座談会のこと、南淵先生と深津さんのこと、そして、打ち上げ

「誰にでも経験できる訳ではない心臓手術の経験談を、他の患者さんの為に生かしたい」という声を、多くの(元)心臓病仲間の方々から聞いてきた。手術体験を綴ったブログやホームページが近年相次いで開設され、その数が増えている。

私が、かねて、南淵先生から依頼を受けたある企画。それも、そうした心臓手術の体験をこれから治療を受ける患者さんや医療関係者に役立ててもらうためのものだ。

昨日、その企画の一つのテーマである(元)心臓病患者による座談会が開催された。

場所は、大崎の東京ハートセンター。集まったのは、南淵先生の執刀で僧帽弁形成術を受けた南淵チルドレン5人。遠藤さん(仮名)、Tさん、若田部さん(仮名)、三つ葉葵さんと私。大崎ゲートシティで待ち合わせて、ランチを共にしてから、全員一緒に会場に向かう。

通常、患者は立ち入ることができない東京ハートセンターの最上階にある応接室に案内された。小ぶりな部屋に丸いテーブルと椅子が置かれている。窓の外は、グリーンテラスだ。プロカメラマンの方がスタンバイされている。深津さんも外来の時と同じいつもの笑顔で我々を迎えてくれた。

南淵先生と我々南淵チルドレンの座談会。詳細内容については、後日、発表可能な形になればお知らせできると思う。

座談会の内容とは異なるが、いつか書こうと思っていたブログネタがある。昨日の座談会でも、そのことを感じさせる出来事があったので紹介しよう。

それは、南淵先生と深津さんお二人のこと。いつから一緒にお仕事をされているのかは知らない。心臓外科医と手術室看護師(& コーディネーター)という病院内での間柄。このお二人が、お互いにベストパートナーであることは、患者の誰もが理解していることだ。

南淵先生はよく、外来診察の患者の前で、「アレを持ってきて!」「アレはどこにある?」「コレをやっといて!」という調子で、深津さんに指示を出されている。時にはその指示代名詞さえ無い場合もある。昨日の座談会でも、南淵先生が討論されている最中に、部屋のエアコンの設定温度を変える指示を深津さんに指先だけで出されたのだ。一度は、温度を上げる指示。次の時は、逆に下げる指示だった。瞬きすると見落とすような出来事。だが、先生の意思通りに調整をされた深津さん。一瞬の出来事だったが、その場にいた南淵チルドレンは皆なそのことを見て関心していたのを後で知った。

「アレ」「コレ」「ソレ」が、何を示しているのか? 先生と深津さんの間では意味が100%通じているのは確かだ。

きっと、手術室の中でも、同じような調子で手術が進められているのだろう。希望する患者に配られる手術DVDに音声は録音されていないが、術者とその周りのスタッフの全く無駄のない手の動きの映像を見ていると、周りの人間が状況の一歩先を把握して、言葉で指示を受ける前に実際に動いていることが見て取れる。

実は、私にも経験がある。かつて、気の合った舌足らずの会社の上司からの仕事の指示がそうだった。「アレやっといて!」「あの件、よろしく」「アレ、もう終わった?」・・・深津さんと同じように、私にもその時の上司の指示は100%理解できていたし、言われる前に、何をやるべきか先回りが出来ていたと思う。

以心伝心、阿吽の呼吸での行動と言ったことなのだろうか。

次回は、「南淵先生と深津さんのお仕事の進め方」をテーマに、南淵チルドレン主催による座談会を企画したいと思った。

座談会終了後、南淵チルドレンが向かったのは、先日の外来診察後に行った生ビールの美味しいお店。一仕事終えた後の充実感を感じながら、乾杯! 比較的若い世代で心臓手術を受けた我々であるが、その手術時の年齢は20代、30代、40代と幅がある。住んでいるところも、就いている仕事も違う。ただ、南淵先生の僧帽弁形成術を受けたという共通項があるだけ。心臓病になっていなければ、お互いに知り合っていなかったであろう仲間達。不思議な縁をまた改めて感じた。





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心臓手術後の心境 その2

心臓手術後の(元)患者の心境について、最近思うことを書いてみたいと思う。

心臓手術を受けた時のこと。人工心肺に乗せられて、心拍数がゼロとなり、心臓の鼓動が停止。血液中の二酸化炭素と酸素の入れ替えと血流を保つことが人工的に行われるその間に、外科医による手術手技を施されて、無事に生還。その時、第一の人生が終わって、第二の人生が始まったのだとこれまでずっと思っていた。事実、そういう風に過去の記事にも書いた。

(元)心臓病仲間の間では、今月は誰々さんの第二の誕生日だ、という情報が交換され、「♪Happy Birthday to Your Heart♪」メールが飛んでいる。私も送るし、毎年私に送ってくれる仲間もいる。「手術日」=「第二の人生の誕生日」は、(元)患者にとっては忘れることのない貴重な記念日なのだ。

術後2年を過ぎた辺りから感じ始めたのは、第一の人生は、当たり前だが、これまで通り普通に続いているのだということ。それは、手術の前後は患者に対する接し方は違っていたとしても、時が経てば、家族や友人、職場の先輩や同僚が、我々患者側が思っているほど実は変わっていない、というか、結局のところ全く変わっていなかったことから悟られる。

そして、我々には、第二の人生がそれと並行して、心臓手術を受けた瞬間から新たに始まったのだ。その二つの人生は交わることも交差することもなく、常に並行して走っている。

第二の人生においては、不羈奔放 (ふきほんぽう)な行動を無意識に取ることができ、また、理性より情動が優先されやすくなるような気がする。そして、左脳よりも右脳が活発に活動している。

我々心臓手術体験者は、その特権として、これら二つの人生の間を、好きな時に好きな方に自由に移動できるのだ。少しずるいのかもしれないが・・・

非常に抽象的な表現なので、理解してもらえないかもしれない。でも、もしかしたら、共感してもらえる方がいるかもしれない。

一人の人間の人生において、「幸運」と「不運」の量は、最終的に同じだと言われている。心臓病になったこと、そして、心臓手術を受けたことは、果たして、「不運」だったのか? それとも「幸運」だったのか?

