第6回 東京ハートセミナーが開催されます! ついでに(元)心臓病仲間の集まり番外編も開催

まだちょっと先ですが・・・

第6回 東京ハートセミナーが開催されます! とても素晴らしいプログラムです。東京ハートセンターで手術を受けた方も、別の病院で受けた方も参加可能です。術前、術後、心臓病の種類、ご本人、ご家族を問わず。参加定員1,000名(申し込み先着順)なので、この案内を読んで下さった方には出来るだけ沢山参加して頂けたらと思います。お申し込みは直接東京ハートセンターへお願いします。

南淵先生を始め4人の先生の生のお話が聞ける機会は貴重です。相談ブース設置というのも興味あります。しかも総合司会が我らがアイドルの深津より子さん。こちらもかなり楽しみです。民間病院(大学病院も含めて)で患者1,000名をも対象にした心臓病に対する無料セミナーを開催するようなところが果たして他にあるでしょうか。

当日、セミナー終了後、(元)心臓病仲間の集まり 番外編を開催したいと思います。そちらの詳細はまた追って企画したいと思います。

【第6回 東京ハートセミナー】

日時: 2013年2月9日(土) 14:00 ~ 16:30  (13:00~受付開始)

場所: きゅりあん(品川区立総合区民会館)
    東京都品川区東大井5-18-1
    JR京浜東北線・東急大井町線・りんかい線 ・・・ 徒歩1分

テーマ:心臓SOS!  ~ 病院を選ぶ時代・医者を選ぶ時代 ~

講演1 いい病院のかかりかた
南淵 明宏
大崎病院 東京ハートセンター センター長

講演2 狭心症・心筋梗塞 カテーテル治療のはなし
細川 丈志
大崎病院 東京ハートセンター 副院長

講演3 心臓ドキドキどうしよう?
円城寺 由久
大崎病院 東京ハートセンター 循環器内科不整脈診断部長  

講演4 心臓手術のはなし
奥山 浩
大崎病院 東京ハートセンター 心臓血管外科部長


各種相談ブースを会場内に同時設置!
●看護師による健康相談ブース
●減塩食紹介ブース
●元気になる心臓リハビリ相談ブース
●自動血圧計お試しブース
●おくすり相談ブース

入場無料、どなたでも参加可能!

参加申し込みが必要です。電話、FAX,メール、東京ハートセンターのHPから送信など、
申し込み方法は自由。お早めにどうぞ。

詳細はこちらの東京ハートセンターのホームページへどうぞ・
http://www.tokyoheart.or.jp/seminar/tokyoheart_seminar06.html

第6回セミナーチラシ(表)
第6回セミナーチラシ(裏)

<=PREV NEXT=>

鼠径(そけい)ヘルニア手術体験記 その2

鼠径(そけい)ヘルニア手術体験記事の続き編です。
正直、今回の手術を少し甘く見ていました。想像以上の術後の辛さを味わうことに・・・

2012.11.15
手術当日の朝。5時半に起きる。自宅の窓から外を見ると秋晴れのすがすがしい透明感のある朝。朝風呂に入った。体を丁寧に洗う。6時前に水を少し飲む。それ以降は水分を取ってはいけない。



8時前に自宅から徒歩で病院に到着。2階受付へ。入院証書と保証金5万円を預ける。救急外来の窓口付近のソファで少し緊張しながら暫く待つ。看護師さんに呼ばれて診察室の中へ。そこでいきなり青色の手術着に着替え。手術同意書や麻酔同意書を提出。検温と血圧測定。普段正常な血圧が異常に高い。160-110、深呼吸して再度測っても145-110。三度目も同じくらい。術前の緊張のせいか?いや気持ち的に緊張はしていない。明らかな高血圧値。つまり、休薬しているアーチストやワソランが普段の私の血圧を押さえてくれていたのだ。日頃の服用薬はただの予防薬ではなかったのだ。

