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手術から17日目

時が経つのは早いもので、今年も残すところあと三日となってしまった。年賀状は年明けに書くことになるかなと思っていたが、退院が早かったので、年内に出し終えることができた。

処方されていた痛み止め(ロキソニン60mg)がなくなってきたが、昨晩は痛み止めなしで寝た。夜中、少~しだけチクチクしたけど、もう痛み止めはいらないなぁ。創も胸骨もかなりしっかりしてきた感じがする。動きもかなり楽になった。ひょっとして、来年早々にでも仕事に復帰できるのでは?という感じだが、焦りは禁物。少なくとも、次回外来診察の1月下旬までは、家でのんびりした生活を送ろうと思う。

大和成和病院から、「手術結果報告書」が郵送で届いた。A4の紙にカラー写真入りでプリントアウトされたもので、本来宛先は、紹介元の内科医に紹介後の報告を行う書類である。大和成和病院の場合は、紹介元の先生への礼状やこうした報告書も、患者にちゃんとコピーを配ってくれる。手術日時、執刀医、手術内容、人工心肺時間、心停止時間、手術時間、輸血の有無、現在の処方などが記載されている。術野と切り取った僧帽弁後尖の不具合部分の写真も盛り込まれていた。なんだか、卒業証書をもらったような気がする。

この手術結果説明書は、CCで患者に送られてくるものである。患者は、例えば、将来、歯の治療を受ける時に、どのような手術を過去に受けたのか説明を求められる時がある。そういう際に、この書面を見せれば患者自身の言葉による説明だけよりも、より客観的に事実を伝えることができる。そういう使い方をしてもらえたらと思って配っているのですと、後日、南淵先生から話を聞いた。

心臓手術報告書
さて、ご参考までに、術後16日目の創をお見せしましょう。ちょっと、痛々しい画像なので、小さめのサイズで。(全然痛くないんですけどね。)創の長さは21cmでした。カサブタもほとんど取れています。創の縫い目は皮膚が少し盛り上がったような状態。ドレーンの跡が腹部に二つあります。首に入っていた二本のカテーテルの跡はほとんど消えました。

創 術後16日目術前
左:手術後(16日目) 右:手術前

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退院後の生活

退院後は、日増しに動きが楽になり、食欲も増えて、活動意欲が湧いてくる。

朝起きて、まず、体重測定、それから、血圧、脈拍と体温を測り、ノートに記録。入院中毎日やっていたことなので、家に帰ってからも続けている。

退院後、一週間経過したが、退院時の体重をキープしている。脈はまだ早めだが、その内落ち着いてくるだろう。血圧は良好。

今、ひとつ欲しいものがある。聴診器である。コスプレ用ではなくて、お医者さん用の本物がネットで1,2万円くらいで買えるみたいだ。聴診器で自分の心臓の音をたまにチェックしておけば、万が一、逆流が再発しても早めに気付くかなと。自己管理に以前より意識が高まった。もちろん、心エコー検査は今後も定期的に行っていくつもりだ。

風邪を引くのが怖いので、人込みには出かけないが、家の周りを歩いて散歩した。創を気にしてしまって胸を張れないので、猫背状態になりみっともない。肩も凝る。

会計の話。15泊16日の入院、僧帽弁形成術の総費用は約290万円。その内の3割が自己負担なので、87万円程を窓口で支払った。但し、保険者(組合)の高額医療補助と付加金補助で、最終的には自己負担額は2万円+アメニティ代(寝巻き、タオル、日用品など)18260円+生命保険用の診断書代10500円(これは高い!)で済んだ。尚、術前の診察、検査、文書代は、自己負担15000円程であった。経済的負担は比較的少なくてとても助かった。

ちなみに、「限度額適用認定証」というのを事前に健保に申請しておけば、病院窓口での支払いは自己負担限度額までとなる。但し、扶養家族を含めてその後一年間は健保からの付加給付金が自動給付の対象外になるので、都度申請が必要になり、ちと面度臭い。という訳で、一時立て替え可能な現金があるのであれば、3割負担で支払って、3ヶ月後の高額医療費の給付を待つ方が手続きは楽。また、私の所属する健保組合の場合は、「高額医療費貸付制度」があり、一旦3割負担で支払った後、これを利用した。病院からの請求書か領収書を添付して申請すれば、高額医療費給付額の8割相当分を限度に無利子で貸付を受けられるというもの。約60万円が退院5日目に振り込まれた。

大和成和病院では、希望すれば、自分の手術のビデオをVHSやDVDにダビングしてもらえる。もちろん、費用はかからない。(現在は、メディア代として525円支払うそうだ。)自分で空のテープかDVDを持参して依頼書に記入するだけ。ちなみに、各種検査結果も、実費でコピーをもらったり、デジカメで記録することができる。自分の体の中や心臓を見れる機会なんて滅多にない。もちろん、私もDVDと依頼書を看護師さんに渡してダビングをお願いした。だが、まだ観ていない。今は観れる気分ではない。多分、数ヶ月後か数年後の観たくなる時までこのまま保存しておくことだろう。(実はこの後、直ぐに観てしまったのだ!2009年1月1日の記事参照)

患者に手術のビデオを配るというのは、「手術室は密室ではない」とおっしゃる南淵先生のお考えからだそうだ。患者としても、内容を理解できるかどうかは別にして、自分の体にどのような外科的治療が為されたのか直接的に一番良く分かる方法だと思う。

DVD

追記:「更生医療」という国の医療制度があります。身体障害者(我々、弁膜症患者も含むらしい?)が、障害を軽減したり完治させるための手術を受けることによって効果が期待できる場合に、公費で医療費が支払われるというものです。興味のある方は、最寄りの役所に相談されると良いと思います。私はそのような制度があることは術前は知りませんでしたので利用していません。術後も、健常者に戻ったと意識していますので、所謂、障害者制度にはお世話にならずにおります。

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退院当日

術後九日目、かなり自由に動けるようになった。

朝食後、荷造りをパッと済ませる。ベッドの布団をたたみ、寝巻きを脱いで洗濯物入れへ。

別の病室の患者仲間を探して、退院の挨拶。

9時過ぎに、家族と共に、遠藤先生による術後説明。(南淵先生はこの時間、手術中であった。)
術前後の心エコーの画像を画面に出してもらい、デジカメに記録する。確かに、術後は逆流がほとんどなくなっているのが分かる。僧帽弁の動き、特に、後尖の動きが術前と全然違う。弁形成術でうまくいかなかった場合は、直ぐに再手術となるらしいが、「この時点で大丈夫だから成功ですよ」と言われて、ホッとする。

これからの生活で注意すべきことは、熱が数日出た時は、病院に行って抗生物質をもらって下さいとのこと。市販の風邪薬ではだめらしい。弁形成の際に使っている弁輪という人工物の部分に、風邪などで体内に入った細菌が取り付きやすいのだそうだ。それを抗生物質で殺さないと恐ろしい病気へと発展してしまうらしい。

生活上の制限らしい制限は何もないので、胸骨さえしっかりついてしまえば、健康体そのものになれそうだ。

看護師さん達に挨拶を済ませて、会計を済ませ、当面飲む薬を薬剤師さんから受け取り、ようやく退院。久しぶりの外の空気は新鮮。家族の車で自宅に向かった。やっぱり、自宅は良いものだ。

次回の外来は、1ヵ月半後になる。

大和成和病院
大和成和病院 (TC-1 + Tri-X 400)

