術後二回目の外来 & 患者仲間との出会い

廊下
処置室
採血
心電図

寒く、雨と雪の降る中、術後二回目の外来診察に行ってきた。いつも通り、血圧・体重測定、採血、レントゲン、心電図、エコー検査をこなす。その後、南淵先生の診察。

回復は順調で、弁には全く問題ないけれど、相変わらず心臓が元気すぎる(?)ようだ。脈拍がその後も100くらいある状態が続いている。自分の子供達よりも脈拍が早い。

再び、処方が変わった。

現在飲んでいる薬を整理すると、

朝食後:
 バイアスピリン錠 100mg
 ワーファリン錠 1.5mg
 アーチスト錠 10mg
 タケプロンカプセル150mg
 ワソラン錠40mg (←new!)
 リザベン100mg
 シナール錠200

昼食後、夕食後:
 ワソラン錠40mg (←new!)
 リザベン100mg
 シナール錠200

結構たくさん飲んでいる。ワーファリンは今回で終わりかと思ったが、まだしばらく継続のようだ。

新しく飲むことになったワソランという薬が、カルシウムの働きを抑えて、心臓の負担を軽くし心臓の働きを改善するらしい。これで状態が少し変わるのか観察だ。

それから、12月上旬からお休みをもらっていた仕事に3月から復帰することにした。会社に提出する診断書を用意してもらう。面倒なことに、会社を二週間以上休むと、復職時に診断書を持参して会社指定の産業医と面接をしてOKをもらわないと職場に行ってはいけないらしい。

本来ならば、次回外来は3ヶ月後となるところだが、脈拍が早く薬の処方を変えたので、また一ヶ月後に外来の予約をとることになった。

血液検査の結果のコピーをもらった。検査項目は、ほぼ全ての機能項目をカバーしていると思われる26項目だが、なんと全項目が基準値内。驚いた。というか、これが本来普通かな。術前は、肝機能の数値が悪い時期や、中性脂肪やコレステロールが高い時期もあったが、ここまで数値が正常化したのは久しぶり。道理で体調も良いはずだ。とてもありがたい。

診察後、入院していた時から少し気になっていた病院の目の前にある喫茶店で昼飯を食べた。オムライス風だけど、中に焼きそばとライスの両方が入っているようなメニューをオーダーする。これがなかなかうまい!

喫茶店_昼食

食事後、2階病棟に顔を出す。前回の外来の記事で、「もうここは自分の居場所じゃないような気がしたので足早に立ち去ることにした」と記した。今日、再び、そこに足を運んだのには一つの理由があったからだ。

今月中旬、Sさんから一通のメールを頂いた。「実は明日、大和成和病院に入院して、○○日に手術を受けるものです。入院前日の今日、あなたのブログを見つけて、慌てて内容を拝見しました」というもの。ブログを通じて何人かの方とコンタクトを取ってきたが、私と同じ大和成和病院で手術を受ける・受けた方とのブログを通じてのコンタクトは初めてであった。その後も、無事に手術を終えて順調に回復されている旨のメールを頂いていた。

外来で病院に出向く今日、それじゃ、是非Sさんに会いに行こうと思った次第である。お会いすると、術後僅か数日なのに、無茶苦茶元気そうに回復されているのを見て驚いた。ハートハガーももう取っちゃってるし、声も普通に出ている。(私は、気管に入っていた管のお蔭で術後数日はしゃべりづらかった。)

しかも、明日、退院できるらしい。術後9日目退院の私も回復が早い方だと思っていたが、それ以上のスピード退院。年齢は私より上だが、フルマラソンやトライアスロンの経験もあるそうで、お話を聞いて、体の鍛え方が違うなぁと納得。

病院にあまり長居は禁物なので、ナースステーション前で看護師のSさんと一緒に写真を撮ってお別れした。ご退院された後、(元)心臓病患者の集まりを行う時には是非再会したいものだ。

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弁膜症の自覚症状

弁膜症の自覚症状はあまり認識されないと言われている。何年もかかって徐々に症状が悪くなり、自覚症状を認識するに至る段階においては、既にそれなりの血液の逆流が発生しているケースが多いようだ。何か体の不調やちょっとおかしいかなと思うような症状があれども、自分は病気なのだと思い込みたくない、そういう心理が自覚症状を認識させないようにしているように思う。