点滴を左手手首に刺す。採血の針と違って、点滴針は血管の中をかなり長く刺さなくてはならない。看護師さん、一発でうまく決めてくれた。うん、お上手!そして、9時前に4階にある手術室へ。手術室入口に看護師や家族に付き添われた患者が3組ほど待機していた。どうやら朝9時開始の手術のラッシュのようだった。手術室フロアには4つくらい手術室が並んであるそうだ。9時丁度に入口で自分の名前、生年月日と受ける手術内容の確認が手術室看護師と麻酔医によって行われる。手術内容も鼠径ヘルニアというだけではなく、右側なのか左側なのかちゃんと部位も確認をとっていた。確かに間違って正常な方を切り開かれでもしたら問題だ。ここまで付き添ってくれた看護師さんに目で挨拶をして、そのまま点滴を持って手術室へトコトコと歩いて入場。

手術室は結構広い。学校の教室くらいの広さかな。ど真ん中に手術台。これが自分の舞台。言われて早速仰向けに寝転がる。あとはされるがまま。BGMというかラジオの番組か何かが流れていたと思う。心臓手術の時には強く匂った消毒薬の臭いはあまり感じなかった。ヘルニア患部の術野を撮影するビデオカメラも手術用照明灯の横に見えた。顔にマスクを置かれ「では麻酔を流し始めますよ」の声で、手術室看護師さんの顔が段々と歪み始める。数秒後、もう意識は無かった。

手術中は、沢山夢を見た。だが、その夢が何だったのかは今となっては全く思い出せない。

「手術が終わりましたよ」と周りで甲高く叫んでいる看護師さんの声で目が覚めた。

覚醒後に尋ねた質問は次の4つ。これははっきり覚えている。

「執刀医はどの先生ですか?」 (どの先生が執刀するのか術前結局分からず仕舞いだったから)
「○○先生ですよ~」

「ここはICUですか?」(手術室で麻酔が覚めると聞いていたのにそれっぽくない場所だったから)
「そうですよ(正確にはHCU)」

「今何時ですか?」(手術時間はどれくらいだったのだろうか)
「12時20分です」

「おしっこの管は入っていますか?」(尿が溜まっている感じがする。このまま出してもいいのだろうか)
「は~い、ちゃんと入ってますよ」

案外冷静に色々なことを考えて発言していたなぁと思った。覚醒すると意識ははっきりしていて、喋ったり聞いたりした言葉が記憶にかなり残っている。

11時半くらいに手術は終わったようだ。執刀した先生からの手術報告を家族が聞き、12時頃、目が覚めた自分と面会した。場所は、10階のHCUのベッドの上だった。

手術当日のHCUでの滞在は辛かった。ヘルニア手術如きと少し甘く考え過ぎていたようだ。一泊二日の入院なので、当然手術当日の夜にはもうピンピンして動き回れるものかと思っていた。暇つぶしの読書用の本まで持参してきたのだが・・・

辛さの度合いで言うと、心臓手術でICUから一般病棟に戻った最初の日くらいの辛さ。体が動かせず、ベッド上で寝たきりで背中が痛い。麻酔のせいなのか、お腹が異常にムカムカするのも辛かった。周期的にムカムカ感が襲ってくるので、そのピークになるとお腹が熱くなり気分は最悪で、眠ろうと思っても眠れない。37度半ばの発熱があり頭痛もする。

夕方までそんな感じで苦しみながらベッドでただジッとしている。時間と共にお腹の切った部分の創が痛み始める。我慢するのが良いのかと結構頑張っていた。

担当の看護師さんが、「そろそろ痛み止め入れましょうか?」と、耐えるのが辛くなったタイミングで聞いてきたので、「はい」と頷いて返事した。その看護師さんが、これまた良いタイミングで、「ベッドを少し起こしてみましょうか?」と、パラマウントの電動ベッドの角度を2回に分けて少しづつ立てて起こしてくれた。それまで寝たきりで辛かった背中やお尻や腰への負担が減って気分がかなり良くなった。熱が出てくるとすかさずアイスノンを持ってきてくれた。この看護師さん、患者が言いたいこと、やって欲しいことを丁度良い絶妙なタイミングで先回りして行動してくれた。とても素晴らしい!