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術後八日目

退院前日。

入院中最後のリハビリ室での運動。終わった後、看護師Eさんとリハビリ担当のTさんの記念撮影。

ちょっと、話が脱線するが、写真を撮ることを趣味としている私は、大和成和病院でお世話になった皆さんの写真を沢山撮っておいたのだ。

記録用にデジタルカメラも使うが、大事な写真は未だにフィルムにこだわっている。デジタルは便利だが、将来のメディアの互換性や保存性に不安があるのと、主観だが、映りに気持ちが入りにくい。一方、フィルムならば、細かい保存性の話は別として一応100年ほどの歴史が既にある訳だし、その場の雰囲気や空気感が映しこめると感じている。今回、病院での撮影は、手術後に重いカメラは扱えそうになかったので、TC-1という高性能コンパクトカメラを使った。そして、カラーではなくて白黒フィルムを選択した。その方が、病院のイメージに合いそうだったので。現像後、簡単なフォトブックにでもして病院に送ろうと思っている。

病室からの空病室から見た空 (TC-1 + Tri-X 400)

夕方、退院後の行動生活について、注意点などの説明をリハビリの先生から受ける。胸骨が完全に治るまでには2~3か月かかるので、それまでは、10kg以上の重たいものを持ったり、四つん這いになったり、観音開きのような動作はしてはいけないとのこと。車の運転も2、3か月は禁止。適度な運動は徐々に始めてよいそうだ。

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術後七日目

術前と術後の体調の比較(手術後、2、3日目から感じ始めたことと、術後1ヵ月目あたりまでに感じたことをまとめています。)

・動悸が無くなった。これが一番ありがたい。例えば、映画館で大音響がすると、心臓に軽いショックや動悸を感じていたが、術後はホラーでもサスペンスでも、ロックコンサートでもなんでもござれ状態になった。身の安全の為にジェットコースターにも乗らないようにしていたが、多分これももう大丈夫だろう。
・他人が近くで咳をすると心臓に矢がグサッと刺さるような感じがあったが、それがなくなり、心臓がバリアで囲われているような感じがする。
・ここ数年、仰向けになって眠ることができなかったが、問題なく仰向けで眠れるようになった。(当初、睡眠時無呼吸障害かと思ったが、そうではなく、起座呼吸の初期症状であった模様。)
・首筋に筋肉痛のような痛みを頻繁に感じていたが、それが無くなった。
・睡眠時間が5、6時間でも大丈夫になった。昼寝をする癖がなくなった。
・疲れにくくなった。家族の買い物に付き合うとすぐに家に戻りたくなっていたが、今は大丈夫。心臓の無駄な動きが無くなって効率が上がったような感じがする。(でも、女性の買い物付き合いには未だゴメンである。)
・夜中に小便に起きることがなくなった。
・慢性的に下痢気味であったのが、一日一回、規則正しい普通の便になった。
・活動意欲が湧くようになった。あれこれ、新しいことをやってみたい衝動に駆られる。

という訳で、心臓の弁をちょっと手直ししただけなのに、術後の体調がそれまでと明らかに変わってきたことを実感することができる。術後数日でこれだけの変化を感じた訳だから、恐らく、これから仕事にも復帰する頃には、もっと違った体の変化を感じていることかもしれない。今は、本当に手術受けて良かった!と思っている

今日は、シャワーリハビリ。これがリハビリの最終試験らしい。シャワー前後に血圧と心電図を取る。問題なければ、次回から自由にシャワーを浴びて良く、退院も近づいてくる。一人で服を脱ぎ、シャワーで頭や体を洗う。創の部分は怖くてそっと撫でる程度にしか洗えなかった。久しぶりのシャワーだったのでとても気持ち良い。

ベッドの名札ベッド脇にある名札 (TC-1 + Tri-X 400)

夕方、看護師さんから、「週末に退院可能です!」との連絡を受ける。家族に迎えに来てもらう都合があるので、退院日は患者が決めることができるらしい。ここまで順調に回復できたことをありがたく思い、術後九日目の12月20日に退院でお願いする。クリスマスまでには家に帰りたいと思っていたが、早めに退院できることになりとても嬉しい!

入院生活に慣れてくると、特に体調の良い時は、このまましばらくのんびりした入院生活を楽しむのも悪くないなとふと思ったりする。なにせ三食付いて、看護師さんは面倒見てくれるし、仕事もしなくて良いし、テレビみたり、おしゃべりしたり、本を読んだりと、ある程度好きなことができる。また、入院期間が長い方が生命保険会社に掛けてある入院保険金を沢山もらえる訳で・・・(病院からの入院費の請求も増えるが・・・でもそれも高額医療補助対象ならば同月内なら自己負担への影響はないかも・・・)。

でも、大切な事は、退院できる状態になったのならば、入院待ちの別の患者さんの為に、早くベッドを空けて治療させてあげることではないかとも思う。

午後、栄養指導。栄養課の美人講師Tさんから、退院後の食生活について集団指導を受ける。塩分と脂分を控え目にする食事がポイント。自炊する人なら自分のことは自分でとなるのだが、もっぱら三食家族に作ってもらっている身分では、あまり大きなリクエストはつけられない。でも、体の為を考えて考慮してもらわねばなぁ。あと、外食は最大の敵のようだ。(たまには良いと思いますが。)主食、主菜、副菜、乳製品・果物をバランスよく取ることが大切。ワーファリンを飲んでいる間は、納豆は食べられない。でも、その他の食事制限は一切なし。思ったより自由だ。

ある日の病院食をご紹介。

ある日の朝食

ある日の夕食

朝: パン、マーマレード、マッシュポテト、オレンジゼリー、バナナ一本、ヨーグルト
昼: ご飯、つけ焼き(鶏モモ)、卵豆腐、しらす和え、リンゴ
夜: ご飯、ごまだれ蒸し、切干大根、磯辺和え(白菜)、味噌汁(なめこ)

  1794Kcal、塩分相当量 5.9g

朝: ご飯、味噌汁(里芋)、炒め煮、ごま味味噌和え(キャベツ)、ヨーグルト
昼: ご飯、ソースかけ(鶏モモ)、コールスローサラダ、わさび和え、パイナップル
夜: ご飯、香味焼き(シイラ)、中華風煮、おかか和え(ジャガイモ)、ぶどう

  1722Kcal、塩分相当量 5.6g

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術後六日目

朝の採血は早い。まだうたた寝中の5時半頃、ベッド上で腕に針を刺される。もう、針を体にさされるのは慣れっこ状態。痛くも痒くもない。だけど、術後暫くはワーファリンを飲んでいるので、針を打った部分の内出血が酷い。

リハビリ運動後、24時間心電図(ホルター検査)を取り付ける。夕方、シャンプーしてもらう。

入院初日以来、毎日、看護師さんが、翌日の行動予定を紙に書いて教えてくれる。これをテーブルに張っておくのだ。なので、明日はどんな検査があるのか心構えができて安心できる。

検査予定

看護師さんから、「血液の炎症反応が基準値内になっているので、退院も近いですよ」と伝えられる。通常、ICU退室から10~14日目くらいに退院というパターンが一般的らしいのだが、それより早まりそう。

夕食後、ICUでお世話になったICU看護師のIさんをナースステーションで見つける。ICUの看護師さんって、ICU退室しちゃうと会ったり話したりする機会がほとんど無いので、会えてお礼を言えて嬉しかった。記念にナースステーション前で一緒に写真を撮ってもらう。

病院のやり方なのかどうかは分からないが、執刀医、麻酔医、オペ室看護師、ICU看護師、一般病棟看護師など、みんな其々の受け持ちの領域があって、その領域を終えた患者の様子をチョコチョコと診に来たりはしない。みんな自分の仕事の結果に自信を持っていて、それぞれのスタッフを信頼しているからだろう。

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術後五日目

ハートハガーという術後の胸の痛みを和らげるアイテムがある。大和成和病院の売店で購入できる。15750円(税込)と少々高い。(確定申告の医療費控除の対象にできるので、領収書を保管しておきましょう。)

このハートハガーを使うと、胸骨正中切開によって人工的に骨折させられた状態の胸骨が、体を動かしたり、咳をしたりする時に微妙に動いて痛むのを和らげる効果がある。そのタイミングの時に、片手でハンドルを引き寄せて、胸を締めるのだ。ICUで取りつけて、退院後1、2週間目まで使用する。但し、普段から胸を締め付けると肺が圧迫されてよくないので、普段は軽く付けているだけ。あくまでも、大きく動いたり咳やたんを出す時にだけ締めるとのこと。

