、時の流れが穏やかになり、それと同時に気分がゆったりとして、穏やかになれた」という池田省三さんのお気持ちが伝えられていた。それに対して、末期がんを告知された別の方が同じような体験をするのかどうか、池田さん自身も強い関心を持っておられたようだ。

その池田さんの手元に新聞記事を読まれて同感された方からお手紙が多数届いたとのこと。その紹介記事が2012年9月8日付け東京新聞朝刊に続編として発表されているので改めてご紹介したい。

「私も死を意識して、見つめ直したのは自分の人生」「死はすなわち、生を振り返ることなのかもしれない」「見える風景が変わり、光を感じた」と池田さんは思い感じられた。

池田さんに届いたお手紙の中には、「時が穏やかに・・・とても一日が長く感じると主人が言い出した」、「自分自身がとても穏やかでいられる。それが不思議だとも申しておりました」と、池田さんと同じ感覚を得られた方のお話があったり、亡くなられるひと月半前に上高地にご夫婦で出かけられた方の場合、「何だかこのあたりのものが、すごくキラキラとみえるんだ。日の光で光っているんじゃないんだけど」「今、自然のものが全て美しく見える。不思議だ」と言い出されたとのこと。 「前向きにすべてを受け入れて生きています」「がんと共生して行くことへの勇気をいただきました」という方もいらっしゃる。

ここからは、私の考察。

がんと心臓病では、患者の心境は大きく異なると私は思っている。心臓病は前にも書いたが、多くの場合、適切な時期に適切な治療を行えば健常者として平均寿命をまっとうすることができる病気だからだ。病気を受け入れて、前向きに生きていくことがより容易な病気なのかもしれない。我々の(元)心臓病仲間の皆さんから、「時の流れが穏やかにゆっくりとなったのを感じた」というコメントは聞かれなかった。それは、心臓病が心臓という人の生命の源に関わるとても大きな病気であるにも関わらず、流れている時の先に対して希望を持つことが比較的容易であり、危機の状況でも自身が死を本当に意識することは少ないことからくる当然の結果だったのだろうか。弁膜症で心臓手術適応を指摘されたが自覚症状がないような方には特に当てはまるのだろう。だからといって、心臓病を甘く考えてよい病気では決してない。心筋梗塞や急性大動脈解離で強烈な胸の痛みに襲われ救急車で病院に担ぎ込まれ緊急手術に至る方もいる。また何度も再手術を受けられる方もいる。そこから生還された方は一度や二度、死をより身近に経験されていることと思う。

「心臓手術を受けたら、目に見える世界が異なってみえる」「人の顔が違ってみえる」「豚の生体弁を入れると聞いていたから、手術中、ブタさんの夢を見た!」「術後、自分の生体弁は牛の心幕のものだと聞いた時から、ブタさんの夢は見なくなった!」、とは、マダムアリスさんの3度目の心臓手術時の体験である。

心臓手術を受けると、体に色々な変化が起こるのは確かだ。何が起こるのかは人によって異なるが、心臓手術経験者同士でそれを語り合うのも楽しいものだ。「(元)心臓病仲間の集まりで、同病の方同士が寄り添わないといけないくらい心臓手術を受けて生きていくということは辛いことですか?」と先日、質問を受けた。そんなことはない。(元)心臓病仲間が交流を持つのは、貴重な体験をお互いに自慢したり、不思議と気が合うのがどこか居心地が良いから集まっているのだと思う。

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人の心の変化

Yomi Dr.でもお馴染み読売新聞は、医療関係の記事に熱心だという印象を持っている。私が心臓手術を受ける病院選びの参考にした病院毎の実績症例数の生々しい記事を載せていたのも読売新聞だ。

でも今、我が家では東京新聞を愛読している。原発反対や昨今の政治に対する連日の報道の方針は、他の新聞各紙とはちょっと異なっている。南淵先生のエッセーもたまに載る。無駄な織り込み広告も少なく、購読料も安いので好きな新聞だ。

2012年7月17日付けの東京新聞朝刊に、池田省三さんの「がんと生きる ステージ4」というエッセーが載っていた。「告知後の謎」という、興味を引く内容だったので少し紹介したい。

人は誰しも年を重ねると日々の時の流れが速く感じるようになる。小学生の頃の一日と、43歳の今の私の一日では、その時間の長さの感じ方が全然違う気がする。長く生きれば生きるほど、人の一生に占める対象の時間が相対的に短くなるから、そう感じるのだと言われている。