(見舞い客撮影)

HCUは10床くらいあるようだ。カーテンがかかっているので隣のベッドの様子は見れないが声の感じや会話からすると周辺の患者はご老人ばかりのようだ。耳が遠い方が多いので、それらの見舞客の声を大きくて煩い。また、結構我儘なご老人が多い。医者には、「先生よくしてくれました」とペコペコしているが、看護師には態度を変えて我儘加減を振り回しているような感じ。ナースコールは頻発しているし。皆さんがそうではないが、尊敬に値する強いご老人という感じの方の存在は残念ながら今回は感じられなかった。そんな我儘な患者にも気持ち良く対応している看護師さん達はやはり素晴らしい!


(見舞い客撮影)

勇患列伝の強い患者達のイメージを思い出しながら、自分の体力の回復を待った。心臓手術後と同様に、例え1分でも時間が経つ毎に回復の度合いが進行するのが実感として分かる。しかし、手術当日の夜には、ほんとにこんな体で予定されている明日の午前中の退院ができるのだろうかと真剣に思っていた。

18時頃、夕食。美味しい。3分の2くらい食べる。塩シャケ、ごぼうのキンピラや野菜の炒め物に白い普通のご飯。

バイアスピリン以外の心臓の薬はここから服用を再開。加えて、痛み止めのロキソプロフェン錠60mgと胃薬のムコスタ錠100mgが4日分処方された。

19時前にお見舞い客が来院。回復途中だが、この頃はまだ辛かったなぁ。


(見舞い客撮影)

22時消灯らしいが、早めに睡魔がやってきた。普段仰向けではなくて体を横に向けて寝ているが、今日はその姿勢が取れないので辛い。周りの爺さん婆さん患者達も静かになってきた。

足に血栓が出来て血管に飛ぶのを防止する為に足を締め付ける靴下を履き、フットマッサージ機のようなものが術中からずっと両足に装着されて動いている。周期的に圧力がかかって片足づつ締め上げる感じ。これは、一晩中装着が続いた。

確かICUは24時間消灯がなかったと記憶しているが、HCUはそこそこ照明を落としてくれる。夜中は1時間毎くらいに目が覚めるが、まずます眠ることができた。

2012.11.16
手術翌日の朝、6時前に眼が覚める。点滴液自体は昨晩で終わっていたが、念の為、針だけ腕に刺したまま留置されていた。その点滴針を外し、心電図も外し、血圧測定用に腕に巻いてあったパッドを外し、最後に、尿管を看護師さんに勢いよくパッと抜いてもらう。

看護師さんの指示で、ベッドから立ち上がってみる。ベッドから立ち上がる為に左足をベッドから下ろす際にお腹の創の痛みが神経に走る。これは筋肉痛の強烈版というイメージ。

だが、無事に立ち上がれば、問題なくスタスタと歩ける。15m程歩いて洗面所で歯磨きをした。



8時前に朝食。お腹が空いた。完食。暖かいパンが2ヶ、ヨーグルトと野菜シチュー。よく病院食はまずいと言われているが、私の経験んではどこの病院の食事も美味しい。但し長い日数、これを食べ続けると飽きるのは前回の入院で経験済み。

パンをかじっているその時に、執刀医の先生がベッドに様子を診にやって来る。術後は炎症反応で熱がでるが、その熱が何日も続くようだと埋め込んだ人工物(メッシュのシート)にバイ菌が着く可能性があるので注意とのこと。(心臓手術の時の弁輪と同じだ。)重たいものを持ったり、くしゃみをしたりという腹圧のかかる行為はしばらく避けるようにして下さいとのこと。車の運転も結構お腹の力を使うので止めた方が良いらしい。

9時過ぎ、執刀医と研修医を含めた外科医師団が私のベッドの周りにやってきた。創口の圧迫用に貼り付けていた大きなテープを剥がして創の様子を観察し始めた。問題はなさそうだ。創部に透明の薄いテープを張り付ける。そして、「今日、退院しましょう」と言ってもらい、退院決定。次回の外来診察日程を術後4日目と2週間後に決める。

ここまで来ると体の自由がかなり効くようになった。HCUの外にある一般病棟のトイレまで歩いて行く。朝まで入っていた尿管の影響なのか尿を出すと少し痛い。そしてそのままデールームへ。10階からの都会の景色はなかなか素晴らしい。天気も良くてサンルーム的なデールームは温室のようだった。この病院は、今年6月に別の敷地から移転してきて造られた新しいビル。フロア間の移動がエレベーターのみ(患者は階段で移動できない)というのがちょっと課題だが、ガサガサした雰囲気がなくて、とてもきれいな病院だった。

