東京ハートセンター 心臓手術見学記

私の夢の一つが実現した。それは、「心臓手術の見学」である。

そもそも、小さい頃から医療に全く興味がなく、将来職業を選ぶときに医者にだけはなるまいと思っていた自分が、心臓手術を見学をしてみたいと思った動機は単純。自分が受けた心臓手術はどのようにして行われたのか、実際にこの目で見てみたかったからだ。

南淵先生と深津さんのアレンジで、カムバックハート仲間代表として三つ葉葵さんと私の二人に心臓手術の現場見学の機会を頂いた。希望すれば誰でもこのような機会を得られるという訳ではない。医療関係者ならまだしも、一般人である(元)心臓病患者にとっては異例の機会だ。この幸運な機会を頂いたことをありがたく南淵先生と深津さんに感謝し、(元)心臓病仲間の方々へ現場報告したいと思う。

術式は、私と三つ葉葵さんが受けたのと同じ僧帽弁形成術。

見学日程が決まって、その数日前から緊張でドキドキしてくる。ある意味、自分が心臓手術を受けた時より興奮度は高い。見学に向けて手術の手順を少しでも理解しておこうと、手持ちの心臓手術の専門書に目を通しておいた。「手術看護-手術室のプロをめざす (動画でわかるシリーズ)」」と「「実践 人工心肺」

 
東京ハートセンターに到着。(撮影:三つ葉葵さん)

見学当日。約束の時間より早めに東京ハートセンターの受付ロビーに到着。事務の女性がエレベーターで手術室のある2階に案内してくれた。

職員の方が使う更衣室を借りて、下着の上から、青い手術着の上着とズボンを着る。靴下も脱いで手術室専用の靴下に履き替える。床で滑らないスリッパを履いて、マスクと帽子を着用する。更衣室を出て、三つ葉葵さんと一緒に流し台のような手洗い場で、消毒液を使って入念に手洗い。「手術看護-手術室のプロをめざす」」に付属のDVD動画でこのあたりの手順は前もって勉強済。


手洗い中。(撮影:三つ葉葵さん)

準備が完了し、事務の方に手術室の中にいる外回り看護師さんに声をかけて頂いて、いざ手術室へ入室!


(撮影:三つ葉葵さん)

鼓動を測るピッ、ピッ、ピッという電子音が響く。部屋の真ん中に手術台と無影灯。手術台は思ったより高い。深津さんが踏み台の上に乗って術野を見おろすようにして作業をしている。我々の入室に気付き、ほほ笑んでくれた。

これが手術室か、、、と最初のうちは周りをきょろきょろ。落ち着かない。かなりの緊張と興奮状態。


一番手前にいるのが私。気分的にはかなりの興奮状態。(撮影:三つ葉葵さん)

壁のデジタル時計に、手術開始からの経過時間が表示されている。メスが入った時が手術開始の模様。開始からまだ10分ちょっとしか経っていないようだ。だが、胸骨正中切開は残念ながら既に終わった直後で、心臓を露出させるための作業中だった。

香ばしい匂いが手術室に漂っている。例えると、食用に使うクルミ油の匂い。消毒液の匂いかと思ったが、どうやら切開した皮膚や脂肪からの出血を止血する為に皮膚を焦がしている(?)、その匂いが漂っていたようだ。

手術室の室温は23度。

BGMに中国語の唄がかかっている。間違いなく南淵先生の趣味。ちなみに、手術終盤で南淵先生が手術室から退室された後は、J-POPがかかっていた。4年半前に自分の手術の時に手術室に入った時は静かなクラシック音楽がかかっていた。スタッフのメンバーが冷静に手術を行う為にクラシック音楽をかけているのかと思っていたが、今から思うと実はそうではなくて、まだ麻酔が十分かからず寝ていないかもしれない患者が入室した時に緊張しないようにクラシック音楽を聴かせていたのかもしれないなと思った。

手術室の広さは、縦10m、横7m程だろうか。小学校の教室よりはやや狭い感じ。

手術室に居たスタッフは、外科医2名、麻酔医1名、器械出し看護師2名、外回り看護師1名、人工心肺を動かす臨床工学技士が2名、あともう一人若いスタッフの方。それから、新人看護師さんが追加で2名、必死に手術を見てメモを取って勉強されていた。それに当の患者さんと、見学の我々2名。のべで言うと結構な人数である。


人工心肺装置 (撮影:三つ葉葵さん)

人工心肺装置、稼働中。(撮影:カムバックハート)