入院中の術前患者と術後患者の見分け方は簡単である。このハートハガー付けているか否か。ハートハガーを付けはじめて、ようやくワンステップ進んで、自分も術後患者の仲間入りをしたんだなと、何故か誇らしげになる。

その後入院された患者さんから聞いた話では、最近は大和成和病院でハートハガーはあまり使われていないそうだ。無くてもなんとかなるものだし、別の商品でも代用はできると思う。でも、個人的には、このハートハガーにはかなり助けられたと思う。

ハートハガー

ICU退室後、体には、無線式の心電図が取り付けてあった。ナースステーションに電波で情報を送信して、もし何か異常があればすぐに看護師さんが容態をキャッチできる仕組みだ。この心電図もこの日とれた。もう、私の体には緊急事態は起こらないと判断されたのだろう。

この日、それまで使っていた電動ベッド(ボタンひとつで背中側が昇降する便利なやつ)も取り上げられてしまった。普通のベッドへ舞い戻り。術後の胸の創があるので、ベッドに横になったり起き上がったりする動作は結構大変なのだ。まあ、これもリハビリの為の措置なのだろう。横向きになって、肘をうまく使って、なんとか頑張る。

心エコーと胸部レントゲンの検査あり。心エコー検査でも、検査室で心臓側を下にしてベッドに横たわらなくてはならない。検査自体は楽なのだが、術後の体でベッドに横たわる動作が辛~い。

午後、胸の創部分に張ってあった透明のテープを剥がして、消毒。そして、冷たいスプレーでコーティング。溶けて無くなる糸を使っているようなので、抜糸の必要はない。自分の創をこの時初めてマジマジと眺めたが、カサブタ状態のギザギザ、思ったより創の長さが長いと思った。(後日測ったら21cmだった。)タコスさんの心臓手術体験のブログ(閉鎖済)では僅か9cmと書かれていたので、少々ショック。タコスさんの場合は先生の女性に対する創の配慮が大きくあったのかもしれませんね。それと、胸骨の大きさにも影響するんですかね。まあ、創も病気治療の勲章という訳で・・・。

今日のリハビリは、三階のスポーツジム風リハビリ室で、脚の運動と自転車漕ぎを10分間。運動中の心電図と脈が把握管理されている。うっすらと汗を掻くくらいの運動は気持ちが良い。実際、心臓手術から数日でこんなに運動ができるなんて少々驚き。運動できる人はちゃんとした管理下であれば、できるだけ体を動かした方が合併症を防いだり、回復を早めたりする効果があるそうだ。血圧は運動前と後では、予想に反して、運動後の方が下がる。血管が運動によって開く為らしい。手術前、私は会社へ片道約4km、50分間を徒歩通勤していた。先生からは、医者としては勧められない術前運動だと言われていたのだが・・・実際、ある日突然心不全や不整脈が起きてもおかしくなかったのかもしれない。でも、その運動のお蔭で、術後の体力回復が驚異的に早かったのではなかろうかとリハビリの先生が言っていた。

リハビリ室での運動を終えて、病室まで階段を歩いていると、南淵先生とすれ違った。「状態はどうですか?」と聞かれ、「バッチリ回復しています。本当にありがとうございます」と答える。それにしても、南淵先生、体、大きいなぁ。

ちなみに、術後、入院中に南淵先生と顔を合わせたのはこの時、一回だけ。病室では一回も会わず終いであった。

飲み薬がこの日から自己管理になる。それまでは、朝昼晩の薬を看護師さんが分けて管理してくれていたのだ。

術後、飲んでいる薬は次の通り。朝食後服薬。

・ワーファリン 当初3~4mg、後に、1.5mgに安定 血栓ができるのを防ぐ
・バイアスピリン 100mg 血流を良くし血栓ができるのを防ぐ
・テノーミン 25mg 心臓の負担を軽くし、脈を整えたり血圧を下げたりする
・タケプロンカプセル 15mg 胃酸の分泌を抑えて、食道炎等を改善する
・ラシックス 20mg 尿を出して血圧を下げたり、むくみを取る
・ロキソニン 60mg 炎症によるはれや痛みを和らげる(術後2週間くらいまで)

薬

だんだん食欲が湧いてきて、食事時間が待ち遠しい。食事前には腹がグ~と鳴っている。パン食が週2回しかないので、パンが恋しい。あと、塩分が多くてカロリーが高いのは分かっているが、ピザやカレー、トンカツに唐揚げがむしょうに食べたくなってよだれが出てきた。

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術後四日目

毎朝、朝一で採血。血液の凝固状態を調べて、ワーファリンという血栓ができるのを防ぐ薬の量を判断する。最初の2、3日は3~4mg/日飲んでいたが、最終的には1.5mg/日になる。弁形成術の場合、約三ヶ月飲み続ける必要がある。ちなみに、機械弁による弁置換の場合は、一生飲み続けなくてはならない。

入院当初知り合った患者仲間が、次々と退院していく。退院の挨拶にベッドまで来て下さった方々の写真を撮った。皆さん、退院の時はいい笑顔をしている。

リハビリ運動は毎日ある。今日は、階段昇降。しっかりと歩けた。血圧が高め。特に、下が100くらいある。少し、頭がボーとする感じ。

全身シャワーはまだ無理だけど、シャワー室で頭だけ看護師さんに洗ってもらう。これが最高に気持ちいい!

夕方、ドレーンの創部分に付けてあったホッチキスの芯のようなものを取り消毒。そして、残っていた体外式ペースメーカーのリード線を外す。「息を止めて、ハイッ」って感じで抜くのだが、痛みはまるでなし。これで、体から全ての管や線が抜けた。メデタシ、メデタシ。胸の創には術後から透明のテープが貼り付けてあるが、これは明日剥がすらしい。

夜、主治医が見つかる診療所の「芸能人人間ドックスペシャル」なるテレビ番組を見ていると、南淵先生が出演されていた。これまで、医学系の番組は全く見てこなかったので、実際にテレビで南淵先生を見たのは初めて。ゲストの藤田朋子さんの診断結果、心臓の弁に逆流(軽度)が見つかったとのこと。なんか変な親近感を感じてしまうなぁ。

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術後三日目

「二階、デイルーム、ドクターハート!」

緊張感のある館内アナウンスが流れた。手術翌日の午後のことである。

見舞客や手術中の家族が待機するデイルームで、入院患者の一人が床に倒れ込んだらしい。アナウンスを聞いて、医者と看護師が廊下を全速力で走って10人以上集まってきた。幸い、直ぐに処置を施され問題はなかったとのこと。

別の日にはこんなことがあった。夜中の2時頃、ドシン!というものすごい物音が。あわてて看護師が駆け寄る。術後の患者さんが、トイレでめまいか何かで倒れたようだ。こちらも、幸い、その場で立ち上がってベッドまで戻られたので大事に至らなかった。

ちょっと緊張感を感じた病院での出来事であった。体の無理は禁物である。

術後、熱は少し続いているが、胸の創の痛みは不思議とほとんど感じない。痛み止めの錠剤(ロキソニン60mg)を飲んでいるからかもしれないが、本当に痛みによる苦痛というのは無くて拍子抜けしてしまった。胸骨を20cm以上も人工的に骨折しているというのに、昨年、自宅の階段を踏み外して足のくるぶしの骨に僅かなヒビが入った時の方がよっぽど痛かった。創の痛みは、若ければ若いほど感じるらしく、「高校生なんかは泣いちゃってますよ」って、看護師さんが言っていた。ということは、私はもうそんなに若くないってこと!?

