第五回(元)心臓病仲間の集まり開催案内

春と秋の年二回開催すると宣言していますので、今年二回目の第五回(元)心臓病仲間の集まりを開催したいと思います。

◆日時: 11月4日(日) 13時~17時
◆場所: 神奈川県横浜市元町付近(港の見える丘公園近く)
◆参加人数: 20名限定
◆参加資格: 心臓病経験者(術前、術後、かかっている病院を問わず)及び、心臓病の医療関係者
◆会費: 会場代と飲み物代を最後に割り勘(千五百~二千円くらい)

今回の開催場所は、畳の貸切和室になります。窓から素晴らしい紅葉を楽しめる予定です。尚、靴を脱いで床に座る形になる点につきましてご了解下さい。

場所の都合(消防法)により、会場に20名以上入ることができません。参加ご希望の方は、カムバックハートこと鍋島まで必ずメールをお送り下さい(初めての方は簡単なプロフィールもお願いします。)。先着順にて参加受付させて頂きます。出席者のみに配布する参加者名簿を今回も事前作成したいと思いますので、後ほど簡単なプロフィールの記載をお願いいたします。

集まりの内容は、ただ集まってワイワイとお茶を飲みながら心臓についておしゃべりするだけです。特にイベント的なものも予定していません。各自が自由に楽しんで頂ければと思っています。リピーターの方に限らず初めて参加して頂ける方も大歓迎です。特に術前の方は参考になる経験談を沢山聞くことができると思います。

これまでに開催した集まりの様子はこちらの記事をご覧頂ければ雰囲気など感じてもらうことができると思います。

皆様のご参加をお待ちしております。

カムバックハート

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術後十八回目の外来

金曜日午後の外来は超ハイスピードだった。受付したのが午後1時前で、血液検査、心電図、心エコーの検査と南淵先生の診察、それから会計を終えて、病院のロビーを出たのが午後2時40分頃。当然、当日の検査の結果を診察の場で教えてもらうことはこの病院では常識。血液検査結果(今回もほぼオールA)と心エコー検査結果の詳細のプリントアウトをもらう。



術前の方は、病院や医者から沢山の情報を得て不安を少しでも減らしたいと思っているから、そんなスピード対応だと逆に不安になるかもしれない。

一方、術後患者にとっては定期検査なら素早くすませたい。検査時間やその待ち時間は短い方が良い。会計の前のソファーで自分の名前が呼ばれるのをボケーと待つだけの時間も省きたい。南淵先生や深津さんの笑顔が見れて、「問題なし」と言ってもらえれば診察はそれで良いのだ。

同じ外来日だった三つ葉葵さんのもうすぐ術後2年という創あと写真。



「胸骨正中切開すると創が酷くなる、女性には大ショック!」なんていう風に世の中ではよく思われているようだ。最近はMICSという小さな切開で手術を行う手法もあるようだ。それはそれで結構である。行えうる最高の治療によって心臓を正しく治してもらうという第一の目的を達成できるのであればだが。

それぞれの体質によるが、三つ葉葵さんのように胸骨正中切開でもこんなにきれいな創に仕上がることも多い。ちなみに彼女は花粉症もあるアレルギー体質だ。

過去の記事で何度か、術後に皮膚科に行くことをお勧めした。リザベンというケロイドを抑える効果のある薬の服用を暫く行うのは効果があるようだ。もっとも、薬という人工物に頼る以前に、栄養を偏らせず、適度な運動をして、規則正しい健康的な生活をすることが体の為であり愛しい心臓の為であり、創と言う一度は傷付けられた皮膚と脂肪の回復・再生には一番大切なことだと思う。

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たかしげさんからの投稿 「小さな折り鶴」

たかしげさんの心臓手術の入院中とその後の出来事を綴った文章を頂きました。心臓手術という一大イベントを経験するにあたっては、この文章に書かれているような、ふっと流れて忘れてしまいそうな出来事にも敏感に感じることができるようになるのでしょう。その結果、そうしたことが患者や家族の大切な記憶となって心に残るのかもしれません。

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(撮影;たかしげさん)