手術が開始して間もなく、南淵先生が登場。三つ葉葵さんに、「今日は、ナース服でコスプレですね!」と冗談発信!手術開始の様子を見られて一旦退出された。手術が進行し、人工心肺が起動しはじめる頃、南淵先生が再登場。Carl Zeiss社製の拡大鏡を頭に装着。(ちなみに、今日の取材撮影用の私のカメラのレンズもドイツのCarl Zeiss社製。)手術用ガウンを着て、手術手袋を深津さんとの息のあった動作で装着。この様子も「手術看護-手術室のプロをめざす (動画でわかるシリーズ)」」のDVDで既に見ていた場面だ。


南淵先生登場!(撮影:三つ葉葵さん)

手術用ガウンを着ている南淵先生。(撮影:三つ葉葵さん)

送血管、脱血管、いくつかのチューブ類を心臓に取り付け、人工心肺装置の血流を人工的に作る円筒状の機械が動き始めてまもなく患者の心臓は心停止。実は、夢中で周りを観察をしていた為、それまでピッ、ピッと定期的に鳴っていた心拍数を示す電子音がいつの間にか止まっているのに全く気付かなかった。

手術の邪魔にならない範囲で手術室内をあちこち移動して色々な角度から手術を見せてもらった。術野近くの清潔領域には近寄れない。心臓からの距離、3~4m程のところから見学。その距離では角度があり心臓を直視するのは難しい。だが、モニター画面が2台があるので手術の進行状況は良く分かる。


左奥に南淵先生。左手前が深津さん。(撮影:カムバックハート)

ふいに、南淵先生が我々見学者二人の名前を呼び、近くに来るように指示された。先生の後ろに置いてある踏み台に乗り、先生の頭越しから実際の心臓を眺める。


南淵先生の後ろから心臓の弁の様子を見ている私。(撮影:三つ葉葵さん)

「ここが僧帽弁の後尖で、ほら、ここが歪んでいてちゃんと閉まらなくなっているでしょ。この辺を少し切って縫って、逆流が起きないようにするのが今日のプラン!」というご説明。


僧帽弁の様子。(撮影:三つ葉葵さん)

各種検査で病変の状況と治療方針はあらかじめかなりのところまで予測できているのだろう。だが、胸を開き、心臓の中の僧帽弁に生理食塩水を流してその漏れの具合を実際に目視で確認した上で、最終的な治療方針を決めている。

10分程して、再び先生が我々を呼ぶ。踏み台に昇り、再び僧帽弁を見せてくれる。今度は、水を流しても漏れない。ピンセットのような器械で弁を持ち上げると中に留まっていた水が流れ出す。最初に見せてもらった時は、水が自然に漏れ出していたが、今回はしっかり止まっている。そして、僧帽弁を縫った緑色の糸が見える。

これには驚いた。「切って縫って」の弁形成術のメインイベント。このステップをそれなりに時間をかけて慎重に行うのかと思っていたら、僅か10分程の間にその修復作業を終わらせていたのだ。時計を見ると、手術開始からまだ1時間も経っていない。その速さに驚いてしまった。


糸で縫っている南淵先生。(撮影:カムバックハート)

先生の頭越しから、生まれて初めて見た生きた心臓。大きさは両こぶしくらい。最近はTVの医療番組でも動いている心臓の映像を映し出すことがある。自分の心臓手術のDVDも何度も見ていたのだが、生の心臓を見るのはやはり感激深い。神秘性がある。無影灯に照らされたオレンジと朱色の鮮やかな筋肉の塊。僧帽弁は心臓の裏側の方に位置するので、まず右房を切開し、心房中隔から僧帽弁に到達するのだそうだ。僧帽弁の色の白さが目につく。とても人の体の中だとは思えない光景だった。例えると、臼の中に横たわっている楕円形のお餅のようなイメージかな。いや、ちょっと違うか・・・いずれにせよ、とても愛らしい対象物であることは間違いない。

手術室の無影灯は相当な熱を放出しているようだ。露出されている心臓を冷やさない為には丁度良いのかもしれない。だが、外科医は熱の暑さで大変なのではと思った。


器械を置く台。真ん中あたりに弁輪が置かれている。(撮影:三つ葉葵さん)


使った後の開胸器。これで切開した胸骨を左右に開いて心臓を露出させる。(撮影:三つ葉葵さん)

深津さんの手術室での仕事ぶりは上述の専門書に付属しているDVDで見ていた。それを今回は生で拝見。やはり、手術の進行状況を完璧に理解し、絶妙なタイミングで各種器械を外科医に実にスムーズに手渡している。TVドラマにあるように、「メス!」「メッツェン!」とか、外科医が器械の名前を呼んでから器械を手渡している訳ではない。そんな言葉は心臓手術の流れを理解していれば不要なようだ。

外科医もそうだが、深津さんは手術の最初から最後までずっと立ち仕事。しかも同じ位置からほとんど動けない。これは辛いと思う。一旦手術が始まれば、途中で休憩なんてできないし、トイレに行くこともできない。

