フォトブック

入院中に撮影した写真をフィルムからスキャンニングして、ネットでフォトブックの制作を依頼した。本当はもっと早く作って、外来の時に先生に手渡そうと思っていたのであるが、思わず作業に時間が掛ってしまった。

完成したのは、題して、「大和成和病院 入院記録写真集」。全編モノクロ写真である。

表紙は病室から見た青空の写真。頁をめくって、まずは入院前の胸に創のない自分の体の写真、大和成和病院の外観、デイルームや廊下、ベッドやある日の食事、それから、インフォームド・コンセント中の南淵先生と家族、手術に向かう直前の自分、手術後ICUで麻酔から目が覚める前の自分、目が覚めた後の自分、患者仲間、お世話になった看護師さんの笑顔、最後に治療の勲章である胸の創の写真、という感じの流れである。(南淵先生の写真を入院中に撮り損ねたのでデジカメの動画からキャプチャーしたので先生の写真があまり良く撮れてなかったのが残念。ちなみに、このキャプチャー画像は、ご本人はもちろん、これを見た仲間の方皆さん、大笑いでした。)

フォトブック

一冊は南淵先生へ、もう一冊は二階病棟ナースステーション宛てにメモを付けて郵送した。実家の家族にも一冊、最後に自分用に一冊が貴重な記録として机の上に置かれている。

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術後第一回目の外来

退院後はじめての外来に行ってきた。退院から一ヶ月強になる。

予約時間より早めに病院に着き、心エコー、心電図、レントゲン、採血の定番検査メニューを実施。検査自体は1時間もかからず終了。南淵先生の診察を待つ。

外来の診察部屋前には10人くらいの患者さんがいた。なんとなく雰囲気で、この人は術前、この人は術後かなと判断できる。術前の人はやや不安げで、周りの様子を気にしている。術後の人は、落ち着いた感じ。いびきをかいてイスでうたた寝をしている人もいる。今日は、南淵先生の外来の日なので、皆さん、南淵先生に診てもらうのだろう。検査が手際よく終ってしまったので、診察までにしばらく時間ができた。その間、ブログのネタを思案・・・採血の時に画像を撮っておいたので使えるかな・・・。

外来採血1採血2

当日の検査結果は直ぐにオンラインでデータ化されるようだ。検査直後の診察の場で、血液検査結果も含めてデータを教えてもらえる。大和成和病院の場合、この辺りの対応は迅速でありがたい。別の病院だと、検査日と診察日が異なることもよくあるので。

待合の長イスで色々と考え事をしていると、お馴染みの紫のユニフォームを着たオペ室看護師長・コーディネーターの深津さんから名前を呼ばれる。診察室に入ると、白衣を着た南淵先生。真剣に検査結果を眺めていらっしゃった。「顔色が良くなったね。前来た時は、もっと暗い顔してたのに」とのこと。やはり、術前と術後では様子がかなり異なるようだ。しかし、どうもまだ、脈拍が早いらしい。自分でも自宅で毎日測っているが、100前後ある。でも、炎症反応も無いし、逆流もしてないので、ただ心臓が元気に頑張っているだけらしい。内服薬の処方が変わった。ラシックス20mgを止めに。これは利尿剤で、朝一粒飲むのだが、午前中はひっきりなしにトイレに行くたくなるくらい良く効く薬。利尿剤が無くなって少しは落ち着けるかも。あとは、テノーミン25mgを止めて、替わりにアーチスト錠5mgを一日二回飲むことになった。心臓の負担を軽くし、息切れや息苦しさを改善する薬と説明書きがある。脈拍を落とす効果があるのだろう。あと、創部に塗る軟膏を処方してもらった。オイラックスという塗薬。皮膚のかゆみを抑える薬と説明書きがあるが、かゆくはないんだけどなぁ。男なのであまり気にする訳ではないのだが、やはり傷痕は目立たないに越したことがない訳で・・・。ワーファリンは、あと一ヶ月くらい飲めば止めれるそうである。

例によって、今日の心エコーの画像をデジカメ動画に撮らせてもらった。手術直後に撮ったエコーの時と同様で、血液の逆流は正常レベル。良かった。おっと、今思い出したが、胸部レントゲンの画像を見るのを忘れた。肥大していた心臓が今後小さくなっていくのか興味がある。また今度見せてもらおう。

