健康診断と弁膜症の発覚について

皆さんはどういうきっかけでご自分が弁膜症だと判明したのでしょうか?

定期的な健康診断で突然に、「あなたはいつから心臓病ですか?」「心臓に雑音があるので、一度専門の病院で診てもらって下さい」と言われたという方が、私の周りの仲間に少なくない。しかも、毎年定期的に健康診断を受けていたにも関わらず、ある時、突然に・・・

そう言われた患者の心境はきっとこうだろう。「どうして毎年健康診断を受けているのに、手術適応になるような状態になるまで教えてくれなかったんだろう?」

前の年の健康診断でちゃんと聴診してもらって本当に問題がなくても、その後、一年未満の短期の間に弁膜症が突然発症して状況が進行するということも感染症心内膜炎などではひょっとしたらあるのかもしれない。

若しくは、心雑音は認めるがまだ手術適応のレベルではないので、「患者を不安な気持ちにさせるのは可愛そうだ、時が来るまで知らずに生活させてあげよう」という内科医の親切心なのかもしれない。

「まだあと一年くらい大丈夫そうだから、手術適応の文言を言い渡すのは俺じゃなくて、来年の健康診断で担当する別の医者に任せよう」という人の無意識の行動もあるのかもしれない。

手術直前であろうが、早期の段階であろうが、医者から心雑音の指摘を受けることによって激しい不安を感じるのは誰しも当然だと思う。心雑音指摘から手術まで10年以上の歳月がかかった私自身がそうであったから。

早期に弁膜症の指摘を受けた場合は、不安を感じるのと同時に、その後、無茶な生活を慎み、結果的に病気の進行を抑えたり、他の合併症の発症を防ぐことができるかもしれない。また、病気に対する知識を得ることができて、将来やって来るかもしれない手術の日に向けての心構えが少しはできるかもしれない。

健康診断は、そもそも全ての病気を見つけ出すことができるものではない。検査自体が、人体のある一面を非常にアバウトな画像や数値で表現しているだけだし、健康診断という流れ作業の中で、画像や数値が他の人と比べて特異であった際にはじめて指摘がなされるのだから。もっとも、真剣に聴診してもらえば心雑音は間違いなく発見できるらしいのだが・・・

診察室で椅子に座った健康診断受診者の顔を一回も見ずに、反対方向を向いたパソコンの画面とただ向かいあってデータ入力しているだけのような健康診断の医者には無理かもしれない。

従来は、弁の機能が悪くなってもダメになるギリギリまでそのまま経過観察し、時期を見て弁置換という方法が主流だったそうだ。最近は、特に僧帽弁の場合、逆流のレベルが比較的低い段階で早期に弁形成術で治療する方向にあるようだ。

逆流のレベルが進行して知らない間に治療もできないくらい手遅れになるというような事態だけは避けたいものだ。

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心臓手術と自分自身の変化

先日の考心会で講演された佐々木閑先生の「日々是修行 -現代人のための仏教100話-」という著書を読んでみた。

佐々木先生の講演を聞くまで、私は宗教や仏教とはなんぞやということを全く理解も想像もできていなかった。

たまたま、私が通った高校はプロテスタント系キリスト教を基本に据えた学校であった。校則は無いに等しく極めて自由な校風で、海外からの帰国子女が全校生徒の3分の2を占めるような特殊な学校であった。毎朝、礼拝堂で礼拝の時間があった。聖書を読んだり、牧師さんの説教を聞いたりした。3年間毎朝礼拝に出席し、週に一回、聖書という教科が時間割に盛り込まれていたが、残念ながら、そのことから自分の生き方に影響を与える何かを得たという認識はない。

日本の一般の学校教育において宗教教育は為されない。日本の若者は、通常、宗教というものに対する免疫を持たない真っ白な状態で成長し世の中に送り出される。私自身もそうであった。そうした人間が知らぬ間に特殊な宗教団体に洗礼されて危険な目に合うことがあるそうだ。大事なのは、自らは宗教教育を受けていないという自覚を持つことであり、それが、宗教を客観的に見る目を養うと、佐々木先生は書いている。

今の私には、苦しみや不安をなくしたり軽減させるためのよりどころとするべき新たな方法は必要ないと感じている。それは、心臓手術を経験したことによって、自分自身が変わり、死や病気といった苦悩に立ち向かえる気概が術前に比べると少しは備わったからだと想像する。

仏教の、悟りを得る、ということほどのものでは当然ないと思うが、心臓手術というイベントを乗り越えることによって、それまでの自分自身とは違ったモノの見方や考え方が自然と行えるようになったのは事実だ。

仏教で、悟りを得るには、修行というトレーニングが必要だそうだ。我々は理不尽にも心臓病と宣告された。病気を理解し、手術を受けるに至るまでに病院や医者を探し選択し、そして、入院~手術~退院、リハビリ、そして社会復帰するプロセスを経てきた。こうしたプロセスを着実に自らの力で乗り越えるということは、仏教で言うところの修行とひょっとしたら何か共通する意味合いがあったのかもしれないなあと、佐々木先生の本を拝読して思った次第である。

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(元)心臓病アンケート: 弁膜症と血液型の関係?