術後は気管に入れてあった管の影響で、咳やたんが出やすくなる。その際に胸の骨に痛みを感じるとのこと。しかし、私の場合は、咳もたんもほとんどでなかった。ちなみに、喫煙をされていた方はこの点では大変らしい。

また、人によっては、術後に肺に水が貯まる場合がある。もし水が貯まれば、局部麻酔をして、肺に管を差し込み、水を体外に強制的に排出するらしい。隣のベッドの人がこの処置をやっていて、先生の声が聞こえてきた。管を挿すのは案外簡単っぽく、「はい、もう500ml出ましたよ。まだ、ジャンジャン出ますからね」なんて感じでやっていた。これも私は免れた。

心臓へ負荷を掛けないようにするために、水分の制限を受けるという話がネットに経験談としてよく書かれている。だが、私の場合は何も制限がなかった。別の弁膜症の患者さんは、当初1000cc、後に1500ccとか制限されて少し辛そうにされていた。純粋な飲み水、お茶だけではなくて、食事に含まれる水分(味噌汁やヨーグルトなど)もカウントされるので、本当に飲みたい時に飲めないらしい。夏場はかなり辛いかも。

今回の私の場合、幸いなことに、苦しみらしい苦しみはほとんどなかった。感謝せねば。

今日の検査は、胸部レントゲンのみ。これは、楽。いつも通り、正面と横からの2枚撮影。

午後、病室をベッドごと移動。ナースステーション前の特等室からちょっと脇の部屋へ。重点観察患者のリストから外れたか!?

この日の夕食から常食に。友人に、手術は無事終わり、順調に回復している旨のメールを打つ。

術後、夜、よく眠れる人と、眠れない人に分かれるらしい。私は後者であった。眠剤(マイスリー5mg)を飲んで床に就く。眠剤を飲んで目を閉じると、アートっぽい幻想がまぶたの裏に広がる。そして、知らない間に眠ってしまった。4,5時間はぐっすり眠れるのだが、その後、急に眼が冴えてしまう・・・

幻想の世界幻想の世界ってこんか感じか??? (TC-1 + Tri-X 400)

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術後二日目

前日と比較すると体の状態が全然違う。人間って、こんなに回復力のあるものなのかと驚くくらいだ。

朝、点滴の管がとれて、歩き回るのも楽になった。今日のリハビリメニューは、100m歩行。例によって、血圧と心電図を歩行の前後で記録して、先生が判断を行う。OKがでれば、それ以降、そのOKになった活動範囲内で自由に動くことができる。

大和成和病院には、心臓リハビリテーション科があり、術後の入院患者はもとより、退院後も外来で心臓リハビリを受けることができる。専任の理学療法士(PT)と看護師さんが対応してくれる。

心臓手術という大きな治療を行った後、やはり、リハビリ専任のスタッフが周りにいるのといないのでは、運動を行うことに対する安心感が全然違うと思う。

ちなみに、私のリハビリ試験合格の経緯は下記の通り。

 1.手術翌日   トイレ歩行(10m)
 2.術後2日目  100m歩行
 3.術後4日目  100m歩行 + 階段昇降
 4.術後7日目  シャワー浴び


ベッド脇にかけられたリハビリ経緯表 (TC-1 + Tri-X 400)

術後5日目からは、まるでどこかのスポーツジムのようなリハビリ室で、脚の運動と、自転車漕ぎを毎日行った。

術後2日目で100m歩行までできる人は、あまりいないらしい。かなり順調に回復して体を動かせた方らしい。

看護師Oさんの聴診器を拝借して、自分の心臓の音を聴いてみた。よくは分からなかったが、雑音はしていないような気がする。

この日から2、3日、熱が37.2度くらいになる。術後の一般的な体の反応らしい。抗生物質を何回か点滴する。

ベッドにて
ベッドにて (TC-1 + Tri-X 400)

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手術翌日

翌朝は、ICUで8時にいきなり朝食。3分粥のご飯におかずとヨーグルト。確か、完食したはず。心臓は手術したものの、胃腸は元気なので、腹は減るのか?

左手に点滴の管があるので、右手でスプーンを持って食べた。左利きの私は、右手に点滴されてれば楽なのになぁと思う。

夜勤の看護師さんが帰宅される時間が近づいてきた。日勤の看護師さんとの引き継ぎ。話を盗み聞きする限り、特に問題はなく順調なようだ。そして、一晩面倒を見てくれたIさんが帰ってしまった。実はそのIさんの前に、前日、まだ麻酔から意識が戻る前にお世話になったICU看護師さんがいたのだ。これは後日、家族が撮っていた写真を見て分かった。合計3人のICU看護師さんにお世話になっている。

その後、エコーとレントゲンの検査をICUのベッド上で行う。ベッドの背をあげて座った状態で検査を行うのだが、その姿勢をとるのが体の自由が利かず大変だった。エコーの先生曰く、「逆流は止まってますよ」とのうれしい言葉。ICU看護師さんの夜勤から日勤への引き継ぎ時にも、「MR(僧帽弁逆流)は無くなっている」と言っていたのが聴こえたので、かなりホッとする。だって、この為に手術受けたのだから。

その後、体をタオルで拭いてもらい着替えをして、管も何本か抜いてもらう。スワンガンツカテーテルや、ドレーンは、医者が抜くが、尿管は、ICU看護師さんが抜いた。尿の管を抜けるタイミングは、管の栓を閉めて尿が膀胱に貯まるようにしておいた状態で、患者自身が尿意を感じれるようになった時らしい。

その後、朝11時にICU退室になることを伝えられる。思っていたより早くて驚く。一般病棟に移ると最初はベッドの周りのものを取るのも大変そうだったので、看護師Kさんにお願いして、家族に電話して来てもらうことに。ところが、家族の携帯がつながらない。後から聞いたら、家族は既に病院に向かって来ていて、電車の中だったので応答することが出来なかったらしい。病院からの電話メッセージが残っていたので、容態が変化したのではないかと驚いたらしい。

という訳で、手術終了から23時間後の翌朝11時に、ICUから自分で立って歩いて一般病棟に移動することができた。ICUのベッドから立ち上がる時は、血圧や心電図を取り、看護師とリハビリの理学療法士の方に付き添ってもらい、ハートハガーのハンドルを閉めて、息を吐き出しながら自力でゆっくりと立ち上がった。立ち上がってしまえば、スタスタと歩ける。そのまま、ナースステーション前で体重測定。術前に比べて3kg増加していた。手術すると、血管から水分が体内に漏れ出して水膨れの状態になるのが普通らしい。だから、利尿剤でおしっこをたくさん出す必要がある。術後3日目には元の体重に戻った。
一般病棟の看護師さんから、「お帰りなさい!」「歩く姿勢がいい」と声を掛けられ、ありがたかった。

ICU、そこで働く看護師さんはすごい。何がって、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが。生命の強さを測るバロメーターがあるとすれば、健康な人を10割とすれば、手術前には病気で9割くらいだったのが、手術後には体内への侵襲によりどん底近くまで落ち込む。それをあるレベルまでいち早く立ち直らせるのがICU看護師の仕事。いい加減な気持ちでは出来ないだろうし、医学知識も医者に準ずるくらいあるのでは?ということで、ICUの看護師さんにはホント感激してしまったのだ。

「ねぇ、○○先生、この患者さんの薬、これでいいよね?もう管抜いていい?」なんていう、若い医者へのタメ口トークが微笑ましかった。

「ICUシンドローム」なんてのがあるらしい。術前に抑えていた不安な感情が、術後に爆発してしまい医者や看護師にあたりちらす患者が中にはいるらしい、という予備知識を本で得ていた。