心エコー画面

診察の最後に、入院中撮り損ねた南淵先生の写真を撮らせてもらった。深津さんも一緒に。この写真は最近手に入れたライカで、丁寧にシャッターを押した。

そうそう、時間が掛かってしまったが、「入院記録写真集」と題したフォトブックが来週届く予定。(それについてはまたその時に記事にします。)

会計を済ませて、30日分の薬をもらった。帰る前に、2階病棟に足を運んでみた。懐かしいデイルームや、211号室などの病室・・・でも、そこの名札に書かれているのは全然知らない人達の名前・・・当たり前である。皆さん、術後、平均2週間で退院していくのだから。看護師さんはナースステーションで、日勤と夜勤の引き継ぎのミーティング中。チラっと眺めただけだけど、知っている顔が見当たらなかったなぁ。

なんだか、もうこの2階病棟は自分の居場所ではないような感じがしたので、足早に去ることにした。

次回の外来は、一ヶ月後である。仕事もそれまではオフを継続。体も自由になってきたし、あと一ヶ月の貴重な時間を有意義に過ごさねば。

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術後一ヶ月

今日で、手術から丁度一ヶ月が経った。

幸い、回復は順調で、手術したということをふと忘れてしまうくらいだ。

入院から退院までに体重が4kg減ったが、その退院時の体重をこの一ヶ月間キープすることができた。食事にはそれなりに気を付けたと思う。でも、家にいるとついつい間食の誘惑に負けて、まんじゅうやせんべいなどの嗜好品(しこうひん)に手が・・・。 運動は、近所への散歩程度。

ちなみに、今の体重は自分が二十歳頃の体重とほぼ同じだ。この体重が一番動きやすいし、体調が良い。10年くらい前の過去最高体重時は、なんと現在より13kgも多かった。一般的に、二十歳くらいまでに人の骨格や筋肉は形成されてしまうので、それ以降に増えた体重は脂肪の増加によるものらしい。

胸骨は日増しにしっかりしてくる感じ。もう多少の動きでは全く問題ない。
創は、痛くも痒くもなく、順調かな。将来あまり目立たないように、塗り薬でもないか、次回の外来で聞いてみようと思う。

血圧、体温は毎日測定して、グラフ化しているが、安定している。脈拍は退院時に100を超えるくらいあったが、最近は90前後になってきた。

心臓自体は快調に動いているようだ。かつてのように動悸を感じることがなくなり、血液ポンプとしてのパフォーマンスは著しく向上した気がする。例えて言うならば、術前はパンクした自転車のタイヤに必死で漏れ漏れの空気を入れていたのが、今はちゃんとしたタイヤに効率よく入れているようなイメージ。

このブログを通じて、同世代の同じ病気だった方と何人か知り会えた。今もそうだが、これから先、10年後、20年後もお互いの情報交換は役に立つと思う。

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伊藤隼也公式ウェブサイト

医療ジャーナリストに伊藤隼也さんという方がいる。私は、「最強ドクター 治せる!108人」という雑誌の著者として、初めてこの方を知った。選ばれたのは33人の心臓外科医(最強ドクター)。それぞれの心臓外科医の手術現場を、実際に一つ一つ訪れて、精力的に取材をまとめ上げている。

伊藤隼也さんの公式ウェブサイトの中の「おすすめリンク」に、大和成和病院への取材の様子を動画にしたものがアップされている。南淵先生へのインタビュー、手術の様子、看護師さんへのインタビューなど、デイルームの様子も見て取れて早くも懐かしさを感じてしまった。

大和成和病院に興味のある方は、ぜひこちらのサイトを見に行って下さい。

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心境の変化?

私は、小さい子供の頃から、医者という職業だけにはなりたくないと思っていた。中でも、外科医には恐れを抱いていた。いつも神棚に向かって神様にお願い事をする時には、「どうか将来、手術だけは受けるようなことがありませんように!」とお願いしていたものだ。(私の日頃の行いが悪い為かこのお願いはあっさりと裏切られてしまったが・・・)

父親の腹には、若い時に受けたという十二指腸の手術の傷痕が残っていた。子供の頃、一緒にお風呂に入っている時に、「お父さんにはへそが二つある!」と良く冗談を言っていたのを思い出す。当時、自分は絶対あのような手術は受けたくないと思っていた。

医療関係のテレビ番組や書籍は、意図的に避けてきた。病気についての他人の事例や世の中の通説を知っても、自分には関係ないやという考えがあった。

例え自分が病気になっても、治療や生活制限のお蔭で延命するよりも、自由にその瞬間瞬間を楽しんで、その結果、運命の時がやってくればそれはそれで良しとしようという考えであった。

それが、術後、激変した!