10時ごろ退院。普段着に着替えて、2階受付で会計。5万円の預かり金を返金してもらい、治療費・入院費の全額をクレジットカードで支払った。3割自己負担で77,220円。心臓手術に比べたら金額は思ったより安かった。無事に手術してもらい、高度な術後ケアをしてもらって、こんな金額で本当に良いのかと思った。


(見舞い客撮影)

車の助手席に座り、家まで帰る。創はそれほど痛まない。

剃毛は、心臓手術の時は、前日に自分でバリカンを用いて剃った。最近は心臓手術でも自分で剃らずに、麻酔中に剃られていて、術後、「あっ、無い!」という話を数人の仲間から聞いたことがある。今回の鼠径(そけい)ヘルニア手術では、病院から剃ってきて下さいという指示もなかったし、術前の意識がある時には剃毛を行っていない。術後、家で術部を見てみると、剃る必要のある部分は手術台の上で剃られていたようだ。

手術翌日になると体はほぼ回復した。日中は本を読んだり、椅子でうたた寝できるようになった。夕方前になると、子供たちが学校から帰宅。一日ぶりの父親の顔を見に来る。こちらにとっては長かったような短かったような不思議な感覚の時の流れであったが、子供たちは何があったのか理解できずあっけらかんとしている。心臓手術の時もそうだが、患者本人と周りの人間との間には、時間の流れや治療の旅をしてきた体験から得られる感覚に大きな隔たりがある。これは同じような手術を経験した者同士でないと理解し合えないもののようだ。

夜、防水テープを創部のテープの上に二重に貼って水が浸みこまないようにしてシャワーを浴びた。

術後ベッドで動けなくて、背中やお尻にあせもが出来てしまった。それが痒い。痛みよりは痒みの方が辛い。市販薬を塗ってようやく痒みも収まり落ち着くことができた。

2012.11.18
時間毎に回復は続く。術後3日目の今日は、創の痛みも無く、歩いたり座ったりするのもほぼ問題ない。お陰さまで普段通りに体を動かせるようになった。

これからの人生において、誰にどんな病気が襲ってきても全く不思議でない。そうなった時に、病気を悲観的に捉えるのではなくて、前向きに理解して立ち向かっていくしかない。所有するモノでもそうだが、自分の体を大切に思い、大事に扱っていればそう簡単に壊れて無くなってしまうものではない。「強い患者」という意識や精神面の心構えを維持し続けることも大事なことだ。改めて色々なことを考えさせてくれた今回の鼠径(そけい)ヘルニア手術体験であったと思う。

<=PREV NEXT=>

鼠径(そけい)ヘルニア手術体験記 その1

心臓手術とは関係ないのだが、この度、鼠径(そけい)ヘルニア手術を受けることになってしまった。足の付け根部分から腸が飛び出してくる病気。いわゆる、脱腸。40代以降の男性に多いらしい。まさにドンピシャ。病気は突然やってくる理不尽で不公平なもの。それはもう十分理解している。だったらその治療さえも楽しむしかない。治療に向けての準備、手術から回復の過程や心境を心臓手術の体験にも絡めて記したいと思う。

2012.10.19
左足の付け根部分にプクっとした卵大の膨らみを発見したのは、夜、お風呂に入る前の脱衣場でのこと。まさに「なんだ、こりゃ!」状態。湯船で、手で膨らんでいる部分をゆっくり押すとへっ込んだ。気のせいかと思ったが、立ち上がるとやはり間違いなく大きな膨らみがある。

2012.10.20
翌朝、川崎幸クリニックへ電話してアポを取る。受付に症状を伝えるが、該当の診療科が分からないとのことでまずは皮膚科で診てもらうことに。1時間後にはクリニックのソファに座っていた。皮膚科の先生が患部を見た瞬間、「これはヘルニアですね」と一発診断。直ぐに外科にカルテが回される。数十分後、外科の外来診察を受け、鼠径(そけい)ヘルニアの診断確定。治すには手術が必要な旨、伝えられる。その日は腹部CT検査を受けて帰宅。迅速な検査と診断の流れであった。

