白詰草さんの手術

「いきてます」

たった一言のこのメールの文面を読んだ瞬間、私はとてつもなく感激深い気持ちを感じることができた。ここ数カ月間のお互いのメールのやり取りの集大成であり、密度濃く集約されたこの五文字の言葉に全ての結果が表現されていた。

白詰草さん(仮名)からの最初の連絡は今年の2月13日。「僧帽弁の手術を勧められたのですが、病院と医者探しに日々頭を悩ませています」との相談だった。

その後、私は30通以上のメールを彼女に送った。病院選び、治療方法、検査内容、手術に向けての不安、手術の痛み、自分の子供達への手術についての伝え方、などなど・・・よくもまあ、これだけ沢山の質問が出てくるものだなと思った。だが、そんな質問に答えている自分は、自分の体験を参考にしてもらえているという充実感を日々実感できて嬉しかった。

私の(元)心臓病仲間である、三つ葉葵さんと、みつりんさんを彼女に紹介して、お二人にも彼女の相談に色々とのってもらった。いわば、チーム戦で白詰草さんの治療に向けての手助けしたようなものだ。

我々は、彼女に特定の病院や医者をお勧めした訳ではない。彼女は、自らの情報網で信頼できる病院と執刀医を見つけ出し、「いつ、どこで、どのような手術を、誰の執刀で受けるのか」という最終決断を見事に為された。悩みぬいたにも関わらず、結果的に手術を受けるまでのプロセスは完璧なものであったはずだ。我々、(元)心臓病仲間に沢山の質問を投げかけたのも、彼女が手術を受けることを決断するためのそのプロセスを満たすために必要な項目であったのだと考える。

こうして術前から連絡を頂いた方々が、「○日が手術に決まりました。」と連絡をくれた後は、私自身、その日を意識し、当日は、「そろそろ手術始まったかな」、「今頃ICUかな」、「そろそろ麻酔から覚めているかな」、「もう少ししたらメール来るかな」、と頭の中で想像を巡らせている。

手術の翌日、恐らくまだ体の自由が利かず、点滴やその他の管も抜け切れていない辛い状況の中で、私に対して必死に最低限の言葉をいち早くメールで伝えてきた白詰草さんの行動が嬉しい。順調に回復できた私でも、さすがに手術翌日はまだメールを打てるような状態ではなかった。受け取ったメールを見た瞬間、私は、思わずガッツポーズを会社の廊下でとっていた。そして、直ぐに、三つ葉葵さんと、みつりんさんにこの喜びと感激を共感してもらうためにメールをいれた。「待ってたメール来ましたね!」と・・・彼女らも同様のメールを受け取り、同じ感激に浸っていたのを確認できて、私の感動は倍に膨れ上がった。

三つ葉葵さんは、ご自身の手術後、自分の体験をできるだけこれから手術を受ける人の役に立たせたいと私に伝えてきた。自分と同じ手術を受ける人のことを本心で考えている、強いバイタリティを持ち、熱い行動力をみなぎらせている。そんな彼女は、これからも多くの仲間を励まし続けてくれるであろう。

白詰草さんから、術後二回目のメールが今日、届いた。「全身が痛くて泣いていました~」とのこと。泣けるくらいなら、回復が順調な証拠。心配は要らない。いつの日か彼女にお会いして、術前から術後への心理面、体調面の変化を、今度は私が質問攻めにして詳しく聞いてみたいと思う。

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術後十二回目の外来

今日は、想像と期待を遥かに超えた一日だったかもしれない。新しい環境での再会と新たな出会い、そして、ドラマ・・・

東京ハートセンターでの初の外来検査・診察を受けに行った。午後の時間帯の予約であったことと、病院の場所が勤務先の会社により近くなった為、外来の日に仕事を丸一日休まなくても、半日休暇だけで済むようになった。山の手線のJR大崎駅から病院のホームページに載っていた写真入りの地図を片手に、大崎病院 東京ハートセンターの建物を目指す。途中の目黒川の景色がなかなか素晴らしい。もう少し早い時期であれば、桜が満開で最高だっただろう。

