「闇にあっても光を」 関 茂子

心臓病掲示板「たけしの部屋」にお勧めですと投稿者の方が紹介されていた本です。この度、著者のご親族様から、多くの心臓病関係の方に読んで頂きたいと本の寄贈を受けました。ご希望の方にお送りいたします。詳細はこちらの記事をご参照ください。 (2016.1.25 カムバックハート)

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「闇にあっても光を」 関 茂子著

私がまだ生まれる前、昭和39年に弁膜症が原因で僅か27歳という年齢で亡くなられた女性の体験記という内容を知り、気になって早速購入した。1973年に初版が発行されたがそれは絶版。関さんのご親類の方が多くの方にこの闘病記を読んでもらいたいとのことで昨年暮れに再出版された。

関茂子さん。幼少期の扁桃腺炎、リウマチ熱が原因で僧帽弁の弁膜症を発症。症状に苦しみながらも学校に通うが、入退院を繰り返し、27歳で亡くなってしまう。ご本人の弁膜症に患われた生活の様子や精神面の描写。ご家族や医者の対応。そんな状況でも徹底して軸から振れることなく自分の信念を通し続けている。弱さを見せる言葉を吐きながらも、実はキリスト教への信仰によって常に強靭な精神力を持ち続けている、そんな内容だ。

「病人がもう少し正しい医学知識を知っていたら、病気の治りも早いに違いない」
「私と同じ病と同じ苦しみを持つ人々、かっての私のあがきを再現するように、医学への知識の欠如と焦りがあり、信頼出来る医者を血まなこになって探していた。私はしばし医者?となって、これらの友の悩みを考え、祈った」と書かれている部分が特に印象に残った。

心臓手術を医者から勧められる場面もあるが、結局手術を受ける方向に話は進まない。当時の心臓手術は、治る可能性よりもリスクの方がはるかに高い賭けそのもの。弁膜症を心臓手術で治せるようになったのはここ数十年の話。人類の歴史の中で言えば、ほんのついさっき手術で治せるようになったばかりだ。

現在の一般的な弁膜症の治療方針は、逆流の度合いがある程度まで進行したら心臓が弱ったり合併症が発症する前に早めに心臓手術で治してしまう方向だと思う。では、手術を受けずに弁膜症が進行すると一体人の身体はどうなるのか。

関さんの場合は、下痢、嘔吐、頭痛、むくみ、胸の圧迫感、発熱、不整脈、血圧異常など、あらゆる苦痛の症状が周期的に発生し入退院を繰り返されたようだ。最後は脳梗塞で亡くなられている。今から思えば、術前の私の場合も、体の不具合や違和感が周期的にやってくるのを経験している。

毎日食事がとれる、仕事ができる、本が読める、地に足をつけて歩くことができる、太陽の光を浴びることができる、話をすることができる、手紙や日記を書くことができる、音楽を聴くことができる、パソコンやスマホを操作することができる、電車やバスで移動することができる・・・それら当たり前のようなことが考えようによってはなんとありがたいことなのか・・・

この本の帯や所々に関さんのモノクロ写真が載っている。肌に艶があり陽気で健康そうな普通のお嬢さんだ。本に書いてあるような病気に苦しんでいる人のようにはとても見えない。心臓弁膜症とは各自が内部に抱え込む疾患であり、それと闘っている現場は、身体の表面には現れず周囲からはなかなか理解してもらえないものかもしれない。

この本には心臓病に関係する方には何かしら思いを抱かせるものがあると思う。よくぞ再出版してくれたと感謝したい。興味持たれた方は是非読んでみてください。 「闇にあっても光を」 関 茂子著



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術後二十九回目の外来

術後、三カ月毎の外来診察は継続している。会社の同僚から、「いつまで病院通いが続くの?」と聞かれることがある。「予防の意味を含めて、心臓の病院通いは一生続くと思う。その方が安心だし」と答えると、「一生病院通いが続くのは大変だね」と、言葉に発せずとも周りのみんなはそう思っているようだ。ところが、その発せられない言葉に反して、我々(元)心臓病仲間の外来診察通いとは次のようなものである。①楽しく有意義な時間を仲間と共有し命のありがたみを想起できる機会であること ②心臓、健康、人生に対しての貴重な情報を得たり、行動をとる際の判断の材料になること ③全く予期せぬ人との出会いの場を得ること。当事者にしか理解してもらえないかもしれないが、外来診察は継続するに値するイベントだと思う。