手術適応と宣言されたが、心臓手術の時と違って全く不安はない。唯一考えたのは、どこの病院で手術を受けるべきなのかという点。これは心臓手術を受ける時にそれなりに悩んで決めたプロセスが思い出されたもの。インターネットで調べると、案の定、沢山の情報サイトが現れる。情報があり過ぎて焦点が定まらないのも問題だと思った。

あまり悩んでも仕方ない。結果的に川崎幸クリニック系列の川崎幸病院で手術を受ける方向で良いと判断した。

2012.11.2
腹部エコー。時間は僅かに5分程で終了。心エコーはいつも15分程時間がかかるのでとてもあっけなかった。その後、外来診察。執刀医はどの先生になるのか尋ねたが、その時点ではまだどの医者が執刀するのか決定していないとの返事であった。だが、結果的にこの時の診察医が執刀医であった。そこで一泊二日の開腹手術を受けることで決定。鼠径(そけい)ヘルニアの手術は腹腔鏡を用いた場合、通常日帰りでも実施可能なようだ。私の場合は、過去に心臓手術を受けた経緯があることとバイアスピリンを飲んでいることが理由で開腹術をお勧めしますとのことであった。麻酔から完全に覚めたのを確認して手術の翌日退院というスケジュールになった。

術前検査、診察と手術の日程を決める。その日は、診察後、採血と採尿。

<日程>
10月19日 足の付け根に膨らみがある異常に気付く
10月20日 初診、腹部CT
11月2日  腹部エコー、採血、採尿、診察
11月5日  東京ハートセンター、南淵先生の外来
11月7日  胸部、腹部レントゲン、心エコー、診察
11月8日  麻酔科医との面談
11月15日 その日一番の手術
11月16日 退院予定

日程が決まり安心したのか、帰りに川崎の焼き鳥屋で久しぶりにアルコールを少し多目に飲む。

普段、バイアスピリンを毎日飲んでいる。南淵先生は、これはただの予防の為に処方しているだけだと仰っている。今回の鼠径(そけい)ヘルニアの手術を受けるにあたって、血液の凝固を妨げるバイアスピリンの服用を術前1週間止めて良いか心臓の病院に確認して下さいと言われた。「全然大丈夫だと思いますよ」と患者である私が医者に伝えるが、やはり一筆もらってきて欲しいようだ。

話は変わるが、最近読んだ小説の記述によると、竪穴式住居に住んでいた縄文時代の人の平均寿命は僅かに14~15才程度だったそうだ。乳児の死亡率が桁違いに高いことも平均値を下げている要因のようだ。20歳を無事に超えたら、集落の長老のような存在だったのかもしれない。今日の医療でこうしたかつては治せなかった病気も治せることで人類の寿命は伸びてきた一面がある。南淵先生の講演で、身近な細菌を洗い流す石鹸の発明が人類の寿命を大きく伸ばしたとも仰っていた。

弁膜症になって手術を受けるという選択肢がなければいつか心臓の機能が止まって死んでしまう。若しくはそれまでに別の病気や老衰で亡くなるのかもしれない。

今回私が患った鼠径(そけい)ヘルニアでも、治療せずに放っておくと、ヘルニア部を押しても体内に凹まなくなり、いずれ腸が正常に機能しなくなり、カントン(嵌頓)という危険な状態になるらしい。早めの手術が望ましいようだ。

2012.11.5
朝、8時半過ぎに東京ハートセンターの受付に電話。当日午後の南淵先生の外来アポを取得。突然のアポ取りにも小回りが効くこの心臓病専門病院の対応はありがたい。その日の外来患者は少なかった。予想通り、南淵先生はバイアスピリンを止めることは全く持って問題ないとの御説明。術前に南淵先生と深津さんのお顔を見ることができたのが一番嬉しかった。



診療情報提供書と前回の外来で受けた心エコーの検査結果を相手先の病院宛に頂いた。普通は封印された封筒に入った紹介状や情報提供書を患者が別の病院に運んで届けるのだが、誰だってこっそり封を開けて中身を読みたくなるのが心情。なぜならそこには自分の体についての情報が書かれているのだから。それを分かってか南淵先生はいつも病院間でやりとりする文書の類の内容を患者に確認させてくれ、患者用のコピーまで手渡してくれる。