病院に到着。受付嬢二人。受付でカルテに記入し、大和成和病院からの紹介状と保険証を提示。穏やかな雰囲気の病院だなという第一印象を持った。検査は、身長・体重測定、血液検査、心電図、胸部レントゲンと心エコー。事前に三つ葉葵さんから聞いていたのだが、検査室も待合の場所も狭い。都内特有の立地条件の為か、郊外にある大和成和病院に比べると狭くて多少圧迫感があるのは否めない。検査や診察待ちの人が、受付ロビーのソファーのところにも座っている。検査は手際良く迅速に済んだ。唯、心エコーの検査を行っている時間がいつもより少し長く感じたのは気のせいかな。

病院に一歩入った瞬間から、どうしても、これまで通っていた大和成和病院と色々な面を比較してしまう。大和成和病院はスタッフの数が多かったのか、外来の廊下を看護師や技師や医者が良く頻繁に歩いていた。今日の東京ハートセンターは、午後だったせいかもしれないが、病院関係者の方が外来フロアーを歩いている様子はそれほど見かけなかった。大和成和病院の外来検査では、検査の手順や施設の場所、技師の方の検査のやり方、患者に対する接し方なども既に頭に入っていたので、いつも非常にリラックスしていた。初めての病院だと同じ検査でも、わずかな手順の違いがあるだけでも、そこにこれまでと違う違和感を感じてしまう。全ての検査が終わって、改めて結論を言うと、不満は全く無く、これまで通りのリラックスできる手際の良い検査であったのは間違いない。次回は、検査室の場所や手順も理解しているので不安はないだろう。

実は、普段飲んでいる服用薬が今週の月曜日で切れてしまい、その後数日間は薬を飲まないで生活していた。ワーファリンは元々飲んでいないので、服用を止めても直ぐに問題が発生する訳ではないと思っていたが、実際は、少し動悸を感じていた。やはり、薬を服用することによって私の体はコントロールされているのだと認識した。

検査が終わり廊下を歩いていると、南淵先生とばったり出会った。挨拶すると、「お待ちしていました!」とのこと。「後ほど、外来診察でお話させて下さい・・・」と言って、まずはロビーの待合室に向かう。暫くすると、深津さんがいつものように廊下で患者の名前を、マイクを使用するのではなく直接声をかけて診察室に招きはじめた。

午後一は少なかった患者の数も増えてきて、受付ロビーの座席も全部埋まっている。周りの患者を見渡したが、私が知っている人は見当たらなかった。今日は、知り合いの(元)患者には会えないかも・・・



私の名前を呼ぶ深津さんの笑顔に引き付けられて、診察室2に入室。南淵先生がいつものようにパソコンの画面で検査結果を眺めている。「逆流はあります・・・」。これだけ聞くと、また逆流か・・・とネガティブになりかねないが、南淵先生曰く、「これ、本当に逆流なのかな?僕にはそんなに大きく逆流しているように見えないけどなぁ・・・画面のこの黄色い部分が逆流だけど、ほら、ほとんどないでしょ。大丈夫だよ。自分が執刀した患者だから少しは贔屓目に見てるけどね!」 南淵先生の診察内容はこんな感じである。聴診してもらっても、雑音はほとんど聞こえないそうである。私も聴診器を自宅に持っているので、たまに自らの心音を聞くのだが、やはりベンチマークとなる正常な音が分からないと、幾ら聞いても雑音があるのか無いのかが良く分からない。心エコーの画面は今回もデジカメの動画で記録しておいた。先生は、「ブログで流してくれてもいいよ。うまくできた実例の一つだから・・・」と言っていたので、静止画を一枚。青や赤の部分は問題ではなくて、黄色い部分が逆流の部分だそうだ。一番逆流が出ている瞬間だが、この画像でも黄色い部分はあまり多くは見られない。



いつも午前の診察だと、患者数も多いのか、また午後に執刀を控えていて緊張されているのか、外来診察でもあまり長く南淵先生と話し込むことはない。別の患者さんに迷惑をかけてもいけない。しかし、今日は午後の診察で、担当する手術も今日はないと仰っていたので、いつもより長くお話をすることができた。南淵先生からは先生が実行中の企画への協力依頼を受け、私からは、私が来年にかけて目指しているある企画の話をした。詳細は今後このブログでも紹介したいと思う。最後に南淵先生と深津さんの写真をブログ掲載用に撮影させてもらい、診察半分、企画打ち合わせが半分という内容で診察室を後にした。