客観的に判断するならば、「不運」と想像されるが、心臓手術体験者の皆さんは実際のところはどう感じているのだろうか?

私個人的には、決して「不運」と言い切ることができない心境だ。それは、第一の人生と共に、第二の人生をも歩む機会を得ることができたからだ。

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この記事を読まれた、たかしげさんからご感想を頂きました。非常に抽象的で、経験未熟な私が意味も分からず直感で書いた心境に対して、たかしげさんご自身の経験豊かなお気持ちを綴って頂き感激です。ありがとうございます。

たかしげさんのご感想を読まれる方はこちらへ・・・

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術後十三回目の外来と(元)心臓病仲間の輪

術後、恒例の外来検査&診察は3ヶ月毎に続けている。一年に4回のペースで今後も回数を積み重ねることになると、あと40年生きることができれば、その時には、術後百七十三回目の外来診察というタイトルの記事を書いていることになる。

梅雨明けした真夏の快晴の空の下、東京都品川区の大崎病院東京ハートセンターへ向かう。こんな良い天気であれば、外来をサボって海にでも泳ぎに行きたくなるのが普通の心境。だけど、前回の外来がそうであったように、今回もまた新たな出会いやドラマが起こることを期待しつつ、青い海と白い砂浜のビーチを鑑賞に行くのと同等の楽しみを持って病院のドアをくぐる。

いつもの検査、いつもと同じ診察、いつもと同じ処方。だけど、今回は時間がとても早かった。受付してから会計終了まで2時間かかっていない。最短記録だ。心エコーも検査機器と検察室が増えていたので待ち時間が少なかった。そう、検査で一番混むのが、心エコーなのだ。一人15~20分かかるので、採血やレントゲン撮影に比べるとどうしてもそこで検査の流れが停滞してしまう。弁膜症患者の検査には必須の心エコーの数を増やしたら良いのにといつも思っていたので、これで効率改善されると思う。

いつもはエコーの画像をアップしているので、今日はレントゲン。心臓の肥大はないみたい。当たり前だが、胸骨につけてあるステンレスのワイヤーが白く写っている。従来のフィルムを蛍光灯にかざして見るのではなくて、ノイズのないデジタル画像がパソコン画面に投影されるのを南淵先生と一緒に眺める。そして、心エコーの検査結果のプリントアウトと血液検査の数値結果のコピーを頂く。これらは、毎回、家でちゃんとファイルに保管してある。





さて、あっさりと終わってしまった今回の外来。これではブログネタにならないではないか! いや、そこは、しっかり手を打ってある・・・実は外来の後に、大崎駅付近でマダムアリスさん率いる女子部のメンバーと生ビールで乾杯することをあらかじめ計画していたのだ。今日のメンバーは、男子部を代表して、たけしさんと私。女子部側は、部長のマダムアリスさん、Iさんと三つ葉葵さんの定番仲間。そして・・・

6/26に開催した第三回(元)心臓病仲間の集まりから、もう2週間が経った。準備している時は、それなりにまだかなまだかなとワクワクしていたが、直前には少し慌ただしくなったり、でも、終わってしまえばあっけなく、満足感だけが残り・・・なので、(元)心臓病仲間の集まりは継続が大事だと思いを一層強くしたり・・・そんな先日の集まりには、残念ながら都合が合わず、行きたくてもどうしても行けませんという方が何人かいた。

昨年12月に僧帽弁形成術を受けたばかりのロビンさん、彼女もその中のお一人だ。そして、月曜がお仕事がお休みだということを思い出し、私の外来が終わった後の小集まりに来ませんかと声をかけてみた。場所や時間などの細かいことは、女子部内で調整してもらおうと、アリスさんにロビンさんとのコンタクトを託す。いつもながら、頼りになるアリスお姉さまには女子部取りまとめを助けてもらっています。ロビンさんから、「アリスさんって、なんてハートフルな方♪」とメールが届く。実際の出会いの日への期待が増大した模様。

ということで、ロビンさんも入れて、6人での小規模版(元)心臓病仲間の集まりを開催!盛り上がった泡の生ビールで乾杯!



ビールの泡以上に、我々の話も盛り上がる。最初、お店に居たのは我々のグループだけだったのが、夕方、気が付けば、満席状態。サマータイム実施の影響で、近場のオフィスのサラリーマン達が飲みにやってきているようだ。そんな状況にも気付かないくらいに我々はお互いの話に夢中になっている。いつものことだ。不思議ではない。初対面のロビンさんも、当然のごとく、まるで昔からの友人かの如きに輪の中へ・・・そして、彼女も言っていた。「第二の人生を始めたら、怖いものは何もない。新しい人生だ」と。これは、私が術後感じたのと全く同じ心境だ。



外来検査明けで油断したせいか、少し生ビールを飲みすぎた。酔ってしまった。いつもなら、必ず当日中にアップするブログ記事の執筆も翌日に断念。その分、楽しかったひと時をゆっくり想起しながら臨場感ある報告を書けたと思う。

さて、次回の集まりは、いつどこで・・・?



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プロフィール & メール

カムバックハート


Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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