これまでとは、全く逆の考え、思いになったと言って良い。

今度生まれ変われるならば、外科医になってみても良いと思っているし、テレビの医療番組や、術野の画像を見ても怖くない。むしろ、興味がある。(「チーム・バチスタの栄光」、面白かったですね)

不思議なものだ。これは、心理学的にどういう状況なの?

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大和成和病院 2008年手術実績

ちょっと、番外編かもしれませんが・・・

大和成和病院のホームページを見ていると、早速、2008年の病院の手術成績がアップされていた。正確にいつアップされたのかは分からないが、2008年の成績」を年明けのこの早いタイミングで公表している病院はそうはないのではなかろうか?早速、心臓手術件数の多い有名どころの病院のホームページを眺めてみたが、やはり2008年の成績を既に公表しているサイトはなかった。

しかも、2008年の症例数は、646件とのこと。私の受けた僧帽弁形成術もこの内の一件だ。この症例数は、成人患者に対する心臓外科手術の件数としては、榊原記念病院や国立循環器病センターに並ぶものらしい。

ちっちゃいけど、実力主義の職人の集まりという感じの病院だ。まあ、自分が手術を受けた病院を過大評価する訳ではないのだが、正直、本当にこの病院で手術を受けて良かったと思っている次第です。

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入院中の便利グッズ

タコスさんのブログ「MemoRandom -僧帽弁閉鎖不全 弁形成手術の記録-」(閉鎖済)でも紹介されていましたが、入院中の便利グッズを私なりにリストアップしてみましょう。

くるくるツイストクッション~使い方自由自在!ごろ寝枕・円座・腰枕・首まくら…etc♪見た目もかわいいツイストクッション!
タコスさんお勧めのアイテム。入院前にネットで注文して手に入れた。残念ながら、色がピンク&赤のものしかなく、男性患者としては、チト恥ずかしい。あまり看護師さんに見られないように布団の下とかに隠して使った。ブルー系とかもあればいいのに。でも、夜寝る時に背中の下に入れて体の向きを変えるのに便利でした。退院後も家で使ってます。類似品として、例えば、お母さんが赤ちゃんに授乳させる際に使うような輪っか状のクッションがあります。

・携帯電話
通常、病院内では携帯電話の使用は禁止ですね。でも、病院によっては、携帯電話使用可能な限定スペースがあるかも。やはり、家族や友人との連絡には公衆電話で連絡するよりも携帯電話やメールでの連絡の方が便利。

・フタ付きマグカップ
会社でも使ってるフタ付きのマグカップを持参。一日三度の食事前に、大きなヤカンで、熱いお茶を配ってくれたので、このカップに入れて飲んだ。保温効果もあったので、暖かいお茶がいつでも飲めて便利でした。

・手帳・ボールペン
私の場合は、日記を書くために持参。毎日の行動や、検査の内容や結果、心境などを記録した。それが、このブログの下書きになっています。体重や血圧、体温なんかは頻繁に測定するので、自己管理のためにも記録を取るとよいと思います。

・電動髭剃り機
これは男性のみ。私は普段、シェービングクリームとカミソリで髭を毎朝剃っていました。術後は、体の自由が利かなくなるので、電動の髭剃りで剃る方が楽だと思います。

・カメラ
お世話になった病院のスタッフや患者仲間、病室の風景(思い出したくなければ撮らない方が良いかも・・・)、それから、エコー検査の動画記録やレントゲン、心電図の画像の撮影にも使えます。でも、病室には鍵のかかる引出しは無いので、高価な貴重品は気を付けて!