会計を済ませて帰ろうとした瞬間、南淵先生が診察室から出てきて私を呼んでいる。診察室に舞い戻り、診察室に居たこれから僧帽弁の手術を受ける予定の方を紹介して頂いた。詳しい状況は分からないが、正に手術を受ける決断を行う、そういう緊張の瞬間であったのではないかと、その方の不安な気持ちを発している容姿を拝見して感じた。南淵先生がいつもの明るい冗談を交えた会話で私や仲間のことを説明し、私は(元)心臓病患者としての心境をほんの少しお伝えした。しかし、想像ではあるが、ご本人は心臓手術に対する不安一杯で、我々のそんな話は上の空で聞かれていたのではなかろうか。付き添っていらっしゃった奥様から、連絡先のメールアドレスを頂いた。手術を受けるか受けないか、その判断もあるが、まずは、信頼できる病院と医者に巡り合うというちょっとした幸運、実は、これが天から自分の所に降りてくるのに結構時間がかかる方が多い、その方はそれを既に手に入れられていると思うので、患者側としての第一段階の難問はクリアしている。不安はきっと、今が最高レベル。ということは、これ以上の不安はやってこないのだから、病気や治療についての情報や知識を得ることでその不安を徐々に解消して頂きたい。我々、(元)心臓病仲間の輪はそういうことに貢献できると思っている。

再び病院を去ろうとした時、ロビーに座っていたある女性と一瞬目が合って驚いた。なぜならば、私が入院中にお世話になった看護師のYさんのお顔にその方が良く似ていたからだ。「おやっ、もしかしてあの時の看護師さん?」と内心思ったのだが、まさかそんことはないなと思い、東京ハートセンターの出口から去って行こうと外に出た。

その瞬間、誰かが私の背後から私を呼び止めた。ロビーに居たその女性がなんと私に声をかけてきたのだ。男性として見知らぬ若い女性から声をかけられるのは嬉しいもの。「やっぱり、あの時の看護師さん??」と本気で思ったが、実は、術前に私のブログを読んで下さった方であることが直ぐに判明。確かに、胸に創がある!



初対面にも関わらず、同じ心臓手術という体験をした者同士なので、暫く話を実らせてもらったが、ここでドラマが発生。なんと、彼女は、あの東日本大震災の日、3月11日の地震発生の瞬間に、ここ東京ハートセンターで南淵先生の手術を受けていたのである。その時の詳細は南淵先生のブログ(世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ yomiDr.)の2011年3月21日の記事「震度5強の心臓手術 」に先生が書かれている。彼女は術前に参考にしてくれたこのブログの作者である私と出会い感激(?)されていたようだが、私は私で、あの震災の瞬間に心臓手術を受けていた方と偶然今日、巡り合えたという、不思議な気持ちを感じたのだ。南淵先生が講演会で言っていたが、やはり心臓手術って、その周りにドラマが渦巻いているものだと実感した。それにしても、術後一カ月強でこの創の様子だとかなりきれいな方ですね。

今度こそ、病院を後にして、帰路に着く。ちなみに、東京ハートセンターの中に薬局はないので、処方箋を持って、最寄りの薬局で薬を購入しなくてはならない。大崎駅の近くにあるゲートシティ1FのTomod'sが一番近いらしい。行ってみたが、私に処方された薬の在庫が日数分に足りなかった。足りない分は、送料を薬局が負担して宅急便で送付してくれるらしい。当月分の薬は在庫がそろっていたので、足りない分は後日送ってもらうことにして購入した。震災の影響で薬の生産に影響を与えているのかどうか分からないが、他の方に対しても、この薬は在庫が1カ月分しかありませんと言っていたので、在庫切れになることが良くあるのかと聞いてみた。通常は過去の販売実績を元に在庫計画を立てていますとのことだった。想像するに東京ハートセンターの患者が増えてきて、心臓病関係の薬の需要がそこの薬局で増えてきているのではないかと思う。そういうアドバイス(?)を担当者に伝え、また、次回3カ月後に同じ処方でここに来ると思うので用意しておいて下さいと伝えておいた。この点、大和成和病院の場合は、院内に薬局がありそのような心配はなかったので少し不便だなと感じた。