暫くパソコンのキーボードをタタタッと叩いた後、プリントアウト。「これでいい?」と見せてくれた診療情報提供書に書かれた文章を診察室の中で読んだ時は、ユーモアが盛り込まれた南淵先生らしい文章だなとだけ思った。しかし、家に帰って再読して気持ちが変わった。ユーモアはもちろんだが、これを受け取ったヘルニアを手術する側の医者は、きっとこの患者の手術は気合をいれて絶対成功させなくてはいけないなと感じるような文章であるということに気付いた。ヘルニア手術する医者が患者の心臓のことを理由に下手な言い訳ができないプレッシャー状況に置いてくれた訳だ。これは南淵先生が自ら心臓手術を施した患者に対する最高のエールではなかろうか。南淵先生らしさが実に伝わってくるこの文章をブログで紹介しない訳にはいかない。

「4年前に当方で僧帽弁形成術を行い、経過良好です。僧帽弁の逆流は一切なく、また総じて心機能は良好です。この度貴殿のもとで腹部外科及至は鼠径部の手術治療が必要な状況と相成ったとのことですが、どのような外科手術においても鍋島氏の心臓機能には何ら支障はない事をここに明言させていただきます。また、現在の投薬は予防的な、いわばどうでもいい薬剤であるので、いかようにでもし休薬していただいて結構です。なにとぞよろしく御高診のほどお願いします。」



南淵先生の外来の翌日から薬を全部休薬。最初は、心臓の鼓動が強く感じられる感じがあったけど、3日目くらいからそれもなくなり、薬フリーの生活も体が軽やかでいいなと思った。(が、実際は高血圧になっていた。)

2012.11.7
心エコー、胸部、腹部レントゲン、肺活量の検査、心電図検査。心エコーは二人がかりで30分近くやっていた。結果は心機能は正常範囲内との診断。検査結果の詳細をプリントアウトしてもらう。診察結果を患者が要求したら躊躇なくコピーをくれる病院は安心できる。

2年程前、南淵先生が退職された直後の大和成和病院の検査診察で僧帽弁に2度の逆流を指摘され、「将来的に逆流が増えれば再手術ですね」とその時診て頂いた外科医に言われた。その後の東京ハートセンターでの心エコー検査でも確かに僧帽弁2度(Mild)の逆流状況。それでも南淵先生はこんな程度の逆流は僕にでもありますから全く問題なしとのいつものお言葉。それが、前回の東京ハートセンターでの心エコー検査では1度(Trivial)になっていた。2度から1度に下がった訳だ。そして、今回別の医療機関での心エコー検査でも1度(Slight)の検査結果。複数の病院で逆流1度の判断だったので検査結果への信頼感は増す。その日の体調や精神状態によってこの程度の検査結果はひょっとしたら微妙に変化するのかもしれない。逆流の度合いをレベル0~4の5段階で分けるそのボーダーラインでの判断も技師の気分次第なのかもしれない。逆流3度や4度が自然に1度に戻ることはないのかもしれないが、多少の逆流は気にする必要なしと実感。高気密のマンションではなくて、多少の隙間風も吹く日本家屋に住んでいるようなもの。その方が、湿気も防げて家が長持ちするかもね。ちょっと違うか・・・


(左が川崎の病院での心エコー検査結果。右が東京ハートセンターでの心エコー検査結果。)

ヘルニアの診察中、恐らく学生の頃は少しヤンキーやってたんじゃないかなと思わせる雰囲気の明るい性格の看護師さんが、「この患者さんバイアスピリン飲んでますよ~」と今日の外来のお偉そうな先生に耳打ち。先生曰く、「んっ?バイアスピリン?大丈夫だよ、○○を使うから、全然問題ないよ」とのこと。この言葉を聞いた時に、この医療機関で手術を受けることに大きな信頼感を得た。