自分の場合は、麻酔のせいなのか、手術を終えた達成感のせいなのかは分からないが、ICUにいた間は、気分はかなり高揚していたと思う。看護師さんへ甘えたくなる男性心理もあったかも。うまい酒を飲んで酔っているオヤジの気分に近いかもしれない。周りの人と陽気に話をしたくなる。普通病棟で看護師さんと話をする時は敬語を使っていたが、ICUではとてもじゃないが敬語を使う余裕はなかった。気管に入っていた管の影響で声が出にくいし、連続して言葉をしゃべると辛い。だから、敬語ではなくてできるだけ短い言葉で意思を伝えたいと考える。最も、おじいちゃん患者は、自分の子供ような年齢の看護師さん相手だと、いつでも普通言葉でしゃべってるけど。

今度の一般病室は、ナースステーション前の特等席。手のかかる状態の患者は極力ナースステーションに近いところに置かれるようだ。この部屋、残念ながら、ナースステーションの機器の音や、医者や看護師の話声が頻繁に聞こえるので結構うるさい。だけど、自分の体の回復に努めるのが精一杯で、それを感じている余裕はまだなかった。

電動で背もたれの角度を変えられるベッドは必需品。小便は尿瓶(しびん)を使って。点滴と利尿剤のせいか、相当量の尿がでる。その日の夜には、トイレまで点滴を持って歩いていけるようになった。一時間、一分、いや、一秒でも時間が経つとそれだけ体が回復してくるのを実感できる。だから、「時よ早く経ってくれ!そうすれば体が楽になるから・・・」の気持ちで一杯だった。

昼食は3分粥で、夕食は5分粥。少し残す。

夜、寝るときは、時々体の向きを変えるために、看護師さんにクッションを持ってきてもらった。同じ姿勢で寝ていると、背中が結構痛い。

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手術当日 その2 手術後、ICUにて

ベッドで生きた魚のように、体が大きく跳ね上がった!!麻酔から覚めて、意識が戻った瞬間だ。

朝9時に始まった手術は、順調に進行し3時間半程で終了したらしい。その後、ICUに移り、意識が戻ったのが、夕方の4時頃。家族がベッドを覗き込んでいるのが分かった。ICUで寝ているところを写真に撮っておいて欲しいと事前に頼んであったので、自分の写真を撮られているのも分かった。


ICUにて、麻酔から覚める前 (TC-1 + Tri-X 400)

手術内容: MVP (僧帽弁形成術)
手術時間: 3時間半
心停止:   1時間弱
出血:     200ml
輸血:     なし

ウトウトした意識の中で、痛みは無いが暖かい胸部分、ベッドに寝ている自分、周りには看護師さんがいる、そうした状況から、「そうか、手術が終わったんだ・・・」と、だんだん実感してきた。そして、意識があるということは、手術もきっとうまくいったのだろうと感じていた。

意識が戻った当初は、やけに体が熱くて、汗だくになっていた。看護師さんに抱きかかえられるようにしてタオルで汗を拭いてもらったような気がする。


ICUにて、麻酔から覚めた直後 (TC-1 + Tri-X 400)

ちなみに、手術室からICUに移った時の私の体には、管が計10本挿入されていた。
挿入するのは全て麻酔がかかった後なので、痛みはない。抜く時も、痛みは感じなかった。比較的早い時期に抜いてもらえたので、まだ麻酔の影響が少しは残っていたからかもしれない。

ちなみに、抜いていった順番とそのタイミングは下記の通り。

1. 胃の管(胃の中のものを出し、吐き気を防ぐ、鼻から食道経由で胃へ)
2. 人工呼吸器の管(口から気管内へ)
3. スワンガンツカテーテル(心臓の機能を見る管、首から心臓へ)
4. 中心静脈ライン(心臓に薬や栄養を点滴する管、首から心臓へ)
5. 動脈ライン(血圧測定、採血用、左手首)
6. ドレーン2本 (術部からの出血を外に出す管、腹部)
7. 尿道留置カテーテル(おしっこの管)
8. 点滴(抗生剤や水分補給、左手首)
9. 体外式ペースメーカー用のリード線(不整脈や脈が遅い時に使う、腹部)

1.と2.は、手術当日。抜いた時の記憶はほとんどない。
3.から7.までは、手術翌日朝、ICUから退室するまでに。
8.は、術後2日目の朝。
9.は、術後4日目の午後。

ICUで目が覚めてから、翌朝11時にICUを退室するまでの間は、今から思い出しても、実に密度の濃い時間であったと思う。意識があった部分の記憶はかなり鮮明に残っている。

他の手術経験者の方も言っていたが、術後はのどがカラカラに渇く。とにかく水が飲みたいが、気管に管が入っていた関係で、管を抜いてから4~6時間経たないと水を飲ませてもらえない。食道ではなく気管に飲み水が入ってしまう恐れがある為らしい。それまでの間は、水を含ませたガーゼで渇きをいやす。そして、ウトウト・・・夜8時頃、ICU看護師のIさんが、「先生が、もう水を飲んでもいいって言ってるよ!」と耳元で叫んでいる声で目が覚めた。氷水の入った吸飲みを口にあて、こんなに水がうまかったのかというくらいおいしい水をごくりと飲んだ。

眠ったり、目が覚めたりの繰り返し状態がしばらく続いていたが、白衣を着た南淵先生がベッドの脇で、指でOKサインを出して、「ICUで一番美人の看護師が担当だからラッキーだね」と、冗談を飛ばしているのが聴こえた。(おっと失礼!本当にICU一の美人看護師さんでした。)

夜11頃、目が冴えていると看護師Iさんに伝えたら、その後、薬で眠らされたみたい。

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手術当日 その1 手術前

朝5時頃、目が覚める。眠剤のおかげでぐっすりと眠れた。6時に大便がでる。もし、ここで出ないと、浣腸という手段を講ずることになるが、セーフ、助かった。

朝食はもちろん食べることはできない。水、お茶は、朝6時までなら飲んでもいいそうだ。洗顔、歯磨き、髭剃りをして、荷物を倉庫に預ける。

手術用の浴衣のような服に着替えて、パンツではなく、T字帯という、所謂、フンドシをつける。この付け方が最初分からなかった。フンドシなんてつけたことないぞ!

この格好で、デイルームまで歩いて行って、朝のテレビ番組を眺める余裕もあった。

8時前に、家族が病院にやって来て、準備万端。気分はワクワク!不安のようなものは全く襲って来なかった。病室の前にストレッチャーが置いてあった。これに乗るのかと記念に写真を撮っておいた。

ストレッチャー
病室の前で待機していたストレッチャー (TC-1 + Tri-X 400)

8時15分に、病室でストレッチャーに横たわり、腕に筋肉注射を一本。痛みはない。精神を安定させるような薬らしい。人によっては、これで手術室に運ばれるまでの間に眠ってしまうらしい。私の場合は、20分経っても、30分経っても体に変化を感じない。いよいよ手術室へ運ばれる5分前になっても意識ははっきりしている。「ひょっとして麻酔の効きにくい体質だったのかも・・・手術中に目が覚めたらどうしよう!!」とは思ってなかったです。


手術室に向かう直前。看護師のKさんと。 (TC-1 + Tri-X 400)

手術開始予定時刻の朝9時になり、夜勤担当の看護師さんKさんとYさんがストレッチャーを押し始めた。家族は手術室の入口まで付き添ってくる。「はい、家族の方はここまでです。声を掛けて上げて下さい」と言っている。テレビドラマにありそうな典型的な場面。

更にゴロゴロと数メートル運ばれて、止まった先が手術室。目の前には例の手術用の電灯。ビデオカメラも設置されているのを確認。消毒薬のなんだかいい匂いが漂っている。そして、クラシック音楽がBGMに流れているではないか! これは新たな発見であった。注射した薬が効いてきたのか、とてもハイな心地良い気分になり、興味津々で周りを観察。とても落ち着く神聖な空間であった。自分の右側に女性が一人、左側に男性と女性、頭の後ろに男性が一人いたことまでは覚えているが、声はかけられなかった。手術室に入って2、3分、左手をさすられている内に、点滴の管を入れる痛みも感じず、記憶が止まった・・・

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入院六日目(手術前日)