東京ハートセンターの今日の外来。午前中の診察予約の患者さんが午後になっても診察が終わらず残っているのかロビーは患者で一杯。診察室が増えたり、処置室と呼ばれる採血・血圧測定を行う部屋や、心電図、心エコーの検査室のレイアウトが変更になっている。そのお蔭か検査の流れは幾分早くなったようだ。受付13時、一連の検査を終えたのが14時であった。そして、14時45分ごろから、2番診察室で南淵先生の診察が開始された。


(東京ハートセンターの入口右手にある小さな売店が残念ながら3/16で閉店になってしまうようです。床にハートハガーが山積み。近くにコンビニがないので少し不便になるかもしれませんね。)

現在服薬している薬(バイアスピリン、タケプロンカプセル、アーチスト、ワソラン、アロシトール錠)は朝食後に飲むのだが、ワソランだけは、一日3回、毎食後の服薬となっていた。朝は歯磨きの後に確実に飲むのだが、昼や夜は、たまに飲み忘れてしまうことがある。「できれば朝一回に全ての薬の服薬時間を統一したいのですが・・・」と、前回の外来で南淵先生に相談した。すると、昼は飲まず、夜はワソランに替えてヘルベッサーという薬を飲むという処方にしてもらった。ところが、そのヘルベッサー、どうも私の体には合わないらしい。現在、私の通常時の脈拍は約70回。それが、ヘルベッサーを飲んだ翌日、脈拍が40回くらいまで下がり、息苦しくなった。頭もボ~とする感じ。最初その原因がその薬のせいだとは分からず、3日続けて同じような状況が続いたのでようやく「この薬は合ってないな」と自己認識した次第。結局その後、ヘルベッサーは飲まず、昼夜共にワソランを服薬しないで3か月過ごしてみた。体調に問題はない。そのことを今回の外来で南淵先生に伝えたところ、ヘルベッサー、ワソラン共に服薬中止になった。よって、めでたく薬が1種類減ることになった。薬の数が減るということは患者にとって嬉しいものだ。

エコーの検査結果も問題なし。血液検査も綺麗な結果だった。午前中食事したにも関わらず、コレステロール(HDL、 LDL)、中性脂肪、血糖をはじめどれも数値は基準値内で良好。かつて、これらの数値が上限基準をやや超えてしまう時期が術後もあったが、今の食事のパターンがあっているためなのか数値は良好だ。

話は変わって、葉山ハートセンターの磯村先生が退職されたそうだ。同時に葉山ハートセンターの数人の医者やスタッフも居なくなった模様。磯村先生の手術を受けて、術後も葉山で外来診察を受けていた常連の(元)心臓病仲間の一人から、磯村先生の行き先の情報はないだろうかと先月から連絡をもらっていた。4年程前に、南淵先生が突然大和成和病院を退職された時のことが私の頭に蘇る。定期的に診てもらっている医者が異動してしまうことは患者にとってショックだ。結論としては、次の異動先の病院に追いかけていくか、新しく信頼できる医者を新たに見つけ出すしかない。そんなホットな昨今の話題の中、今日の外来後のイベントは葉山ハートセンターで手術を受けられた(元)心臓病仲間5人を交えての食事会。定期的に会うKeloさん、tanyさんと久しぶりに再会したMさん、前回術前にお会いして今回は術後半年になるゆきにゃん(女性は術前術後で大きく変化しますね~)、そして、集まりでみんなの話を聞いてみたいという連絡を頂き、今回はじめてお会いした質問好きのSさん、そして、いつものUNE燦々、マダムアリスさん、三つ葉葵さん。



相変わらず最初からテンションは高く会話が弾む。KeloさんとSさんは、磯村先生の次の病院を見つけ出し、既に外来予約も入れたとのこと。以前から地元の循環器内科医に外来をお願いしているtanyさんはそこで継続、これからどうするかしばらく検討だなという残りの方々。今日参加されていないが、東北在住で葉山ハートセンターで心臓手術を受けられた方は、東京ハートセンターへの転院を決断されたとメール連絡頂いた。(葉山に比べると東京ハートセンターの建物や部屋は都心の場所柄かなり小さいです!驚かれないように。でも心臓病専門病院としての質の高さは葉山と同じだと思いますのでご安心の程。)
皆さん、それぞれが情報を集めて判断してどうするか自分で決めていくだけのことですね。

それ以外にも今日は色々為になる話を聞くことができた。17年間続けてやっと分かったボランティアの真髄というUNE燦々。術後、これまでの仕事に違和感を感じて思い切って退職。児童のケアを行うお仕事に方向転換されたMさんのお話などなど。外来診察&(元)心臓病仲間との会話は継続するに値するイベントなのだ。



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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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