世の中には、ワーファリンを飲んでいる患者には歯の治療をためらう歯科医が沢山いると聞いたことがある。「そんな歯医者の治療を受けるのは止めて、別の医者を探しなさい。ちゃんと治療できる医者が必ずいますから」と確か南淵先生のどれかの本に書いてあった。

患者がバイアスピリンごときの薬を飲んでいるだけで、外科の手術をためらうような外科医しかいない病院での手術は止めておきなさいということかもしれない。

私の手術の執刀医がどの医者になるのかは、残念ながら手術直前の会議まで決まらないようだ。逆に「希望の執刀医はいますか?」と聞かれたが、個人名が出てこなかったので「ヘルニアの執刀件数の多い先生にお願いします」とだけ伝える。ヘルニアの手術はチームで年間100件以上やっているから御心配なくとのこと。チームという言葉には実は少し引っかかる。責任逃れっぽいニュアンスを私は感じてしまうから。執刀医個人の技術と責任感を信頼したいのが患者なのだ。手術予定表には様々な消化器系外科手術が一日3件ほどづつ予定されていた。確かに毎日これだけ何かしらの外科手術していれば大丈夫かと思った。心臓手術を受けるなら、執刀医が誰だか分からずには絶対手術を受けないだろう。まともに心臓手術をできる心臓外科医は今、全国に30人程しかいないらしい。心臓手術のリスクは一般消化器系手術の6000倍もあると南淵先生がどこかで書いていた。ということは、今回私が受ける手術のリスクは心臓手術に比べたら6000分の1以下?

2012.11.8
最近、腹がキューと痛くなったりムカムカすることがある。特に長時間立っていると辛い。暫く前からそのような症状があったが、まさか今回の病気がその原因だとは思ってもいなかった。

夕方、麻酔科医と面談。全然問題なし。心臓手術に比べたら全身麻酔とは言ってもかなり楽そうだ。「気管内挿管はしますか?」という質問に対して「するかもしれないし、しないかもしれない」という曖昧な答え。状況次第なのだろう。手術は全身麻酔で1時間半から2時間くらいらしい。手術室の中で麻酔から覚めるそうだ。

南淵先生のホームページにある「勇患列伝」。その中のその1に書いてある鏑木(かぶらぎ)隆久さんのケースを再読した。勇気が湧いてくる。あまりにも強くて強すぎる患者、あの人の強さを思い出したらこんな手術くらい自分一人で乗り越えなくてはと気が引き締まる。

2012.11.14
手術前日。会社の仕事を手際良く片づけて、残りは上司と仲間に託す。
18時頃、夕食。暖かいほうとう。お腹に残りにくい食事にした。入院準備は完了。

手術当日以降の状況は続きで・・・

<=PREV NEXT=>

外来心臓リハビリテーション

心臓手術後の心臓リハビリについては、過去の記事で御紹介した。それは術後、入院中に受ける心臓リハビリのプログラムであったが、今回、東京ハートセンターの外来での心臓リハビリテーションが8月から開始したようだ。

心臓手術を受け退院した後の生活や運動に不安がある方。心臓専門の理学療法士のもとで運動を行いたい、回復状況を診てもらいたいと言う方に最適。また講義もあるみたいなので勉強もできそうです。興味にある方は是非東京ハートセンターリハビリ室にコンタクトしてみてください。



<=PREV NEXT=>

ナブチ先生のTV番組

南淵先生の御出演予定のテレビ番組です。東京ハートセンターの細川丈志先生も御出演されます。

主治医が見つかる診療所SP【突然死から守る方法~心筋梗塞・狭心症~】
2012年11月19日(月) 20時00分~21時54分 テレビ東京

<=PREV NEXT=>

第五回(元)心臓病仲間の集まり

横浜のとある貸切の和室会議室。趣のあるお茶会を催せる茶室で第五回(元)心臓病仲間の集まりを無事開催した。いつもは海の近くのレストランカフェで開催しているが、今回は貸切会議室なので落ち着いて会話もできるし、畳の部屋なので隣のテーブルへの移動も楽で、複数の参加者の方々と話をしやすい環境であったと思う。