ところが、池田省三さんは、末期の大腸がんの告知受けて余命が限られていると自らが悟った瞬間から、時間が緩やかに流れ始めたそうだ。また、気分がゆったりとして、怒りや悲しみをあまり感じなくなったとのこと。世の中で自分のことを批判する人がいても気にならず腹が立たない。モノが欲しいという気持ちもなくなったそうだ。人は誰にも、見るとつい衝動買いしてしまうような、そして、購買欲が満たされるとそのモノに対する意識が薄れいずれ後悔してしまうようなものがあると思う。私の場合は、カメラの機材関係だろうか・・・(最近はうまく自己管理しています、笑)。だが、余命僅かと悟ると、そういった購買欲も無くなってしまったそうだ。そして、そうした変化は決して心持ち悪いものではなく、むしろ、心豊かになるような、喜ばしい変化だったそうだ。

ところが、抗がん剤の効果で病状が安定し、「まだ、死なないな」と思ったら、時の流れが再び元の早さに戻り始め、気持ちの持ち方や購買欲についても同じく以前同様の状態に戻ってしまったとのこと。

心臓病を告知されても、直ぐに、自分の余命を考える人は少ないと思う。多くの心臓病は、適切な治療を適切な時期に行えば、健常者同様の体に戻すことができるからだ。最も、心臓手術のリスクは、その他の一般外科手術に比べるとはるかに高い。最悪の場合、手術で命を落とす可能性もある。そう認識した時に、果たして、その患者は時の流れをどう感じるのだろうか?気持ちの持ち方も変わるのだろうか?物質に満たされたい、モノを所有したいという欲望は変化するのだろうか?視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚に変化は発生するのだろうか?

私の例でいうと、心臓病であることを知ってから心臓手術を受けるまでは、それまでの気持ちや行動となんら変化は無かったと思う。術前に自分の余命を認識することがなかったので当然かもしれない。でも、心臓手術を受けた後は、何かしらの変化があったのは確かだ。怖いものが無くなったというか、大胆になったというか、本能の赴くままに生きることができるようになったというか・・・うまく表現はできないが心臓手術後の精神面での変化は確実にあった。術後3年半を過ぎて、その気持ちが術前の状態に戻りつつある気もしているが、100%戻ってしまった訳ではない。時と共に手術創は薄れてきれいになっても、心臓手術を受けたという経験は時では消せない創として自分の体に刻みこまれているからだ。

(元)心臓病仲間の皆さんはどうですか?

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強い患者

患者さんは強い。

南淵先生のブログにある「勇患列伝」を読めば、心臓手術を受けるに至った患者さん達のエピソードが幾つも語られている。それは心臓外科医の視点で見た強い患者さんの在り様だ。

患者であった私の視点からも、この人はほんとに強い患者さんだなぁと感じる出来事があった。

私の入院中に出会ったとある方がその人である。その時は心臓の手術を受けるために同じ病院に入院されていたのだが、それまでにも何度か別の病気の手術も経験されてきたらしい。正に手術を受ける側のプロ。

入院生活や医者・看護師に対する対応が板についている。不安一杯で入院生活を始めた私に気さくに声をかけてくれたり、食事後の片づけの仕方などの手順を教えてもらったりして、とても頼りになる先輩患者であった。

なぜ、私がその方に患者としての強さを感じたのか?

実は一度だけ、その方が弱音を吐いたのだ。「こんなに病気ばかりして、どうして自分は生まれてきたのか分からない・・・」と。面と向かってその言葉を受け聞いた私には、その時、返してあげる言葉は出なかった。自分も心臓手術を受ける直前の不安な状態、他人のことをフォローしている余裕は全然なかった。

その唯一の正直な弱音の発言があったからなのか、逆にその方の普段のとても前向きな行動や言葉、容姿が患者としての強さを私にはとても印象的に見せつけていた。実は今でも当時のご様子が脳裏に浮かぶのである。

その方の受けられた手術は、大動脈瘤を大動脈弁に弁置換、僧帽弁を形成、同時にバイパスを2本繋ぐ大手術。実は、心臓の手術を受ける必要があると分かった時、同時に脳にも瘤があることが分かり、心臓を先に治すか、脳を先に治すかという選択もしなくてはならない状況だったそうだ。心臓を治された後、今度は、脳のカテーテル治療に向かわれた。

退院後、一度再会した。常に前向きで、生きていることをありがたく一日一日を大切にされているそのご様子は不変であった。

病気になることは理不尽なこと。しかし、それは、天によって決められた人生における原因と結果が結びついたもの。それを受け入れ、ポジティブに立ち向かうことのできる人はその後の結果をも良い方向に引き寄せることができるような気がする。

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健康診断と弁膜症の発覚について

皆さんはどういうきっかけでご自分が弁膜症だと判明したのでしょうか?