弁膜症になりやすい血液型って、あるのだろうか?

先日の外来の後、集まった弁膜症手術体験者7人のうち、私を含めてなんと6人がO型。その他にも「私もO型です」という(元)心臓病仲間が何人かいる。血液型と性格、それと、病気との因果関係があるのかどうか? 別に深く研究しようという訳ではないのだが、何故か周りにO型の弁膜症経験者が多かったのが不思議だったので記事にしてみた。

良かったら、皆さんの血液型をコメントでお知らせ頂けたらと思います。

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考心会創立15周年記念講演会

術後、年2回の定期的な楽しみは考心会の講演会である。今回が4回目の参加であったが、この考心会(心臓手術後の生活を考える会)は創立15周年を迎えると知った。世の中には他の心臓病患者の会も存在するだろうし、別の病気の患者の会というのも多数存在するだろう。だけど、何かのきっかけを持って自らがその会に参加しない限り、それらの会の存在や活動を意識することはまず無いと思う。考心会は、大和成和病院と東京ハートセンター以外の病院で心臓手術を受けられた方の入会も受け付けているので、興味のある方は直接考心会事務局にコンタクトされることをお勧めする。私がなぜお勧めするかというと・・・

今回の講演会に集まった参加者は297名。私の自慢の(元)心臓病仲間達も数名、いつものように顔を合わせる。

講演は、まず南淵先生による「15周年によせて」の簡単なお話。目玉は、前回のドイツ語での見事な歌声のご披露に続いて、今回はイタリア語での美しい歌声を再び拝聴できたこと。先生、発声がいいなぁ・・・

次に、相模原協同病院心臓血管外科部長の藤崎浩行先生の「心臓手術後の生活について」のお話。藤崎先生は、以前、大和成和病院で働かれていた。先日、ICU看護師のIさんが、「あの先生(藤崎先生)が手術したら、患者さんは死なないんだぁ・・・と思った」と言っていたのが強く印象に残っていた。

「大動脈解離」は、生命を保つのに最も重要な体の芯を流れる太い血管が突然何の前触れもなく裂けだす病気。痛烈な痛みを伴い、幾層かになった血管の最後の膜がかろうじて裂けるのをこらえるのだそうだ。発症したら救急車で病院に運ばれ緊急手術。大動脈を人工血管に置き換えるとても大きな手術が必要となる。個人的にはかかりたくない病気の上位ランクだ。そうした大血管や動脈瘤の手術を得意とされている先生という事前知識を持っていた。

内容は、優等生患者と不良の患者の話、内科医は患者に説教するが、外科医は手術という最終兵器を持っているので内科医とは患者に対するアプローチが少し違いますよ、また、病気とちゃんと向かい合っている患者が強い、というような日頃の外来現場の様子を医者の視点から語られていた。

オーストラリアでは、自分が服薬している薬の種類とそれを何のために飲んでいるのか、ほぼ100%の患者が知っているそうだ。日本の場合、医者が処方した薬の名前と量、その服薬目的を聞かれてすぐに答えられる人は少ないそうだ。最近は薬の説明書が薬局でプリントアウトして配られるので内容把握も容易だが、それでも、飲んでいる薬がワーファリンなのかバッファリンなのか区別できない心臓病患者も多いらしい。

「薬は基本的に毒」だから、使い方を間違えると体に害を与える。また、健康の為には、普段から体を動かすことが大事。ただ単純にリハビリや予防を目的としての運動は長続きしないが、体を動かすことを人生の楽しみの一つにすることができれば長続きする。そのことが、筋力の衰えを抑えたり、術後の回復を早める効果がある。

人間の体には取り替え可能な部品はそんなに多くはない。脳は当然交換不可。でも、心臓の弁や大動脈血管は人工弁や人工血管でも問題ない。そういう意味で心臓はポジティブな治療が可能な完治させやすい臓器とのこと。

藤崎先生の持ち時間もあっという間に終わってしまった。

テレビで見る医療健康番組は私にとってはつまらないが、医者の生の話を聴くことは興味がつきない。

次に、記念講演。花園大学文学部国際神学科教授の佐々木閑(しずか)先生による「ブッダの教えで生きるということ」。これまでの考心会の講演は医療関係のものばかりであったが、今回は仏教のお話。これがたまらなく素晴らしかった。

人間の脳は、過去の事例や習慣を参考にして将来起こることを予測することができる。誰しも、人の人生に死が訪れることを認識している。つまり、人は死の上に立って生きている。死や病気は、各個人の人生の重荷や苦しみとなる。苦しみで押しつぶされそうになる。だけど、それらを取り除くことは不可能。なので、人は忘れるという技を使って、その苦しみから逃れようとする防衛本能を無意識に使っているが、全てを忘れ去ることはできない。