再度の心臓手術を宣告され話す言葉は力なく,荒く吐く息で家内に付き添われて病院のベッドにやっと身体を横たえた。隣のベッドには初老の男性が横になっていて挨拶したが病人特有のひげが伸びているので歳は分からない。力なく応えてくれた。 

患者さんは東さんと云う方だった。日曜日になるとお孫さん達を連れてご家族がお見舞いに来られ賑やかだった。微笑ましい雰囲気に不安で落ち着かない心が癒された。

帰り際に小学4年くらいの女の子が見知らないお爺さん(私)に仰ぎ見るようにしてかわいい手の掌に小さな空色の折り鶴をのせて「オジさんこれ、早く好くなってください」とプレゼントしてくれた。うちの孫は高校生だ。優しい言葉はかけてくれるがこの雰囲気にはなじめない齢(とし)となっている。

帰りに東さんの奥さんが挨拶された。病床にある主人は癌を患っていて余命わずかと告げられているらしい。折り鶴のお礼を云って別れた。

13時間余の手術が終わり成功してICUから部屋を替えて個室に戻った。
折り鶴はどこ?と娘に聞いた。ポンプヘッド後遺症も無く折り鶴を覚えていたのだ。
娘は小指の先のような折り鶴を抽斗(ひきだし)からだして見せてくれた。 
あの子からのプレゼントの折り鶴が手術成功を運んできてくれたのかもしれない。一瞬胸にこみ上げてきた。喜怒哀楽の情が失せ始めた爺には珍しい感動だった。

順調に回復している頃、東さん家族とお会いした。
「退院おめでとうございます」とお祝いを述べた途端「最後は家で家族に囲まれて終わらせたいから・・・65才です」と 奥さんの口から洩れるように聞こえた。折り鶴のお礼もして後ろ姿を見送った。

病院内の患者間のひと時の交流と受け止めて一年が過ぎ去った。

ぺ―スメーカでバージョンアップした心臓を抱えながらも暑さの猛威にもへこたれることなく過していた。突然チャイムとともに映った見知らぬ女性に「あずまです」の言葉に一気に入院生活の記憶が甦って来た。手には見たことがある“配食時付いてくる注意書きの紙片が握られていた。互いに交換したアドレスメモを思い出した。遠く金沢区から訪ねてくれたのだ。私の健康を喜んでいただいたが反面、ご退院後間もなくかわいい鶴を折ってくれたお孫さんたちが涙ながらに手を握り黄泉のくにへ旅立たれたと話された。

癌の執拗な脅威に比べ多くの人工物を埋め込まれても健常者並みに暮らせる有難さに感謝している。

    「たかしげ」      2012-9-24
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越後人さんの回顧録 Part 7

越後人さんの回顧録 「その31」です。これで回顧録は完成かな?
病と闘うモチベーションって、果たして何なのか??ちょっと考えさせられました。

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◆回顧 その31 サンクチュアリ

6月下旬から綴り始めた『回顧』。
私には生まれた瞬間から間違いなく100%の事が存在し、待ち受けている。
それは『死』という寿命である。
普段の生活でこれを意識することはまずもってないが、私は意識せざるを得なかった。
心臓病という病を背負い、それとどう向き合い、闘うか。
そして、私には大切な妻、娘がいる。
この『家族』を残して死んでられない。
これがこの病と闘う最大の『モチベーション』であった。

やはり、
私にとっての優先すべきものは『家族・妻・娘』である。
生きていく上で最も重要な存在、大切な聖域である。これを守る事が私の務めであり義務である。

妻・娘にはたくさんの心配をかけた。
元気になった今、妻や家族の為に力強い夫、父としての姿を見せたい。

『胸の傷をみるたびにそう思う』

おわり…。

あとがき~~
長々とお付き合いの程、大変ありがとうございました。
この病により、
沢山の方々と出会えた事は私の宝物です。

また、ご家族の中で大変なご病気を患った時、病院や医師の選択を熟考してください。
それが本人、家族が納得のいく治療を受ける一歩目だと思います。
私の体験談を参考にしていただけたら幸いです。