そんな深津さんが、見学している我々に、時々視線を送ってくれたり、声をかけてくれたり、器械の説明もしてくれる。

 「これが送血管で、こっちが脱血管」
 「これが弁輪」
 「これが、胸骨を縛るワイヤー」
 「寝てる間にこんなことされてるって知らなかったでしょ!」
 という風に・・・


(撮影:三つ葉葵さん)

さすがにプロ。心臓手術を進行しながらも、見学者を相手にできる余裕が伺われる。

人工心肺の開始時と、離脱時は、外科医と臨床工学技士が人工心肺の微妙な操作のタイミングをお互いに声をかけて確認しながら行っていた。しかし、それ以外の手術の進行においては、臨床工学技士に対しても麻酔科医に対しても、外科医が声に出して何かを指示するような場面はあまりないと思われた。

マスクをしている為、術中の外科医、看護師やその他のスタッフの声は、もごもごしていてかなり聞こえにくい。専門用語を理解していない我々見学者には何を話しているのか理解できない。だが、手術室スタッフの皆さんは完璧にお互いの意思を理解して手術を進めている。

心臓の弁の修復は、心臓を止めている間に行う。心臓が動いている時に逆流が起きないことを想定しての修復作業だ。だから、形成術による修復がうまくいったかどうかは、再び心臓が動き出してみないと分からない。心臓が再鼓動しはじめたら、南淵先生は、麻酔科医のところにある心エコーの画面で修復した弁の動きを入念に確認していた。滅多にないそうだが、もしこの段階で漏れがまだ見つかると、再度心臓を止めて修復し直すのだそうだ。妥協はあってはならない。


(撮影:三つ葉葵さん)

手術は予定通り進行したようで、今回の手術で私の眼にはリスクらしいリスクは全く見えなかった。そうは言っても、心臓手術。失敗の許されない緊張感の中で、経験のあるスタッフによる見事な手術手技のお陰でそうしたリスクは当然のように回避されていたのだろう。心臓手術、それは、職人が行う実にアナログな技。ビデオを見ればそれは分かるが、現場に立ち会って、なお一層その認識が深まった。

逆流の漏れがないことをテスト確認し終えて、後は胸を閉めるだけという段階になると、南淵先生が別の先生にバトンタッチ。我々の近くにやってきた南淵先生と少しお話し、素早く記念写真を撮らせて頂いた。


三つ葉葵さんと南淵先生と私(撮影:看護師さん)

胸骨をワイヤーでぐるぐるに巻いて綴じ閉める場面はやはり関心が大きかった。レントゲン写真を撮ると自分の胸に入っているワイヤーが白く写る。見た目は、普通の針金。少し野蛮なくらいに取り付けてペンチのような器具でプチップチッと切り落としていた。当然、やすりがけなどしない。止血作業を行い、胸の皮膚を縫い閉じる手術終盤に差し掛かると、外科医と器械出し看護師以外は手術室の後片づけと掃除に取り掛かる。人工心肺は次の使用に向けて整備される。使用したガーゼの枚数や器械の数をカウントし、それらが体内に留置されていないかを確認。消耗品や器材の整理を行い、手術記録の書類の記入を行う。

いよいよ創を消毒してテープを張れば手術終了という段階で、掃除の邪魔にならぬよう手術室を退室した。手術開始から約3時間15分。

手術室から出た時の充実感、達成感は大きかった。決して我々が手術をして患者さんを治療した訳ではないのに・・・

好奇心と緊張感で気持ちは張っていたが、手術中ずっと立っていたので足腰は疲れた。更衣室で着替え、控室のソファに座りこむ。近くのソファに深津さんも座りこむ。普段、外来でも手術室でもきびきびと動いている深津さんが、手術後はさすがに疲れるのかソファに座りこむのを見て、この仕事は本当に厳しい肉体労働なんだなと思った。一日に複数の手術が行われることもあるので、一日の仕事が終わる頃にはヘトヘトになることだろう。「現場の労働者よ!私たちは!」とは深津さんのお言葉。


私と深津さんと三つ葉葵さん(撮影:カムバックハート)

貴重な体験の機会を得られた今回の心臓手術見学。このブログでの報告で、(元)心臓病患者の方々に心臓手術に対する理解を得てもらいたい。少しでも不安を減らして、患者自らが信じて決めた心臓手術という治療に立ち向かっていくための参考になれば幸いだ。

今回ブログに掲載したほとんどの写真は三つ葉葵さんが撮影されたものだ。私が撮影したこの日の貴重な写真は、暗室プリント作業を経て、来るべき「(元)心臓病仲間のポートレート展」で公開しようと思っている。

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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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