手術二日前の昨日、麻酔科の先生から全身麻酔について説明を受ける。「手術中は絶対に痛くないし、知らない間に全部終わりますから何も心配いりませんよ」とのこと。イケメン系のテレビドラマに出てきそうな先生であった。

そうして、手術前日。この日は少々慌ただしい。

まず、剃毛、臍処置(へその掃除)、腹囲測定、爪切りを済ませて、シャワーで、頭のてっぺんから足の指先まで丁寧に洗う。そして、タンがでやすくなるように10分間の吸入(霧状の薬を吸う)を二回行う。

心臓の手術なので、剃毛する部分は胸毛だけかと思っていた。しかし、胸毛の他にも、脇毛、腕の毛、脚の毛、それから、あそのこ毛も剃らなくてはならないらしい。なんでも、手術の状況に応じて、脚から血管を採取したり、脚の付け根の部分から人工心肺の管を入れる可能性もある為だそうだ。毛を剃ることによって、バイ菌が付きにくくなるし、また、テープをはがす時も痛くないらしい。

病室の自分のベッドの周りのカーテンを閉め、床にタオルを敷いて、まずは自分で電動バリカン(本体は病院が貸してくれる。刃は売店で購入。)を用いて剃り始める。髪の毛を除く全身の毛を剃っていくのだが、毛深い私は大変・・・羊の毛を刈っているような感じ。自分で剃りにくい体の後ろの部分や脇の下は、看護師さんが丁寧に手伝ってくれたが、やはり、少々恥ずかしいものである。

剃り終わったら、シャワー室へ。そこの鏡で見ると、おしりの下のあたりにまだ毛が残っているではないか。慌てて看護師さんに、「剃り残しがありました!バリカン貸して!」と伝える。看護師さんがシャワー室にやってきて、全裸の私に、「あら!ゴメンナサイ。ちゃんと確認しなくて」と言って、剃り残しを剃ってくれたのである。

午後は、手術後に入るICU(集中治療室)の看護師さんから説明を受ける。パンフレットを元に、ICUとはどんなところ?、手術後の体の状態は?、麻酔から目が覚めた時の状態は?、自分で呼吸できるようになったら、リハビリ、などについて教えてもらう。

ICUの看護師さんの制服は、一般病棟の看護師さんとはちょっと違う。なんかアロハシャツっぽいような、さわやかなシャツ姿。なぜだろう?

ICUでの家族面談は、一回5~10分程度と限られており、また、12歳以下の子供さんはご遠慮下さいとのこと。確かに、体に管を何本も差し込まれたお父さんの姿を小さな子供が見たら、ショックを受けるかもしれない。

その後、ナースステーション脇の部屋で家族と一緒に、南淵先生から手術についての説明を受ける。所謂、インフォームド・コンセント。川崎市立病院でのエコー検査結果では、前尖逸脱でLV拡大と診断されていたが、南淵先生曰く、僧帽弁の恐らく後尖側にたゆみができていて、その部分がちゃんと閉まらなくなり血液が逆流している模様とのこと。たゆみを切って、半円状のリングを後尖側に縫い付けるのだそうだ。後尖より前尖側の方が治療が難しいと聞いていたので、処置すべきは後尖側であろうと知って少し安心した。

そもそも、エコーに心電図、レントゲン、CT、MRIにせよ、全てに完璧な検査はないらしい。それぞれの検査方法によって良く分かることとそうでないことがあるので、複数の検査を実施して、さまざまな検査結果から多面的に判断して、一番確率の高い症状や病気の状態を推測するイメージらしい。

逆流のレベルは、エコー検査による判断では4段階のレベル4。これ以上逆流が酷くなると心臓が止まっちゃうかも・・・形成術で治せると思うが、うまくいかなければ弁置換の可能性もあるとのこと。胸を開けて実際に心臓を見てみないと、どのような戦術を使って病気という敵と戦うかは最終的に決められないとのこと。南淵先生曰く、「僕は、この手術は楽勝だと思ってますけどね!」 

エコー検査の画像を備え付けのパソコンの画面に出してもらい、デジカメの動画で保存しておいた。手術後のエコーと比べてみれば、手術による治療の成果が分かると思った。と同時に、「私はしっかりチェックしてますから、ちゃんと手術やって下さいね!」という、失礼ながら、ささやかなプレッシャーを南淵先生に与えたつもりだった。

エコー画像

「心臓弁手術内容説明用紙ならびに手術依頼書」(どのような内容の手術を予定しているか説明した書類)、輸血同意書などの説明を受けて、納得の上、サインする。

機械弁と保存液に浸された生体弁のサンプルは説明部屋においてあり、手に取って見てみた。「もし弁形成術がうまくいかない場合は機械弁を用いた人工弁置換を行う可能性があります」と上述の依頼書に記載がある。生体弁は、15-20年しか耐用性がなく、又、年齢が若く新陳代謝が大きい程耐用年数が減るので、私の年齢では本人からの特別な希望がなければ機械弁の選択が妥当だと思われる。

ちなみに、私の入院前に退院していった26歳の男性患者さんは、術後のワーファリン服用の制限のない生活を希望された為、生体弁での手術を受けられたそうである。近い将来の再手術を覚悟した上で・・・

又、81歳の患者さんで、術前に99%生体弁での弁置換になると言われていたのが、胸を開けて心臓を見てみたら、弁自体の状態が良かったので、形成術で済んだという方もいらっしゃった。

手術室に向かった後、ICU滞在時は、それまで居た一般病棟のベッドを空けなくてはならない。ICUに持っていける荷物は限られていて、歯磨きセット、腹帯、ハートハガー(術後の胸の痛みをやわらげるアイテム)、スリッパ、ティッシュボックスなど。全てシールで名札付けをする。その他の入院時に持ち込んだ荷物は病院の倉庫預かりにしてもらうためにまとめて鞄に整理する。

夕食は6時に普通に食べる。お腹に残りにくい柔らかい食事であった。

家族や友人に、「いよいよ明日、手術だよ」と携帯メールする。すぐにはげましの返事が返ってきてうれしい。夜勤の看護師Kさんや、デイルームに集まる術後の先輩方々からも、不安を取り除く色々なお話をして頂いた。もう、この時点では、不安も恐怖も全く感じていなかった。来るべき時が来るのをただ待つだけという感覚・・・

手術前日の夜は緊張する人が多いのか、眠剤を飲まされる。あと、翌朝、便がちゃんと出るように下剤も飲んで、床に就く。手術開始は明日の朝9時・・・

大和成和
大和成和病院 2階病棟廊下にて (TC-1 + Tri-X 400)

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入院五日目

心臓の手術。弁膜症の手術は、全身麻酔をかけられて、胸骨という胸の骨を縦にノコギリで切断され、心臓を停止させて、その間は人工心肺という機械によって全身に血液が送り込まれる状態で心臓の部屋の中にある弁の修理が行われる。その後、心臓を再鼓動させて、胸骨をワイヤーで固定して創を塞ぐ。非常に恐ろしい治療行為だ。南淵先生は、「およそ人が人に対して行うこの世で最大規模の侵襲行為」だとおっしゃっている。

心臓病の本を読んだり、ネットで調べれば詳しい情報が得られるが、手術には「リスク」が存在する。最悪は命を落とす可能性もある。

心臓の状態、他の病気を合併しているかどうか、年齢や体力的な面などによって、確率的な条件は異なるのであろうが、手術を受ける本人にとっては、0%か100%のどちらかしかない。

心臓の手術は、医者に受けなさいと指示されて受けるものではなく、患者が自らの意思で手術を受けることを決断するべきである。南淵先生の本にも繰り返しそう書かれている。

自分で決断するということは、「リスク」について自らが認識することも含まれるし、治療によって健康な体に戻れる期待を抱くことも含まれる。

私は、「自分が死ぬ」ということを、これまでの人生において真剣に考えたことはなかったような気がする。学生時代のバイクの交通事故で、脳震盪を起こして事故後の記憶が数時間なくなった時は、少しは命の大切さ、生還したという雰囲気は感じたかもしれないが、そのこともすっかり忘れていた。