最も、客観的には、聴診、心電図、エコー検査で、自覚症状がなくとも弁膜症は診断がつく。

私の場合も、手術を受けるかなり直前になるまで、幾つかの状況が弁膜症の自覚症状なのだという認識はあまり持っていなかった。ところが、手術を受けて、弁の手直しをしてもらうと、様々な体調の変化が現われはじめて、改めて術前の各種症状を強く認識することができた。

思い出す限りにおいて、どういう症状が術前に私に起こっていたか参考までに記したいと思う。ちなみに、これらの症状は手術を受けた後はほとんど無くなり、現時点では体調は本来あるべき状態に戻ったと感じている。症状は人それぞれ異なるので、鵜呑みにせず、あくまでも参考としてお読み下さい。

①動悸・息切れ:
手術の10年近く前から多少の動悸はあった。これは少し異常かなと思う強い動悸が発生しはじめたのは、術前5年くらいか。降圧剤(ナディック)のお蔭で動悸はかなり抑えられていた。手術を受けなければと覚悟した一つの理由は、この動悸を無くしたいということであった。
また、会社から最寄駅までの徒歩10分程の距離を、会社の同僚としゃべりながら歩くと、駅にたどり着く頃には息が切れて、一息つかないと言葉を発しにくい状況になっていた。

②長距離歩いた時の疲れ:
普段、会社の通勤に片道4km、約50分を朝夕歩いていた。朝は問題ないのだが、帰りは30分程歩くと、脚が金縛りにあったかのように上がらなくなり次の一歩を歩むのが大変辛かった。脈拍は運動中でも90台までしか上がらなかったし、又、夕方なので腹が減っておりカロリー不足でエネルギーが無くなった為かと思っていた。しかし、今は空腹でもそれなりに歩けるので、これも心臓病の影響であったようだ。運動は医者としては勧められないと術前に言われていたので、ひょっとしたら、これはかなりやばい状況(心不全?)だったのかもしれない。

③腹が異常に減る:
会社の昼ご飯の時間まで待てなくて早弁したいくらい、食欲があった。胃が痛くなるくらい腹が減る。空腹を感じるということは決して悪いことではないらしいが、普通よりも減りすぎる感覚だった。術前8年くらいから。

④首筋の痛み:
手術の2年前くらいから頻繁に感じだしたのが、首筋の筋肉痛のような痛みである。横や後ろを振り向けないくらい痛い。当時、自分的には、枕が合わないのか、肩こりのようなものなのかという認識であったが、放散痛だったのかもしれない。術後も軽い痛みは継続。首のレントゲンも撮って診てもらうが骨に異常なしとのこと。

⑤上を向いて眠れない:
上を向いて寝転がってもシンドイ訳ではないのだが、そのまま眠ることができなかった。眠りそうになると、息をプッと吹き出すようにして目が覚める。手術の4年前くらいからこの症状が始まり、その後ずっと横向きかうつ伏せで寝ていた。右が下でも左が下でもそれは問題なかった。睡眠時無呼吸症候群を疑ったが、起座呼吸の初期症状だったのかもしれない。術後は胸骨がひっつくまでは横向きに寝るのは無理だと思っていたので、この点はかなり不安だった。南淵先生にも麻酔の先生にもこの点を相談したが、「大丈夫でしょう」とのこと。実際、術後数ヶ月は問題なく仰向けに眠ることができた。心臓を治したので仰向きに眠れるようになったのかと喜んだが、数カ月経って再び仰向きで眠れなくなった。

⑥胸に違和感:
手術の7、8年前から、胸の違和感を感じていた。痛い訳では無くて、なんとなく圧迫感のような違和感があるという感じ。また、その違和感は周期性があって、大体一ヶ月半から二ヶ月の周期で違和感を感じる時期とそうでない時期が交互にやってきていた。