最後に一言…

『命の商取引。遠慮なんかしてられません』

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「治せない心臓はない」 磯村正 著

先日、フラっっと見学に行った葉山ハートセンター、心臓外科センター長の磯村正先生の初の著書「治せない心臓はない」を読んでみた。磯村先生は、バイパス、弁膜症などのほか、拡張型心筋症に対する手術の実績症例数が多い日本を代表する心臓外科医だ。

本の内容であるが、バイパス、弁膜症、大動脈、バチスタ、セイブ手術など、心臓病についての解説を具体例を盛り込みながら丁寧に説明してある。心臓病についてある程度の知識を既に有する我々(元)心臓病患者にとっては容易に理解できる分かりやすい解説だ。

それ以外にも、磯村先生個人の心臓外科医としての普段の生活が沢山語られているのは興味深かった。と同時に、心臓外科医って、普段何時頃起きて、病院ではどういう手順で手術室に入るのか、手術や外来以外の時間は一体何をされているのか、そんな興味が密かにあった訳だが、この本を読んで磯村先生のそうした面を知ることができて面白かった。そして、同時に東京ハートセンターの南淵先生だとどうなのかなと、つい比較してしまうのだ。

1019.jpg

折に触れて心臓病関連書籍を手にとり読み終えると感じることがある。心臓手術を受けた過去の体験記憶が新たにリフレッシュされて、それが元気の源となるような気がするのだ。集まりで仲間の皆さんと会った時もそう感じる。外来で南淵先生に会った日もそうである。やはり私は、「心臓」に関することに関わっていると元気になるようだ。

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人の心の変化  その2

9月1日のこのブログ記事でご紹介した東京新聞掲載の池田省三さんの「ステージ4 がんと生きる」の続編。

前回のエッセーで、「「人間は致死率100%の存在なのだ」と受容した。すると、時の流れが穏やかになり、それと同時に気分がゆったりとして、穏やかになれた」という池田省三さんのお気持ちが伝えられていた。それに対して、末期がんを告知された別の方が同じような体験をするのかどうか、池田さん自身も強い関心を持っておられたようだ。

その池田さんの手元に新聞記事を読まれて同感された方からお手紙が多数届いたとのこと。その紹介記事が2012年9月8日付け東京新聞朝刊に続編として発表されているので改めてご紹介したい。

「私も死を意識して、見つめ直したのは自分の人生」「死はすなわち、生を振り返ることなのかもしれない」「見える風景が変わり、光を感じた」と池田さんは思い感じられた。

池田さんに届いたお手紙の中には、「時が穏やかに・・・とても一日が長く感じると主人が言い出した」、「自分自身がとても穏やかでいられる。それが不思議だとも申しておりました」と、池田さんと同じ感覚を得られた方のお話があったり、亡くなられるひと月半前に上高地にご夫婦で出かけられた方の場合、「何だかこのあたりのものが、すごくキラキラとみえるんだ。日の光で光っているんじゃないんだけど」「今、自然のものが全て美しく見える。不思議だ」と言い出されたとのこと。 「前向きにすべてを受け入れて生きています」「がんと共生して行くことへの勇気をいただきました」という方もいらっしゃる。

ここからは、私の考察。

がんと心臓病では、患者の心境は大きく異なると私は思っている。心臓病は前にも書いたが、多くの場合、適切な時期に適切な治療を行えば健常者として平均寿命をまっとうすることができる病気だからだ。病気を受け入れて、前向きに生きていくことがより容易な病気なのかもしれない。我々の(元)心臓病仲間の皆さんから、「時の流れが穏やかにゆっくりとなったのを感じた」というコメントは聞かれなかった。それは、心臓病が心臓という人の生命の源に関わるとても大きな病気であるにも関わらず、流れている時の先に対して希望を持つことが比較的容易であり、危機の状況でも自身が死を本当に意識することは少ないことからくる当然の結果だったのだろうか。弁膜症で心臓手術適応を指摘されたが自覚症状がないような方には特に当てはまるのだろう。だからといって、心臓病を甘く考えてよい病気では決してない。心筋梗塞や急性大動脈解離で強烈な胸の痛みに襲われ救急車で病院に担ぎ込まれ緊急手術に至る方もいる。また何度も再手術を受けられる方もいる。そこから生還された方は一度や二度、死をより身近に経験されていることと思う。

