心臓手術と自分自身の変化

先日の考心会で講演された佐々木閑先生の「日々是修行 -現代人のための仏教100話-」という著書を読んでみた。

佐々木先生の講演を聞くまで、私は宗教や仏教とはなんぞやということを全く理解も想像もできていなかった。

たまたま、私が通った高校はプロテスタント系キリスト教を基本に据えた学校であった。校則は無いに等しく極めて自由な校風で、海外からの帰国子女が全校生徒の3分の2を占めるような特殊な学校であった。毎朝、礼拝堂で礼拝の時間があった。聖書を読んだり、牧師さんの説教を聞いたりした。3年間毎朝礼拝に出席し、週に一回、聖書という教科が時間割に盛り込まれていたが、残念ながら、そのことから自分の生き方に影響を与える何かを得たという認識はない。

日本の一般の学校教育において宗教教育は為されない。日本の若者は、通常、宗教というものに対する免疫を持たない真っ白な状態で成長し世の中に送り出される。私自身もそうであった。そうした人間が知らぬ間に特殊な宗教団体に洗礼されて危険な目に合うことがあるそうだ。大事なのは、自らは宗教教育を受けていないという自覚を持つことであり、それが、宗教を客観的に見る目を養うと、佐々木先生は書いている。

今の私には、苦しみや不安をなくしたり軽減させるためのよりどころとするべき新たな方法は必要ないと感じている。それは、心臓手術を経験したことによって、自分自身が変わり、死や病気といった苦悩に立ち向かえる気概が術前に比べると少しは備わったからだと想像する。

仏教の、悟りを得る、ということほどのものでは当然ないと思うが、心臓手術というイベントを乗り越えることによって、それまでの自分自身とは違ったモノの見方や考え方が自然と行えるようになったのは事実だ。

仏教で、悟りを得るには、修行というトレーニングが必要だそうだ。我々は理不尽にも心臓病と宣告された。病気を理解し、手術を受けるに至るまでに病院や医者を探し選択し、そして、入院~手術~退院、リハビリ、そして社会復帰するプロセスを経てきた。こうしたプロセスを着実に自らの力で乗り越えるということは、仏教で言うところの修行とひょっとしたら何か共通する意味合いがあったのかもしれないなあと、佐々木先生の本を拝読して思った次第である。

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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

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南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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