定期的な健康診断で突然に、「あなたはいつから心臓病ですか?」「心臓に雑音があるので、一度専門の病院で診てもらって下さい」と言われたという方が、私の周りの仲間に少なくない。しかも、毎年定期的に健康診断を受けていたにも関わらず、ある時、突然に・・・

そう言われた患者の心境はきっとこうだろう。「どうして毎年健康診断を受けているのに、手術適応になるような状態になるまで教えてくれなかったんだろう?」

前の年の健康診断でちゃんと聴診してもらって本当に問題がなくても、その後、一年未満の短期の間に弁膜症が突然発症して状況が進行するということも感染症心内膜炎などではひょっとしたらあるのかもしれない。

若しくは、心雑音は認めるがまだ手術適応のレベルではないので、「患者を不安な気持ちにさせるのは可愛そうだ、時が来るまで知らずに生活させてあげよう」という内科医の親切心なのかもしれない。

「まだあと一年くらい大丈夫そうだから、手術適応の文言を言い渡すのは俺じゃなくて、来年の健康診断で担当する別の医者に任せよう」という人の無意識の行動もあるのかもしれない。

手術直前であろうが、早期の段階であろうが、医者から心雑音の指摘を受けることによって激しい不安を感じるのは誰しも当然だと思う。心雑音指摘から手術まで10年以上の歳月がかかった私自身がそうであったから。

早期に弁膜症の指摘を受けた場合は、不安を感じるのと同時に、その後、無茶な生活を慎み、結果的に病気の進行を抑えたり、他の合併症の発症を防ぐことができるかもしれない。また、病気に対する知識を得ることができて、将来やって来るかもしれない手術の日に向けての心構えが少しはできるかもしれない。

健康診断は、そもそも全ての病気を見つけ出すことができるものではない。検査自体が、人体のある一面を非常にアバウトな画像や数値で表現しているだけだし、健康診断という流れ作業の中で、画像や数値が他の人と比べて特異であった際にはじめて指摘がなされるのだから。もっとも、真剣に聴診してもらえば心雑音は間違いなく発見できるらしいのだが・・・

診察室で椅子に座った健康診断受診者の顔を一回も見ずに、反対方向を向いたパソコンの画面とただ向かいあってデータ入力しているだけのような健康診断の医者には無理かもしれない。

従来は、弁の機能が悪くなってもダメになるギリギリまでそのまま経過観察し、時期を見て弁置換という方法が主流だったそうだ。最近は、特に僧帽弁の場合、逆流のレベルが比較的低い段階で早期に弁形成術で治療する方向にあるようだ。

逆流のレベルが進行して知らない間に治療もできないくらい手遅れになるというような事態だけは避けたいものだ。

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心臓手術と自分自身の変化

先日の考心会で講演された佐々木閑先生の「日々是修行 -現代人のための仏教100話-」という著書を読んでみた。

佐々木先生の講演を聞くまで、私は宗教や仏教とはなんぞやということを全く理解も想像もできていなかった。

たまたま、私が通った高校はプロテスタント系キリスト教を基本に据えた学校であった。校則は無いに等しく極めて自由な校風で、海外からの帰国子女が全校生徒の3分の2を占めるような特殊な学校であった。毎朝、礼拝堂で礼拝の時間があった。聖書を読んだり、牧師さんの説教を聞いたりした。3年間毎朝礼拝に出席し、週に一回、聖書という教科が時間割に盛り込まれていたが、残念ながら、そのことから自分の生き方に影響を与える何かを得たという認識はない。

日本の一般の学校教育において宗教教育は為されない。日本の若者は、通常、宗教というものに対する免疫を持たない真っ白な状態で成長し世の中に送り出される。私自身もそうであった。そうした人間が知らぬ間に特殊な宗教団体に洗礼されて危険な目に合うことがあるそうだ。大事なのは、自らは宗教教育を受けていないという自覚を持つことであり、それが、宗教を客観的に見る目を養うと、佐々木先生は書いている。

今の私には、苦しみや不安をなくしたり軽減させるためのよりどころとするべき新たな方法は必要ないと感じている。それは、心臓手術を経験したことによって、自分自身が変わり、死や病気といった苦悩に立ち向かえる気概が術前に比べると少しは備わったからだと想像する。

仏教の、悟りを得る、ということほどのものでは当然ないと思うが、心臓手術というイベントを乗り越えることによって、それまでの自分自身とは違ったモノの見方や考え方が自然と行えるようになったのは事実だ。

仏教で、悟りを得るには、修行というトレーニングが必要だそうだ。我々は理不尽にも心臓病と宣告された。病気を理解し、手術を受けるに至るまでに病院や医者を探し選択し、そして、入院~手術~退院、リハビリ、そして社会復帰するプロセスを経てきた。こうしたプロセスを着実に自らの力で乗り越えるということは、仏教で言うところの修行とひょっとしたら何か共通する意味合いがあったのかもしれないなあと、佐々木先生の本を拝読して思った次第である。

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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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