⑦慢性的な下痢:
便がいつも柔らかかった。また、朝食後、昼食後の二回と回数も多め。手術の10年前くらいから。胃腸系の病気かと思ったが、なぜか心臓を直したら、これも普通に戻った。又、牛乳を飲むと100%お腹を壊していたが、今は大丈夫になった。

⑧夜中に小便に起きる:
利尿剤を飲んでいる訳でもないのに、水分を取ると結構頻繁に小便に行っていた。特に、夜中に一回は小便に目を覚ますことが多く不便であったが、今は治った。

⑨血圧が高い:
手術の10年以上前から、血圧は高めで、弁膜症と診断された頃には160/90という数値がアメリカにいた時の病院のメディカルレコードに書いてあった。手術の8年前から降圧剤を飲んでいた。しかし、手術の2、3年前には血圧自体は薬を服用しなくても通常値に落ち着いていた。ただ、飲んでいた降圧剤(ナディック錠)が動悸を抑える効果があった為、その為に服用を続けていた。

⑩明日できることは今日やらない気分:
精神的な面なので心臓と関係あるのか分からないが、几帳面な私の性格の割には、特にここ数年、直ぐに出来ることを結構後回しにしていた。

⑪昼寝をする:
会社に行っている時は決して眠くならないのだが、週末家にいると、昼寝をすることが日課になっていた。疲れやすかったためだろうか。術後は昼寝したいという気分に全くならない。

追記: 
弁膜症と診断された当初、自分でも感じる不整脈があった。ホルター心電図による検査結果は、一日に800回ほどの回数だったので、特に治療の必要はありませんという状況であった。一日に不整脈が10,000回を超えると治療対象になると、その当時の先生が言っていた記憶がある。その数年後には、なぜか不整脈は全く発生しなくなった。術前、術後も不整脈の心配は全くなかった。

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手術から二ヶ月目

今日で丁度手術から二ヶ月になる。回復は概ね順調と思われる。前回外来で処方されたアーチスト錠であるが、どうも服用量を間違っていたらしい。一回2錠を一日2回飲むべきところを、一回1錠を一日2回しか飲んでいなかった。どうも薬の減り方が少ないなあと思って気付いた。薬を替えても相変わらず脈拍が早いので少し心配していたが、そのせいかもしれない。後は、血圧の特に下の方が最近やや高め(90~95)になってきたのが気になるところ。それを除いては、至って元気で、最近は電車やバスに乗っての移動も結構している。比較的長時間歩いても、以前に比べたら明らかに疲れ具合が違う。

先日、近所の開業医の皮膚科医院に行ってきた。手術の創痕については、男なのでそんなに気にする訳ではない。でも、プールに行ったり、温泉に行くこともあるし、出来るだけ目立たないようにするにこしたことはない。

診察室で、二ヶ月前に心臓手術を受けたことと、現在飲んでいる薬を先生に伝える。ベテランの皮膚科の先生曰く、「僕も若い時には、医者の研修として、心臓手術に立ち会ったことがあってねぇ。あれって、実は医者も結構怖がって手術してるんだよね~」

「患者も怖いが、医者も怖い」とは、南淵先生の本で読んだようなセリフ。

大きな虫眼鏡のような器具で覗いた創痕は、本当かどうか分からないが、外科手術の割にはきれいな方らしい。メラニン色素が残ると色が付いて目立っちゃうらしい。その他の詳しい説明は良く分からなかったが。

創の部分に、スプレーをシューとかける。そして、薬を処方してもらった。また飲み薬が増えてしまう。

・リザベンカプセル100mg 毎食後
・シナール錠200(ビタミンC) 毎食後
・軟膏(アンデベート0.05%、ゲンタシン軟膏1mg、スタデルム軟膏 5%、サトウザルベ軟膏10%の混合)一日二回塗り付け

ご参考までに、術後二ヶ月ちょうどの創の写真です。やっぱ、こうして見ると21cmですが結構長い創ですなぁ・・・私の場合は、「創あとが目立たないように短めに切って下さいね。」なんていうリクエストを先生にしていなかったので、手術しやすいように思いっきり長めに切られてしまったのかもしれません(笑)。

創 20090211創 20090211_2

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プロフィール & メール

カムバックハート


Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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