・暇つぶしグッズ
小説、雑誌、携帯音楽プレーヤー、携帯ゲーム機など。このあたりは各人の趣味で。私は、昔読んだ思い出の小説を持参して読み返しました。入院から手術まで時間があれば、結構これらのグッズは役に立つかも。でも、術後しばらくは、それどころじゃないと思いますが・・・

一つアドバイスとしては、入院したら個人の世界に浸るんじゃなくて、できるだけ他の入院患者さんとお話するように心掛けることをお勧めしたいと思います。同じ病気を持った方や、既に手術を終えられた方がいらっしゃれば、とても参考になると思います。同じ時期に同じ病院での出会い、ある意味、これも運命なので、その機会を大事にした方が良いと思います。また、それが、自分のためになるかもしれません。

<追記>
げたのうらさんから教えてもらったのですが、「耳栓」を持っていくと良い場合があるかもしれません。大部屋でいびきをかく人が同室にいた場合、気になる人は気になるでしょうから。ナースステーション前の部屋だと機材の音や看護師さん達の話声もよく聞こえます。あと、同室の方のご家族や同僚の方がお見舞いに来られた時に、自分の体調が思わしくない場合やICUから出たての頃は、周りに静かにしてもらいたいもの。そんな時に役立つかもしれません。

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聴診器

弁膜症の診断は、まず、聴診器で胸の音を聴いた際の心雑音で指摘されることが多い。私の場合もそうであった。

退院後の生活(2008年12月27日の記事)にも少し書いたが、今後の心臓の自己管理の為にとネットで注文した聴診器が届いた。【Littmann】リットマン クラシック II SE (ツー・エス・イー)というモデルだ。医者や医学生が使う聴診器のようだ。値段は、税・送料込で 10,290円。1年保証付き。長く使えそうなので、妥当な値段か。結構しっかりしたきれいな化粧箱に梱包されている。アメリカ製なので、説明書は英語で書いてあるけど、これは特に読む必要はない。

聴診器化粧箱

早速、イヤーチューブを耳に当て、胸の音を聞いてみる。ドックン、ドックンと鼓動している。しばらく聴き入ったが、果たしてこれが正常な胸の音なのか聞き分けがつかない。術前に聴診器を手に入れて、血液が逆流していた時の通称「ヒドイ音!」をしっかり聞いて、録音でもしておけばよかったなと後悔!

ネットを検索すれば、心音を説明したサイトがいくつかあるようだ。

もしこれから手術を受けられるかもしれない、又は、既に手術を受けられた弁膜症の方も、ぜひ聴診器を手に入れられてはどうだろうか。

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南淵先生からのメール

退院後の状態の連絡と、手術体験記のブログを書いたことを執刀医の南淵先生にメールで伝えたところ、丁寧にお返事を頂いた。ブログに転載可とのことなので、先生のお言葉をこの場で紹介させて頂きたいと思います。

以下、南淵先生からのメールより:

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私のように手術のビデオをホイホイ渡している心臓外科医はいまだ少なく、「そんなもん、患者に渡してどないすんねん!アホちゃうか!どうせ見てもわからんで!」と同業者から馬鹿にされているのが現実だからです。

実際は鍋島様のように、ある段階を経て肯定的に捕らえる方が多いようで、皆さんの勇気ある、かつまた貴重な、そして心臓という神秘を実録したアイテムなわけですから、その価値は表現しきれないほど高いものであるはずです。

今ここで、「ある段階を経て」と表現しましたが、こういった「ビデオなんかどうして患者に渡すの?」といぶかしんでいた患者さん自身が、退院の時に、「やっぱりもらって行こう、でも見ないと思うな」から、退院されて実際に自分で観てしまう、というのはまさに患者さんの精神の中での手術に対するステップバイステップの認識の推移を如実に表しているのだと理解しています。

私は手術を受けるかどうか、迷う患者さんに「迷うことは確固たる決断の前段階。思い切り迷ってください」などと説明しています。ちょっと突き放した言い方ですが、自分で悩んで決めるしかないんだ、ということを自覚して頂きたいと考え、このようにお話しするのですが、その後も、入院、手術、ICU,、また色々な段階で一歩一歩患者さんが身体的に回復していく、と同時に、実は精神的にもしっかりと一段一段上っている現実があるように思います。

まさに禅で言う、十牛図。
一段上ることによって、それまで自分がいた世界とはまったく違う世界に入り込んでしまうのです。HPで検索してみてください。私などいまだに六段階目の騎牛帰家。鍋島さんは間違いなく、八段階目の人牛倶忘は少なくともクリアーされておられると思いますよ。