自分の心を変える努力をすることで、そうした苦しみを受け入れることができるようになる。その為にはトレーニングが必要。宗教とは、その人の人生を変えたり支えたりして死や病気といった苦しみを取り除くもの。お釈迦様は2500年前のインドで仏教を作った。当時既に存在したカースト制を不合理と考え、それに対して人は平等、あらかじめ人生というものは決めつけられているものではなく、原因と結果の上に成り立つもの。「仏教は心の病院である」と佐々木先生は仰っていた。

できたら佐々木先生の大学の講義を聴きに行きたいと思った程、印象深い講演の一つであった。

大学時代の私は、如何に授業に出席せずに単位を取得するかだけを考えていて、勉強熱心な学生ではなかったかもしれない。またいつの日か改めてキャンパスに戻って、今度は興味のある勉強を思う存分やってみたいものだと感じた。

考心会の講演の模様は、考心会のホームページの講演会のコーナーで読むことができる。今回の講演の内容も後日アップされると思うのでお楽しみに。

さて、今回の考心会は、まだ終わらない・・・

休憩を挟んで、アルパ奏者の上松(あげまつ)美香さんのコンサートが1時間続く。アルパは南米パラグアイの楽器。ハープと同類のもの。ラテンアメリカ好きの私はアルパという楽器は昔から知っていたが、その生の音を聴いたのは初めて。アルパには楽譜が無いらしい。師匠の演奏を見て聞いて、体で弾き方を覚えるのだそうだ。ギター奏者の藤間仁さんも共演。お二人のラテン民族衣装がお似合い。曲の間にチラッと仰ったのだが、お二人はご夫婦とのこと。う~ん、その発言を残念に思った(元)心臓病患者ファンは多いはず!

素晴らしい音楽を演奏して下さった上松美香さんと藤間仁さん



考心会発行の書籍「心臓病との闘い2 再発にそなえて」と、南淵先生の最新著書「異端のメス」が本日の参加者全員に授与された。まだ全部読んでいないが、「心臓病との闘い2 再発にそなえて」は、心臓手術を経験した方にはバイブルと言っても良い書籍かもしれない。機能修復すれば健常な心臓に戻すことができる。再発についての意識を継続するが故に、その後の人生は気丈であり、結果的に天寿を全うすることもできるのだと再認識させられた。本の中に書かれた南淵先生の文章もYomi Dr.に書かれていた症例のお話からはじまり、最近感じられているのであろう「魂」のお話にも感激を受けてしまった。心臓病経験者を鼓舞する多くの言葉が盛り込まれたお勧めの一冊だ。お求めは考心会事務局へどうぞ。

今日は、「心」への刺激を沢山受けた充実的な一日であった。

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その後のことをもう少し追加・・・

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奇跡は続く 僧帽弁閉鎖不全症のはなし PART2

南淵先生監修の小冊子「奇跡は続く」の第4弾が発行された。三つ葉葵さんのエッセーが掲載された「僧帽弁閉鎖不全症のはなし PART1」に引き続いて、今回は「僧帽弁精査不全症のはなし PART2」である。

この「奇跡は続く」シリーズは、「大動脈弁狭窄症のはなし」、「心臓機械弁のはなし」、「僧帽弁閉鎖不全症のはなし」へと続いている。僧帽弁形成術のテーマ内容は豊富ということで、2部構成になった模様だ。

今回の目玉は、「働く世代の僧帽弁手術」という、南淵先生と僧帽弁形成術を受けた(元)患者4人による座談会である。出演メンバーはもちろん、私の自慢の(元)患者仲間と私自身。弁形成術を受けた働き盛りの男性4人の生の体験談だ。病気を乗り越えるために手術を受けることになった経緯、治療にあたっての勤務先の対応や、復職までの過程、復職後の会社側の対応など、これまでなかなかフランクに紹介されることのなかったテーマだそうだ。

綺麗な写真と共に、座談会当日のその場の雰囲気を蘇らせるような巧みな文章で其々の参加者の言葉が4頁も紙面を割いて表現されている。座談会以外にも、東京ハートセンター副院長の細川先生による弁膜症患者に対しての治療に前向きに臨んでもらいたいという内容の記事や、南淵先生の僧帽弁形成術に対してのエッセーが書かれている。

自らが参加した座談会の様子がこうした印刷物となって手元にあるというのは、なかなかの感動である。弁膜症患者の方には、これまでの「奇跡は続く」シリーズ同様に、きっと参考にある読み応えのある一冊だと思う。

入手については、東京ハートセンター外来か、コーディネーターの深津さんにコンタクト頂ければ手に入ると思います。





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プロフィール & メール

Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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