参加者は、術前の方が3名、術後の方が13名の合計16名の(元)心臓病仲間達。

これまでの会場であるカフェの中では病気のことを語ったりイベント的なものを行うのに問題があったので、特にプログラム的なものは無しに淡々と其々が自由に時間を過ごしてもらっていた。今回は、場所柄落ち着いて纏まれる雰囲気であったので、いつもはやらない自己紹介を一人づつしゃべってもらい、それに対して適宜活発に質問を交えてもらった。いつになく参加者同士の密度の濃い交流を持つことができたのではないかと思う。

今回は大動脈弁や僧帽弁の弁膜症の方ばかりで、弁形成、弁置換、それも、機械弁の方もいれば生体弁の方もいるという、正に弁膜症(元)患者の生きた標本が集結。しかも、心臓手術を受ける年代としては圧倒的に平均値より低い30代~50代を中心とした方々。このような集まりは日本全国でも希有な出来事ではないだろうか。

今回盛り上がった話のテーマの一つが、「生体弁にするか、機械弁にするか」という大きな選択の課題。かつては、ある年齢以下なら機械弁、それ以上なら生体弁、子供を産む可能性があるなら生体弁、スポーツを行うなど特別な理由があるなら本人の希望で生体弁、といったある種の決まりごとがあったし、今でも多くの病院ではそういう暗黙のルールを前提にしている気がする。患者に選択権すら与えない病院も世の中にはあるらしい。しかし、近年弁置換手術された方々の話を聞いていると、必ずしもそういう決まりごとだけに縛られて弁の種類が決定されている訳ではないのだと感じられてきた。女性に限らず男性の若い人でも積極的に生体弁が用いられるケースが中にはあるようだ。もちろん本人の意思による決定に基づいて。私自身は真剣に弁の種類の選択をしていない。弁形成が前提だったので、もし形成ではどうしても逆流を止められなくて弁置換せざるを得なった場合には機械弁を用いるとあらかじめ決まっていたようなものだ。選択で悩む過程がなかったと言える。弁置換前提で弁手術をこれから受けられる方にとっては病院と医者選び、それと並ぶ大きな選択の壁だ。そして、それは術後になっても、果たして自分の選択がそれで良かったのだろうかと思い悩まれる方もいる。これは私が聞いて感じて書いた記事なので、当事者の皆さんには是非ご自身の思いをコメントして頂きたい。

もう一つの大きなテーマは、「病院選びと手術を受けるタイミング」。これは術前の方が悩みに悩んで自ら決断していかなくてはならない課題。大して悩まずこの過程を簡単にクリアされる方もいれば、悩んで悩んで悩み切れないという方も今回の参加者にいらっしゃった。体験談やアドバイスなど情報提供は幾らでも我々心臓手術体験者には行える。だけど、最後の決断、これは誰がどう言っても、最後自分で決めるしかない。自分で決めなければ後悔することにもなりかねない。

2次会は希望者のみで、例によって元町中華街へ繰り出す。ここでも再び密度の濃い、決してインターネットや本では得られないような生の情報や心からのアドバイスが飛び交う。そして、たかしげさんの語られた昔(私が生まれる前)の横浜のお話も興味深かった。

参加者其々が、具体的な情報であれ、前向きな気持ちであれ、何かしら得て頂くことができたのあれば今回の集まりも大成功だったのかなと思う。来月には術後4年目を迎える訳だが、心臓手術を受けた体験の記憶が未だに鮮明に、そして心地よく蘇ってくるのも、こうした集まりで多くの仲間と継続的に出会うことができるからだと思う。

次回の開催は来春に・・・(その前に、番外編の集まりを来年2月9日に開催します。詳細は追ってブログにてご連絡します。)






(皆が去った後の会場 撮影:三つ葉葵さん)

<=PREV NEXT=>

第五回(元)心臓病仲間の集まり 速報

第五回(元)心臓病仲間の集まりを、本日無事開催しました。
いつになく密度の濃い時間を過ごすことができたと思います。詳細は明日にでも記事にしてアップしたいと思います。取り急ぎ、ご報告まで。

<=PREV NEXT=>
プロフィール & メール

Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

当ブログ掲載の文章と画像の無断コピー、無断転用を禁止致します。

最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
COUNTER
ご訪問ありがとうございます:

累計訪問者数:
ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

コルコバード
リンク
検索フォーム
QRコード
QRコード