「心臓手術を受けたら、目に見える世界が異なってみえる」「人の顔が違ってみえる」「豚の生体弁を入れると聞いていたから、手術中、ブタさんの夢を見た!」「術後、自分の生体弁は牛の心幕のものだと聞いた時から、ブタさんの夢は見なくなった!」、とは、マダムアリスさんの3度目の心臓手術時の体験である。

心臓手術を受けると、体に色々な変化が起こるのは確かだ。何が起こるのかは人によって異なるが、心臓手術経験者同士でそれを語り合うのも楽しいものだ。「(元)心臓病仲間の集まりで、同病の方同士が寄り添わないといけないくらい心臓手術を受けて生きていくということは辛いことですか?」と先日、質問を受けた。そんなことはない。(元)心臓病仲間が交流を持つのは、貴重な体験をお互いに自慢したり、不思議と気が合うのがどこか居心地が良いから集まっているのだと思う。

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越後人さんの回顧録 Part 6

越後人さんの回顧録 「その26~30」です。

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◆回顧 その26

過去に幾度の入院や手術を経験した。
①左膝前十字靭帯断裂による再建手術
(昭和63年8月、平成5年6月、9月)
②右アキレス腱断裂→手術(平成14年5月、9月)
③左上腕神経腫瘍摘出手術(平成22年9月)
④感染性心内膜炎
(平成21年7月入院)
⑤大腸憩室炎入院
(平成22年11月)

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葉山ハートセンター見学記

先日、外科医 須磨久善という単行本を読んだ。須磨先生は胃大網動脈を用いたバイパス手術を考案されたり、日本にバチスタ手術を広めたり、多くの功績あるあまりにも有名な心臓外科医だ。須磨先生がその設立に関わられた葉山ハートセンターは、モナコにある心臓病専門病院をイメージして作られたのだそうだ。

神奈川県三浦郡の海岸沿いを走る国道134号線沿いにある葉山ハートセンター。かねて見学したいと考えていたので、須磨先生について書いていある本を読み葉山ハートセンターについての事前情報を得た後、早速足を運んでみた。

目の前数十メートルで海という最高のロケーション。それがこの病院の最大の売りだ。病院というよりは、どこかリゾート地にあるお洒落なホテルのような印象だ。ブラウン系で統一された建物と院内インテリア。エントランスを通るとまず大きな吹き抜けに圧倒され、映画の女優さんが舞い降りて来るかのような階段がある。大きな窓から太陽光を巧みに取り入れる設計が為されていて順光と逆光のバランスが美しい。廊下、椅子と机やトイレに至るまで、デザインを重視している様子が良く感じられる。

外来は2階で行われるようだ。訪れたのが平日だったので、検査や診察待ちの患者さんが沢山いらっっしゃった。デールームも広々としていて開放感がある。ソファーの座り心地が良いので、これなら多少の検査待ちも許せるかもしれない。

容積的な圧迫感がなくて、光のコントロールやデザインの統一性による視覚的な落ち着きもあり、訪れたものを気持ち良くさせてくれる空間であった。病室は見ていないが、以前(元)心臓病仲間の集まりに参加して頂いたTさんが撮影された病室から窓の外の海を写した写真はとても印象的であった。あのような風景を見て、リハビリに取り組むことができるなら入院を長引かせたくなるかもしれない。入院食も豪華だと伺った記憶がある。

日本では患者が支払う医療費は治療を受ける病院によって差が発生しない。であれば、この葉山ハートセンターのように患者の気持ちを良くしてくれる環境の病院を選ぶのは得策だ。実績面でも、葉山ハートセンターは磯村先生率いる優秀な外科医の先生が揃っていて、心臓手術実績症例数は、340例(2011年)、296例(2010年)、308例(2009年)、325例(2008年)とコンスタントに年間300例以上行われている。

ロビーに貼り紙があったが、系列病院と一緒に企画されている参加料無料、申し込み不要の医療セミナーも連日開催されているようだ。葉山ハートセンター院内見学会というものあって興味を引かれた。

葉山ハートセンターは私が治療でお世話になった病院という訳ではないがご紹介させて頂いた。ちなみに、全国にハートセンターと称する病院は多数があるがそれらが系列病院という訳ではない。

尚、須磨先生は、2012年4月に東京代官山に須磨ハートクリニックを開院されたそうだ。


病院の目に国道が走っていてその前は海。後ろはトンビが飛ぶ緑の山。海と山に挟まれた最高のロケーション。


建物はブラウン系で統一された6階建て。


ハートを模ったロゴのデザインが温かみがあってカッコイイ!


