「千住家の命の物語」

昨日の外来診察の際、南淵先生から思わぬプレゼントを頂いた。

千住文子さんの書かれた新潮社の「千住家の命の物語」という単行本である。

私が書いているこのブログが少なからず大和成和病院の宣伝になっているお礼かと自分勝手に思い込み、有難く一冊頂戴してきた。

執筆者の千住文子さんは、心臓手術を大和成和病院で南淵明宏先生の執刀で受けられた。その体験を、家族との絆を強く意識して見事な文章に表現されている。ちなみに、娘さんの千住真理子さんは、名器ストラディヴァリウス/デュランティを奏でられる有名なプロのヴァイオリニスト。

高齢ゆえ手術をしてくれる医者が見つからず心臓病で夫を亡くされた。その夫より高齢になった文子さんも同じ病気になられたが、子供さん達3人の協力で、医者を見つけ手術から回復まで導く物語。

心臓病患者の心理面の表現に多々共感する部分があった。随所に死生観についても語られているが、私も似たような感覚を得ていたのではなかろうか。いや、どうだろう。私の場合は、過去の記事にも書いたが、心臓を手術するという人生の一大イベントに際して、「死」、若しくは、「生」を、具体的にイメージすることができなかった。こんなことを書くと、「そんなこと考える必要はない、ポジティブな気持ちで手術に立ち向かっていくことが大切」と周りの仲間からアドバイスされかねないことも分かっている。でも、心停止液をかけられて鼓動が止まり、人工心肺で生命を継続するその時までに、やっておかねばならない、もしくは、考えておかねばならない事柄が実は沢山あったのではなかろうかと、術後の今になって思ったりしている。

私は、生命の源である心臓を一旦止められた瞬間、第一の人生が終わり、そして、治療後、再鼓動した時に、第二の人生がスタートしたのだと思っている。幸いにも無事に第二の人生のスタートを切ることができたので、今は何も怖いものが無い、そのような心境でいるのである。

ICUでの存在感について書かれている部分もなるほどそうだったなあと思わせる。「ICUというところは私にとって、もっとも感銘の深い場所であった・・・その時はまだ、自分の身体が他人のもののようだった。ICUからの退室時は花嫁が花道を歩くようで照れる」。まさにその通り。うまい描写だ。

手術ビデオを鑑賞する部分の心境も興味深い。南淵先生から教えて頂いた十牛図(過去記事参照)のごとく、ご家族も含めて、ステップバイステップで次の過程に進んでいかれるその様子が読み取れた。私の場合は、ビデオは自分一人でしか見てないので、機会がくれば、自分の子供たちも一緒に家族で観て、皆で一段階昇りたいと思った。

心臓病患者の心境というのは、ひょっとしたら皆さん、結構、「共通項」が多いのかもしれない。

心臓病患者とその家族にはぜひ読んで頂きたい一冊である。

千住家の命の物語

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術後三回目の外来

術後三回目(術後3か月半)の外来診察に行ってきた。

弁膜症と初めて診断されてから、エコー検査は、もうかれこれ50回くらい受けてきたかと思う。最近は検査中思わずベッドでウトウトと寝てしまいそうなくらいのリラックスぶりである。検査技師の方の手際も良く、落ち着いて検査を受けさせてくれるのもその一つの理由。ちなみに、心臓のエコー検査は左胸を下にするようにベッド上で横向きになって検査を行うが、アメリカでエコーを受けていた時は、確か仰向けに寝てやっていたと思う。また、「海外では右胸を下にして検査しませんでしたか?」と、検査技師の方から質問されたこともあった。

検査結果は問題なし。順調な回復である。「体調は、バッチリ!とても元気になりました」と南淵先生に言うと、「それは当たり前。だって、心臓ちゃんと治したんだから・・・」「もう全く正常な状態に戻ってますよ」とのこと。

薬は減るのかと思ったが、今回は変更なしで継続。特に副作用もないし、朝昼晩、ちゃんと管理して飲んでいるので、習慣にしちゃえば問題ない。でも、早く薬なしの生活に戻りたい。

次回の検査・診察は、2ヶ月後になった。

外来診察室前の壁に、南淵先生が神奈川県大和市長から表彰された表彰状が飾られていた。「あなたは心臓血管外科医として活躍することにより、活動拠点である本市の名を広く世に知らしめた功績を表彰します」というもの。南淵先生、おめでとうございます!
私も、自分の行動で表彰を受けれるような活躍を、術後の第二の人生の中で目指したいものだなと少し感じた。

表彰状

診察後は、病院の目の前にあるTEA ROOM 「SAKURA」にて、「オムそばめし」を食べる。サラダと飲み物のセットで980円。前回の外来診察後に食べたメニューであるが、これがうまくて、やみつきになってしまった。カロリーと塩分はやや高め・・・

SAKURA.jpgオムそばめし

その後は、久しぶりの平日の外出だったので、横浜をブラブラと散歩した。3月に入って復職してからは、毎週5万歩を歩くことを目標にしているが、これまでのところ、毎週達成できている。この毎週5万歩というのは、小坂眞一先生の「心臓病の9割は防げる」という本に書いてあったのを読んで心がけようと思っている行動である。一日何千歩歩こうと目標を決めても、天候が悪い日や体調のすぐれない日もあって達成できない日が出てくる。なので、日ではなくて、週で目標値を決めて達成を目指せば良いとのこと。
ちなみに、今週は6万歩以上歩いている。体重は退院時の体重をキープ。血圧良好。脈拍も少し下がってきている。

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心臓手術の痛み

外来診察で心臓手術を受けると決定した際、最後に先生に野暮な質問をしたことを思い出した。

「心臓の手術って、やはり痛いのでしょうか?」

南淵先生の答えは何だったと思いますか?

