たかしげさんの2度目の「心臓手術の決断」

人生で2度の心臓手術を経験された、たかしげさん。その2度目の手術の前に私はたかしげさんと会っている。2度目の手術を受けるか否か深く悩まれていたその時期だ。結果として、手術を受けることをご自分で決断され実行。術後約1年を経て、先日の第四回(元)心臓病仲間の集まりでは丸で別人かと見違えるように元気な様子を拝見することができてとても嬉しかった。

そのたかしげさんからの、「心臓手術の決断」についての手記を頂いたのでご紹介させて頂きたいと思う。

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「心臓手術の決断」

曲がりなりにも喜寿と金婚まで辿りついたシルバー爺はいろいろな人生の岐路に出くわし、なんとか腹を括って決めた方向を歩んできた。自分の手腕や努力でどうにもならないことに決断を迫られることが人生では少なからずある。それは47才と77才の心臓手術だった。医師の診断と手術の奨めにどう決断するか迷う。

47才の時は「大動脈弁」を人工弁に置換手術。中学入学時の検診で心音が異常だと言われながら健常者と同じように仕事にスポーツに励んできた。世帯盛り、男盛りの今「どうゆうことなんだ!」と愕然として心臓の働きや手術の知識を知ろうとした。当時は市販の医学書から知識を得るのみで医師の説明を耳で聞き理解に努めたが素人には難しい。目で分かるのは胸部レントゲンとエコー検査、心電図のアウトプットだけだ。心臓の大きさが常人より肥大していると指摘された、正常の大きさは?初めて視る心エコーの画像で大動脈弁が開き閉じている動き程度は分かるが正常、異常はよく分からない。「人工弁置換手術だ!」と医師に言われ疑いと不安を混じえて「ハァー?」と反応して直ちに系列の大学附属病院入院の手続きが進められた。胸を切り開き心臓に25mmの人工弁を縫い込む大手術を受けるにしてはあまりにもあっ気ない決められ方だった。心配は膨(ふく)らむ。

息苦しさはない、一時(いっとき)の細動のような症状もない、仕事は大きなプロジェクトで連日残業勤務、晩酌は疲労回復に欠かせないと勝手に決め、たまには仲間と酒盛り、空きベッド待ちも忘れるようだった。こんな毎日だから手術の切実感はない。心臓を切開して人工弁を縫い込まれる危険性に迷いや不安を意識している暇はないほどクレージーな業務だった。周囲も他人事だからか無関心だ。自分の躰にメスが入るにしては医師のペースで同意書にサインした。

術後30年、医術は進歩しネットで心臓の知識も知った。定年退職し趣味に明け暮れ悠々の毎日だったが、息苦しさ、歩行困難、肩で息をする会話、むくみの症状。これを裏付けるように既設人工大動脈弁は改修術が必要、僧帽弁狭窄、三尖弁不全、大動脈瘤が発覚し、心臓が大きく癒着していると診断された。あまりにも患部の多さにいよいよ年貢の納め時かと思った。

手術リスクとして総合すると18.9%と宣告された。なんで0.1単位のリスクが告げられるのか、訊いて答が出てもリスクは下がらない。患者の心理を見極めて医師の裁量で高低する場合もあるとネットで知った。が、極めて高いリスクだ。

21世紀に入って10年余の時代だ。メディアやインターネットは普及し知らなくても良いことまで耳目に容赦なく押し寄せて来る。開発された医療機器、医術、医療事故など図解入りで素人でも分かり易く載っているし、進歩と安全も説明されている。

一方医療ミスや医療器具操作ミスも知ることになる。神の手医術と崇められる医師の存在。その病院の実績と評価。インフォームドコンセント。セカンドオピニオン-------と医師、病院の選択は便利になったようだが情報過多が逆に選択に迷いが生じいろいろ知って怖さが増し決断が鈍る。

ものつくりで生きたオトコは“ヒヤリハット”を体験しこの心掛けを頭に叩き込まれて安全と品質を確保してきた。心臓はメカニカルな臓器でポンプ機能やエンジン機能が弁の腱索、開閉、筋肉、血管、神経などで複雑に構成され規則正しく脈動して人は生きているのだ。
こと、心臓手術に関しては“ものつくり”と似ていると思う“ヒヤリハット”は医術の世界でも起こりうることで同じだろう、ヒヤリハットが重なれば致命的だ、特に心臓手術は生命の根源の部位で精緻を極める技を必要とする。

医の分野で神の手と崇められている医師でも人の子だ、多忙過労、体調、心痛などの悪コンデションもありうるだろう。ましてやプロジェクトチームでの連携プレーだ。一人の未熟や医療機器の操作ミスが致命的になる場合もあるだろう。

また、ものつくりの分野では技術の伝承や若手育成は必須だ。同じように医術の伝承で若手医師が担うこともあるだろうと思う。どの分野でも読み書きソロバンだけでは匠になれない経験実績が不可欠だ。病院内部の事情は患者にはつんぼ桟敷で分からない。患者は結果良ければ全て好しだ。

これらいろいろなことを考えると不安と心配が増し決断は鈍る、何を優先して何を妥協して決断するか患者の置かれた環境と死生観かもしれない。永年苦渋や清濁ごちゃ混ぜに体験して生きてきたシルバー爺でも医の実状や病気の知識を知れば知るほど決断が鈍る。

二人の子供の家庭は皆健康で健全。俺にもしものことがあったら悲しむだろうが俺には後ろ髪を引かれるようなことも悔いはない。病弱と言われながらも古稀まで働き、喜寿まで生きてこられた。誇れるものはないが、反面恥じることもない。でも後10年位は連れ添って援けてくれたカミサンと共に暮らしたい。手術を360度の視点から熟考した。

俺の不安顔に主治医はセカンドオピニオンを投げかけてくれたが、病院や医師の選択に素人がエネルギーを費やして比較調査しても限界があるし紹介制度の兼ね合いもあるだろう。結局は15年間術後の心臓病をフォローして頂いた主治医を信頼しリスク18.9%で成功の保障が無いままに手術同意書にサインし決断した。人工心肺の援けで13時間の手術を終えた。そしてオペ後一年を経過してポンプヘッドの兆候もなくこんな文章を綴れた。
         了
たかしげ 2012年6月    

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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

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ブログ開設: 2008年12月
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南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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