今回、心臓の手術を受ける決断をするにあたり、やはり、死については真剣にはイメージできなかったと思う。自分が死んだら残った家族がどうなるということは全く想像できなかった。その一方、親孝行し損ねて既に亡くなっている父と天国で会って話ししたり、一緒にあの世で酒でも飲めるから、万が一、死んでも怖くないと思っていた。

病気になったのも運命、手術することになったのも運命・・・

「死生観」、そんなこと、普段は考えないよなぁ・・・

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入院四日目

大和成和病院の病室は、南向きで、冬場でもとても暖かい。病室の窓の前に広がる林の向こうに朝焼けが赤から青へのグラデーション状に染まりはじめると、すがすがしい気分になる。日中晴れると、部屋の温度は暑すぎるくらいだ。夏場だと冷房必須だな。

病室の窓からの朝日

一階には受付案内、会計窓口、薬局、外来診察室、検査室と売店と食堂がある。小さな売店だが、新聞・雑誌・書籍、飲み物やスナック類を売っている。術後使うハートハガーや、剃毛時に使うバリカン用の刃もここで購入できる。

売店

二階は手術を受ける入院患者さんの病室(個室と大部屋)と手術室(二室)。三階はカテーテル治療の入院患者さんの病室らしい。それから、スポーツジムのようなリハビリ室もある。

端から端まで歩いても200m(?)くらいの決して大きくない病院だが、きれいで温かみがあって、働いている皆さんの表情も良い。美人看護師も多い!

検査待ちでかなりの時間待たされるということはあまりなかった。特に入院患者の検査は検査室から呼ばれてから検査に向かうので、待ち時間ゼロで診てもらえるのはありがたい。

神奈川県在住の患者さんが多かったが、中には長野県や九州あたりからも手術を受けに来ている方がいらっしゃった。遠方からの患者さんの家族が手術当日立ち会う為に、病院近くに患者家族用の宿泊施設もあるという話を聞いた。

私の手術前検査は、入院当日と二日目で全部やってしまったので、手術当日までは結構暇になった。これなら、もっと入院日を遅くしても良かったのでは・・・

時間潰しに、昔読んだことのある思い出の小説を読んでみることに。谷崎純一郎の「痴人の愛」、田中英光の「オリンポスの果実」、エラリークイーンの「Yの悲劇」など。

また、携帯音楽プレーヤーに録音してきた音楽を聴いたりする。

個人用のTVも設置されていて、TVカードとイヤホンを売店で買ってくれば見ることができるが、術前はあまり見なかった。

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入院三日目

病院への入院は、学生時代にバイクの交通事故を起こした際に一週間入院した経験があるが、その時以来。大部屋で他の患者さんと知り会ったり、看護師さんとお話したりすることに、入院前からちょっとした楽しみの期待があった。

同部屋の術前のSさんは、私より2日前に手術が予定されていて、病気のこと、食事の片づけ場所やTVカードの入れ方、その他諸々入院生活について教えて頂き助かった。同じく同部屋のOさんは、私と同じ僧帽弁の形成術を南淵先生から既に受けられており、とても元気に回復されている様子を見て安心した。

家族の待機場所や患者の集いの場になっているデイルームにいると、MさんやKさん、Oさん、別のOさんなど、色々な術後患者さんと知り合い、情報を得ることができた。術後4日目くらいでもピンピンして歩き回っておられるのを見て驚く。

デイルーム二階デイルーム (TC-1 + Tri-X 400)

このように、同じ病院で手術を受けられた他の患者さんから直接生の話を聞くことによって、手術に対する不安は完全に消滅していった。

同じ病院で同時期に治療した仲間とは、退院時に連絡先を交換してあるので、皆が元気になった頃、一度集まって食事でもしたいと思っている。

心臓の手術を受ける人の年齢は、60、70歳代あたりが一番多そうだ。81歳という方も二人見かけたがどちらの方もとても元気だった。50歳代以下になると極端に人数が少ない。私が入院していた約二週間、病院の同じフロアーには、27歳の方が最年少で、30歳代はゼロ、40歳代は私一人であったと思う。また、女性より男性の方が多い。メタボな太った人はほとんどいなくて、私もそうであるが、むしろ、普通体格かやせ気味の方が多かったのは意外であった。バイパス手術を受ける人と、弁膜症の手術を受ける人がほとんどだが、中には急性大動脈解離で救急車で運ばれてきた人もいた。

入院初日は、生活環境も変わり落ち着かない夜を迎えていた。そんな時、夜勤の看護師のYさんが私のカルテに書かれていたプロフィールを読んで話しかけてくれて、海外生活の話をした。看護師さんは20人くらいいるらしいが、不思議とこの看護師Yさんは、私の入院初日の夜、手術前日の夜、手術室までストレッチャーを押してくれたのも彼女、手術後、ICUから一般病棟に移った日の夜と、節目節目のところで担当して頂いたので印象に残っている。

日勤の看護師さんの仕事時間は、9時-17時だけど、夜勤は、16時30分くらいから翌朝の9時半くらいまで約17時間働き続ける。三交代制の病院もあるようだが、大和成和病院は二交代制であった。翌朝、夜勤の看護師さんの目を見ると赤く充血したりしている。さすがに二晩続けての夜勤はなさそうだけど、結構大変な職場なのだと実感。感謝しています!

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入院二日目

入院二日目、今日の検査は、コロナリーCTという造影剤を点滴しての胸部CT撮影、それから、頭部CT、腹部エコー、首部分のエコー、腕と足の血圧差測定(ABI)、最後に、24時間心電図(ホルター)の取り付けを午前中に行った。検査らしい検査はこれで終わり。後は、手術当日まで体調を万全に整えておくだけ。

朝、担当の看護師さんに点滴を打たれる。暫くベッドでゆっくりした後、検査室のある一階フロアまでその点滴を持ちながらエレベーターで降りる。夜勤明けの看護師さんが検査室まで付き添って案内してくれた。その時の空気感は何故かとても不思議な感じでいつまでも忘れられない印象的なものであった。その看護師さんがいてくれたお陰で検査に対する不安は全く襲って来なかった。

コロナリーCTの検査では、造影剤を点滴部分から注入される訳だが、その液体が腕の血管を破って体の中に漏れてるんじゃないかと思うくらい勢いよく注入されるので、瞬間的に辛い。まあ、数十秒の辛抱なのだけど。造影剤が体に入ると、体の芯が熱くなる。なぜかお尻の穴までも。でもそれも数分だけ。造影剤による副作用は全く無かった。

このCT検査では、心臓の外観を3D立体画面で上下左右360度から見ることができる。心臓の大きさや位置、冠状動脈の具合などが分かるようだ。私の場合は、心臓の中の弁に問題があるだけなので、左房が少し大きくなっているが、心臓の外観の状態には全く問題ありませんとのこと。ちなみに、私の手元にこの3D画像のプリントアウトが記念においてある。

心臓3D画像

恐らく、検査の中で一番体に負荷がかかるであろう心臓病定番のカテーテル検査は、なぜか行う必要ありませんとのこと。既に、エコー検査で逆流のレベルも把握できていた為なのかどうかは、あえて質問しなかったので不明。最近の心臓超音波検査装置は以前のものに比べると大変優れているらしい。カテーテル検査やらずに済むならば、それに越したことはないと思った。経食道エコーも必要なかった。胃カメラを飲んだことのない私にはそれもありがたかった。でも、結果的に手術中には無意識下で経食道エコーは修復後の弁の状態をテストするのに行っていると思う。