薬を購入後、採血の為に昼食を抜いていたので、大崎ゲートシティの中にあるレストランで早めの夕食をとった。これまでは、診察後はSAKURAでランチというのが定番であったが、今後はパターンを変えて大崎での食事場所を開拓しなくてはならない。どなたか、お勧めの場所ご存知だったら教えて下さいね。

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逆流があるのも個性の一つ

「術前にはレベル4の強い血液の逆流を経験していた私だが、心臓に逆流があるのも、『個性の一つ』、そう思えば、何か得意な気分になれそうです」

これは、つい最近、ふと感じた気持ちを、あるブログ読者の方にメールで送ったもの・・・

世の中には、弁膜症と気付かずに寿命を迎える人が沢山いるそうです。実際、心臓に雑音を指摘されてもそのまま何もしない人もいるし、高齢の方であれば尚のこと・・・加えて、弁膜症は、自覚症状を感じにくいとなれば、世の中には逆流のレベルの大小を問わなければ、実際には相当数の弁膜症患者がいるのかもしれない。我々の患った病気って、実はそれほど特殊な病気ではないのかもしれない。たまたま理不尽にもほんの少し若くして逆流のレベルが進んでしまった場合は、手術という職人技で弁の歪みを正してもらう必要がある。だが、弁膜症は転移したり、遺伝したりする病気ではなく、手術で機能面を正しく修復させれば、即、健常者に舞い戻ることができる。そういう意味でポジティブに考えることのできる病なのではないかと感じている。

ちなみに、心臓はガンにならないそうです。なぜなら、人体で唯一、鼓動して熱を発している臓器だから。ガンは、体の中の比較的冷たい部分に起きるそうです。だから、心臓とか脳のガンって無い訳。

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弁膜症の自覚症状 その2

弁膜症の自覚症状の詳細については過去の記事に体験を書いたが、その後感じていることを書き加えたいと思う。

私は術後になって初めて、術前に自分が抱えていた数々の自覚症状を認識することができた。自覚症状が無かったのではなくて、気付かないか、自ら気付こうとしなかっただけなのだ。

そして、今、術前の自覚症状を改めて認識することが出来るようになって、そのことが、もし将来の自分の体に異常状態が発生した時に、アラートとして敏感に察知する能力を高めてくれている気がする。

例えば、3月11日のあの東日本大震災が発生した後、数日間、私の心臓は暴れていた。心拍数が上がり、軽い動機を感じる状態。ある種の興奮状態か?それが平常時の自分の心臓の状態と異なっていたことを自ら認識できる。何かしらの心臓の異常による自覚症状を単に加齢による体の衰えと安易に思いこむのではなく、冷静に自分の体を診断できる。手術を経て、そういう能力を得たのではないかと思う。その後、桜の開花と共に、私の心臓は元の術後の健常な状態に戻った。

前回、大和成和病院での南淵先生とは違う別の先生の外来診察で、「あなたの心臓には今でも逆流があります」と説明を受けた時、更に、「術前に自覚症状を感じていましたか?」と質問を受けた。
「術前にははっきりと分かりませんでしたが、今から思えば自覚症状は沢山ありました」と説明したところ、その回答に「うんうん」とうなずかれていた。恐らく、その医者は、この患者は、将来の自覚症状を認識できる能力をもう持っているのだと、その私の回答で確認されたのではないかと思う。

もし、ドラえもんのポケットから「握手をしてスイッチ一つで自分の体と他人の体を瞬間的に交換できる機械」が目の前に出てきたならば・・・・「あの人の体ならこんなに元気なんだ!」、「体が軽いし、運動しても全然疲れない!」とか・・・実感できるのかもしれない。また、「この胸の痛みはやはり異常なんだ」「ドクっと脈が乱れる、これが不整脈なんだ」と諸症状を理解できるかもしれない。

病気を患ったからこそ、自分の体調の変化を敏感に感じることができる訳で、これも心臓病のメリットの一つと、少し強引だけど思いたい。

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ちょっと連絡まで

緑の旅人さん、

深津さんが連絡とりたいそうです。もしこれ読んだら連絡してみてください。

業務連絡でした・・・

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プロフィール & メール

カムバックハート


Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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