外来でお待ちしております。

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このメールのお返事は、「数か月、若しくは、数年、観ないだろうと思っていた自分の手術ビデオを、術後一カ月も経たない内にじっくりと鑑賞してしまったこと」(手術から21日目の記事、2009年1月1日参照)に言及している。

十牛図。未熟ものの私ですから、八段階目の人牛倶忘をクリアしているとは到底思えないのですが・・・入院中に心配や世話をかけたことに対するお礼を家族に十分に伝えられなかったり、毎日やろうと思っていたリハビリをさぼったり・・・でも、術前、術後、退院後と、弁膜症という病気に対して、普段の生活や周りの家族に対する考えや態度は、ほんの少しは変化したかもしれません。それが、十牛図における「悟りを得る」ということに例えて、それまでより一段階くらいは登れたのであれば、手術を受けたことを今後肯定的に捉えられそうです。いや、手術を受けたことを否定的に捉える理由は一つもないです。

南淵先生、ありがとうございました。

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手術から21日目

大和成和病院でダビングしてもらった自分の心臓手術のビデオ、しばらく観ないだろうと思っていたが、観てしまった。案外、冷静に、興味深く・・・ひょっとしたら、途中で気持ち悪くなるかと思ったら、そんなこともなく、つぶさに観察できた。

まずは、胸の皮膚を縦に電気メスで切り開くシーンから。始めは少々痛々しいが、だんだん慣れてくる。皮膚が切り開かれて、次に、胸骨を切り開く時、どんな風に切るのかと思ったら、、結構、荒っぽく小型の電気ノコゴリ(?)で、ギコギコと切り開いている感じ。。。短時間であっという間に切り開かれる。

開胸器をはめて、切った胸骨を左右に開く。そして、更に、心膜を切り開いて、いよいよ心臓とご対面!元気に鼓動しているではないか。唯一、人体の中で鼓動する臓器。まるで心臓自体が一つの生き物のようだ。いつまで見ていても飽きない気がする。まさにこれが私の体の中で40年間も休むことなく動き続けてきた自分の心臓なのかとマジマジと見入ってしまった。

心臓の表面を黄色い脂肪が覆っている。こんなところにまで、脂肪が付くとは・・・折角辛い思いして胸開いているんだから、ついでに脂肪も取ってくれればいいのにと思って見ていたが、残念ながらそれはしないようだ。

人工心肺の管を着々と取り付けて、心停止液を掛けられると。元気に動いていた心臓が、フニャフニャになって、鼓動を止めた。一瞬で止まる訳ではなくて、徐々に鼓動がゆっくりになってきて止まる感じ。(再鼓動の際も同様。)そして、心停止。この間、人工心肺にて全身に血液が送り込まれている訳だが、差し込まれている送血管と脱血管が抜けやしないかと、ちょっと心配。

その後、僧帽弁に到達する為に、心臓のどこかの部屋を切り開いているのだが、どこの部分から僧帽弁にアクセスしているのかはよく分からなかった。そして、白い僧帽弁が見えた。左手でピンセット、右手で長いハサミのような器具を用いて、糸と針を匠に操る、不具合箇所を切り取って縫い合わせ、半円状の弁輪を取り付けて、心臓を閉じた後、心臓の再鼓動。無事、元気に動き始めた。不思議なものだ。

心膜を縫い閉じて、胸骨の周りの細かな出血を処置。この辺りはまるでおいしそうなスペアリブのよう!そして、胸骨をワイヤーで締める。針金のようなワイヤーだが、あんなのが体の中に残っていて大丈夫なのかと思ってしまう。そして、皮膚を丁寧に縫い閉じて、終了。約3時間の映像であった。

手術中の作業の流れはとてもリズミカルでスムーズ。時間的な淀みが全くなかった。術者の手は留まらず常に動いており、周りのスタッフが次に何をやるべきかをよく認識し、阿吽の呼吸で応えて手術を進行している感じが素人の私にも見て取れた。

手術って、本当に手で行う技の世界なのだと認識。そして、完全にアナログの世界だと思う。だから、術者の技量が結果にもろに反映されるのだろう。

このビデオは、私にとって、貴重な財産になりそうだ。人生、へこたれそうになったら、これを見て、再起したことを思い出せば良い。

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プロフィール & メール

Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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