「僕は、心臓手術受けたことがないから、痛いかどうか分かりません」とのこと。

ごもっともである。

外科医は、毎日のように手術をしたり、患者の周りにいる訳だから、患者がどう感じるのか視覚的には理解していると思うが、実際に心臓手術を受けたものでなければ、本当の感覚は分からないはず。「まあ、大丈夫ですよ。皆さん、あまり痛いとはおっしゃいませんよ」なんて言われても、それはそれで患者としては安心することができるし、実際にそうなのかもしれない。

でも、診察室で最大級の不安を抱いて手術を受けるという決断をしている心臓病患者としては、「僕は、心臓手術受けたことがないから、痛いかどうか分かりません」とおっしゃった南淵先生の言葉を聞いて、この先生なら自分の体にメスを入れることを任せても構わないなあ、この正直な表現をされる先生にお願いして、例え手術がうまくいかなかったとしてもそれはそれで諦めもつく、そう感じていた。

「入院したら、周りにいくらでも体験者がいるので、その人たちに直接聞いてみて下さい」とのこと。確かに、それが一番正しい答えだと思う。

でもって、つまらない質問をしたものだなあと診察室を後にして思った次第である。

ちなみに、子供の頃に心臓手術を受けたことのある会社の同僚が、「心臓には神経がないから、心臓が痛いと言っているのは嘘だ」と言っていた。

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ポンプヘッドについて

先週月曜日に約3ヶ月ぶりに仕事に復帰し、一週間が経った。まずは休暇中に進行していたプロジェクト業務へのキャッチアップを行った。久しぶりに参加したプロジェクト会議でも、周りの同僚からブランクを全く感じさせないねと言われる。いきなりの残業やハードな業務は行わないようにと産業医から注意されているので、毎日夕方5時に仕事を切り上げてさっさと帰宅。先週は雨の日が多かったので、バスや電車での通勤もしたが、それでも、一週間で目標の5万歩を歩くことができた。帰宅後も思ったほど疲れない。体調も気分もかなり良い。

最近、「たけしの部屋」の心臓病掲示板で「ポンプヘッド」についての書き込みがあった。術前から知識としては知っていたが、心臓手術を受ける際に人工心肺を使用することを原因として、術後、記憶力や集中力の低下が見られるケースがあるらしく、このような人工心肺の使用による合併症のことを「ポンプヘッド: Pump Head」と呼ぶらしい。2003年に科学雑誌に初めてポンプヘッドという言葉が発表されたらしいが、あまり一般的に知られていることではないような気がする。本当に人工心肺の使用を原因としてそうした現象が発生しているのかどうか、裏付けデータが存在するのかも良く分からない。

人工心肺を使っての手術経験者としては、多少はこの「ポンプヘッド」の心配も感じていた訳だが、術後3ヶ月時点においては全く問題無いと思う。本来、集中力や記憶力を数値的に図るにはそれなりの環境でテストしないといけない訳だが、術後の自宅での生活、復職後の業務において、以前より不具合を感じるような感覚は少なくとも全く無い。集中力はむしろ向上したのではなかろうか。

直ぐに出来ることを先延ばしにしがちであった術前に比べて、今は、活動意欲も湧き、新しいことへの興味や関心も高くなった。人生、毎日が楽しいと感じる今日この頃である。

私が人工心肺にお世話になった時間は約1時間半で、心停止は1時間弱と、幸いにも比較的短めの時間であったことも一応考慮しておく必要があるかもしれない。

今は万全の体調だが、今後どういう症状や現象が私の体に起きるのかは誰にも分からない。心臓手術体験者同士の情報交換を大切にして、第二の人生を有意義に過ごしたいと思う。

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社会復帰初日

今日、仕事に復帰した。

手術したのが昨年の12月11日なので、術後、80日間も自宅で安静にしていた訳だ。十分すぎるくらいの休養を取ることができ、定年後の生活を少しかじらせてもらったようなものだ。会社から頂いた長期のお休みは、結果としてかなり充実した有意義な時間として過ごせた気がしている。仕事から完全に離れて、心身ともにリフレッシュするという意味でも完璧な機会であった。

午前中、会社の産業医との面談。南淵先生に書いてもらった診断書を持参し提出。さすがに、医者の中では大和成和病院の南淵先生の名前は有名らしく、循環器が専門ではないとおっしゃっていた産業医も南淵先生の名前は知っているとのこと。まあ、テレビにも出ている先生だし、不思議ではないか。手術後の体の状態について明るい表情で説明する。産業医から、全く問題なく復職可能の判断を頂いた。但し、復職した人の9割は、当初とても疲れるとコメントするらしいので、決して無理に頑張らないようにとのこと。マイペースが大事だそうだ。

その後、上司と人事の担当者がその場にやって来た。産業医が上司に、くれぐれも最初からハードな仕事をさせないようにと念を押していた。こうして、やっと職場に連れ戻されたという次第。無事に就職試験の面接に受かったような心境であった。

3ヶ月弱ぶりの職場は、思ったより何も変わってない。会社の様子は、同僚とのメール交換で事前に大体聞いていたので、驚くような変化は起きていなかった訳だ。

パソコンを立ち上げて、メールを見ると、未読が370件ばかし。まあ、こんなものだろう。半日で読み終えてしまった。仕事は同僚に託してあったので、滞っている仕事は無かったが、今後、進めていくべきプロジェクトが待っていた。やりがいのある仕事を与えてもらえるだけ幸せだと思っておくことにしよう。

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プロフィール & メール

Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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