バイパス手術を受ける人は、術前と術後退院前にこのコロナリーCTの検査を受けて、バイパスした血管に血液がちゃんと流れているか判断しているようだ。

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入院当日

いよいよ、入院当日。

前日までに、会社の業務を暫し上司先輩同僚に託す。会社を2、3か月も休むなんてことは普通ではありえないこと。ある意味、仕事以外のことに与えられたこの時間を、治療以外にも有効に活用せねばもったいないなぁと感じる。

病院へのチェックイン(?)は13時なので、家族と一緒に横浜のレストランでちょっと贅沢な昼食。これを最後に、暫く、病院食しか食べれないのである。

大和成和病院に到着。受付を経て、2階のナースステーションで看護師長さんから、自分の病室に案内される。四人部屋の窓側だ。早速、入院患者指定のユニフォームである寝巻きに着替える。腕には、ピンク色のリストバンドを付ける。名前と性別、カルテの番号が記載されている。

リストバンド

入院時説明を本日の担当看護師Sさんから受けて、「入院治療計画書」と「入院診療計画書」などの書類を受け取る。

「入院治療計画書」は、病名、検査項目、手術の日程と内容、執刀医、入院期間等の説明書。
「入院診療計画書」は、入院から手術当日までと、ICU退室から退院までの間の食事、検査、内服、点滴、処置、安静度、各種説明の日毎のスケジュール表。
これらの書類のおかげで、病院での毎日の予定がつかめるので安心できる。

入院治療計画書

四人部屋は、術前の患者が私を含めて二人、術後の方が二人であった。別の入院患者さんから聞いたのだが、大和成和病院の大部屋は、四人部屋にしてはかなり広めらしい。実際、圧迫感はあまり感じなかった。他の病院だと六人部屋になるくらいの面積を四人部屋として使ってる感じらしい。ちなみに、個室は松竹梅の3種類あるらしい。男性患者は男性患者同士、女性患者は女性患者同士の部屋になるよう配慮されていた。

部屋の入口には、入院患者の氏名がフルネームで記載されている。看護師さんが別の患者と間違って処置するのを防いだり、患者同士で誰々さんは今どこの部屋にいるのかなぁって探す時に役立つ。(術前、術後や、容態によって部屋の移動が結構頻繁にあるので。)
病院によっては、個人情報保護の観点から、名札を記載しないところもあるらしい。身内が手術を受けた公立病院も名札がなかった。

15時にMRIとレントゲン検査。頭部の血管の状況はCTよりもMRIの方が良く見えるそうだ。MRIは初めての検査であったが、ヘッドホンをかけて20分程ただ寝てれば良いだけだし、造影剤も使用しないので楽。CT検査のように輪っかの中に入ってジッとしているだけ。

入院してから三日間は、鼻からの感染を防ぐ鼻腔用軟膏(バクトロバン2%)を一日三回綿棒で塗りつける。あとは、イソジンでのうがい。手術前に風邪でも引いたら大変なので用心。

食事は、塩分一日6g以下の減塩食。想像していたよりかは美味しく頂いた。(でも、2週間もこの食事が続くとだんだん辛くなるのだぁぁぁ・・・)

毎日の日課: 体重測定(朝一)
         検温、血圧測定を一日三回
         担当の看護師さんに体調を報告&雑談 (これが一番の楽しみ!)
 
21時就寝、6時起床の規則正しい生活。

病院での携帯電話の使用は禁止かと思ったが、実は、各フロアーの公衆電話付近の限定スペースでは使用が認められていた。家族や会社の友人への連絡用に携帯電話は重宝した。

ノートパソコンは使用可能かもしれないが、インターネット接続の環境はあるのかな? もっとも、パソコンを持ち込んでいる患者は一人も見かけなかったが。

食事
食事 (TC-1 + Tri-X 400)

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入院までの日々

入院までの日々は、早かったようで、遅かったような・・・

まずは、心臓病関係の本を、Amazonで調べて南淵先生の著書をメインに十数冊購入(書籍名リストは下記参照)。一日一冊のペースで読破。専門的なことは理解できないが、ICUナースや人工心肺技師(ME)向けの本まで手にした。

手術を受ける覚悟はしたものの、不安と恐怖は相変わらず強くのしかかっていた。だが、本を読んで知識を得るに従い、不安は減ってきたと思う。

南淵先生の著書の一冊にも、「情報を得れば得るほど、不安はなくなる。しかし、恐怖は違う。知ること、経験することで恐怖心が生まれる。怖さを知ることによって一人前になるのだ」とある。非常に共感した一説である。

心臓手術前に読んだ書籍一覧です。

ブラックジャック解体新書 宝島社 南淵明宏 (南淵先生の本ではこれが結構気に入った。)
ナースのちから (CABG手術編) 三輪書店 南淵明宏 (ICUナース向けの本だけど、患者にも読み応えあります。)
図解これで安心! 心臓手術 保険同人社 小坂眞一 (絶対お勧め!心臓手術を受ける方にとってのバイブル本!心臓病のこと、病院の選び方、検査や手術の手順、薬の説明、再手術の可能性についてもとても分かりやすく説明されており、特に手術の手順について理解して、私が心臓手術に向けての不安解消に一番役立った本かもしれない。2004年発行なので、最新の情報を盛り込んで改訂版を是非発行してもらいたい。)
患者力 徳間書店 南淵明宏 (患者の家族に読ませたい本)
実践 人工心肺 医学書院 南淵明宏 著 茂木保 絵 (専門書ですが、興味ある心臓手術について盛り沢山の内容なので食い入るようにじっくり読みました。いきなりこの本を読むのはお勧めしませんが、もし心臓手術を受けて人工心肺のお世話になったのであれば人工心肺の仕組みや手術の手順について解説してあるので一度読んでみても良いかもしれません。南淵先生らしく専門書とは言え、ところどころにユーモアのある文章が含まれているので読んでいて楽しいです)
心臓は語る PHP新書 南淵明宏 (心臓を理解するための分かりやすい内容。南淵先生の本はどれも難しいという印象をお持ちの方は、まずこの本からお読みになることをお勧めします。)
ナースの常識!?医者の非常識!?  中山書店 南淵明宏 (看護師さんに憧れを抱きます。)
異端のメス 講談社 南淵明宏 (南淵先生の本では比較的新しいかな。変わりゆく医療業界、あるべき業界の姿を訴えています。)
心臓外科医の挑戦状 中公文庫 南淵明宏
ブラックジャックを探し出せ!いい医者・いい病院の見分け方 二見書房 南淵明宏
心臓外科医―僕が医療現場をあえて世間にさらけ出す理由 講談社 南淵明宏
ブラック・ジャックになりたい君へ PHP研究所 南淵明宏
医者の涙、患者の涙 新潮文庫 南淵明宏
釣られない魚が大物になる―手術職人の生き方論 生活人新書 南淵明宏
「一匹狼」で成功する人「賢い羊」で勝ち残る人―あなたは会社を飛び出すか?とどまるか? PHP研究所 南淵明宏・和田秀樹
僕が医者を辞めない理由―ブラック・ジャック的おじさん!?になりたい  羊土社 南淵明宏
名医はブラック・ジャックと俺に聞け―「腕のいい医者」はどこにいる  廣済堂出版 南淵明宏・冨家孝
心臓病の9割は防げる 講談社 小坂眞一 (この本は何度も何度も繰り返し読んでいます。一週間で5万歩歩きましょう!や食生活、生活習慣病の予防について。理解しやすい内容です。)
・心臓病の治療と食事療法 新星出版社 永原昭二 (30年前の本ですが、私が初めて手にした心臓病の本です。心臓病全般を分かりやすく説明してあります。但し、その後、医学は進歩していますので、内容を100%鵜呑みにはしない方が良いでしょう。当時の本でも既に弁膜症の手術に弁形成術と弁置換があることが書かれています。)
ブラックジャック 秋田書店 手塚治虫 (番外編。これは有名な漫画ですね。術後、買い揃えて読み始めました。)

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プロフィール & メール

Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の49歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者やカウンセラーではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

コルコバード


南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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