光と影が美しいロビー。


エントランスロビーの吹き抜けと大きな階段。


座り心地の良い患者用の椅子。


なにげにお洒落にデザインされている椅子。

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人の心の変化

Yomi Dr.でもお馴染み読売新聞は、医療関係の記事に熱心だという印象を持っている。私が心臓手術を受ける病院選びの参考にした病院毎の実績症例数の生々しい記事を載せていたのも読売新聞だ。

でも今、我が家では東京新聞を愛読している。原発反対や昨今の政治に対する連日の報道の方針は、他の新聞各紙とはちょっと異なっている。南淵先生のエッセーもたまに載る。無駄な織り込み広告も少なく、購読料も安いので好きな新聞だ。

2012年7月17日付けの東京新聞朝刊に、池田省三さんの「がんと生きる ステージ4」というエッセーが載っていた。「告知後の謎」という、興味を引く内容だったので少し紹介したい。

人は誰しも年を重ねると日々の時の流れが速く感じるようになる。小学生の頃の一日と、43歳の今の私の一日では、その時間の長さの感じ方が全然違う気がする。長く生きれば生きるほど、人の一生に占める対象の時間が相対的に短くなるから、そう感じるのだと言われている。

ところが、池田省三さんは、末期の大腸がんの告知受けて余命が限られていると自らが悟った瞬間から、時間が緩やかに流れ始めたそうだ。また、気分がゆったりとして、怒りや悲しみをあまり感じなくなったとのこと。世の中で自分のことを批判する人がいても気にならず腹が立たない。モノが欲しいという気持ちもなくなったそうだ。人は誰にも、見るとつい衝動買いしてしまうような、そして、購買欲が満たされるとそのモノに対する意識が薄れいずれ後悔してしまうようなものがあると思う。私の場合は、カメラの機材関係だろうか・・・(最近はうまく自己管理しています、笑)。だが、余命僅かと悟ると、そういった購買欲も無くなってしまったそうだ。そして、そうした変化は決して心持ち悪いものではなく、むしろ、心豊かになるような、喜ばしい変化だったそうだ。

ところが、抗がん剤の効果で病状が安定し、「まだ、死なないな」と思ったら、時の流れが再び元の早さに戻り始め、気持ちの持ち方や購買欲についても同じく以前同様の状態に戻ってしまったとのこと。

心臓病を告知されても、直ぐに、自分の余命を考える人は少ないと思う。多くの心臓病は、適切な治療を適切な時期に行えば、健常者同様の体に戻すことができるからだ。最も、心臓手術のリスクは、その他の一般外科手術に比べるとはるかに高い。最悪の場合、手術で命を落とす可能性もある。そう認識した時に、果たして、その患者は時の流れをどう感じるのだろうか?気持ちの持ち方も変わるのだろうか?物質に満たされたい、モノを所有したいという欲望は変化するのだろうか?視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚に変化は発生するのだろうか?

私の例でいうと、心臓病であることを知ってから心臓手術を受けるまでは、それまでの気持ちや行動となんら変化は無かったと思う。術前に自分の余命を認識することがなかったので当然かもしれない。でも、心臓手術を受けた後は、何かしらの変化があったのは確かだ。怖いものが無くなったというか、大胆になったというか、本能の赴くままに生きることができるようになったというか・・・うまく表現はできないが心臓手術後の精神面での変化は確実にあった。術後3年半を過ぎて、その気持ちが術前の状態に戻りつつある気もしているが、100%戻ってしまった訳ではない。時と共に手術創は薄れてきれいになっても、心臓手術を受けたという経験は時では消せない創として自分の体に刻みこまれているからだ。

(元)心臓病仲間の皆さんはどうですか?

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プロフィール & メール

カムバックハート


Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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