越後人さんの回顧録 Part 6

越後人さんの回顧録 「その26~30」です。

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◆回顧 その26

過去に幾度の入院や手術を経験した。
①左膝前十字靭帯断裂による再建手術
(昭和63年8月、平成5年6月、9月)
②右アキレス腱断裂→手術(平成14年5月、9月)
③左上腕神経腫瘍摘出手術(平成22年9月)
④感染性心内膜炎
(平成21年7月入院)
⑤大腸憩室炎入院
(平成22年11月)
入院、手術に関しての経験値は割りと高いと自負してる。
それ故、術後の生活方法、心構えはわかってるはずであった。
が、しかし、今回ばかりはセルフコントロールが出来ず、制御不能。

8月の下旬の頃である。相変わらず私の精神状態は停滞どころか下降。
家の中では殆ど会話もせず、殺伐とした空気を醸し出していた。
近寄りがたい雰囲気、負のオーラを自分から造り出してる。
唯一の楽しみは、
日本海に沈む夕陽を眺めながらの散歩くらい。
心が和む。

しかし、
家に帰れば同じ状態。

自分ではわかっている。
こんな状況を続けてるようでは家族を崩壊させてしまう…と。
なんとかしなければ…

ある日の夜、
こんな私を見兼ねた妻が言った。

『最近、笑ってないね』

……。

『聞こえないフリしてるの?なにしてるの!』

……。

『越後人ちゃん、手術の時輸血したら性格まで変わったんじゃないの!?』

性格…これに反応した。

『あぁ〜っ(怒)!
うるさいぞ!!放っといてくれ!!』

私は怒りの感情を剥き出しにし、
妻に更に言った。

『よく平気でそんな事を言えるな!考えてものを喋れ!お前に、俺の気持ちなんかわかるのか!』

瞬間、
妻の目から涙が…

私はそれを無視するかのように寝室へ逃げ込んだ。
怒りと興奮で震え上がり、真っ暗な部屋は出口の見えない私の心を表すかのようである。

◆回顧 その27

腹立たしさ、悔しさと様々な感情で眠れなかった。また、
なぜこんな辛い思いをしなければならないのかと自分を責めた。
悲劇のヒロイン気取りである。
そこには妻や娘の思いなど考える余裕も全くない。それどころか、
裏切られた感覚が私を支配する。

ある日、海岸で散歩してる時、家族をみかけた。
小さな子供を抱っこしてるお父さん、それを傍で微笑みながら見守るお母さん。とても微笑ましい光景。
それを見てた私は、
しばらく娘を抱いてない、家族でこうして出かけたりコミュニケーションをとってない、と思った。
瞬間、
あの夜の事が頭を過ったと同時に何かが弾けた感じがした。

何もわかってないのは自分だ。ここまでこれたのは妻や娘、みんなの支えがあったからだ。

謝ろう…。

本当に申し訳ない事をしてしまった。

謝ろう…。

家に戻り妻に言った。

『たくさん迷惑をかけてしまいスマン。まだ時間はかかるかもしれないけど、頑張るから』と。

妻は微笑みながら私に言ってくれた。

『がんばろうね!私達がついてつから大丈夫!』

腕のよい外科医、効きのよい薬、
そのどれよりも優る、心のこもった言葉。

私は涙を溜めながら心に誓った。

必ず復活する…と。

◆回顧 その28

それから復帰への階段を登り始めるべく、
目標を自分に課した。
①家族との会話を増やす
②笑顔を絶やさない
③極力、外へ出る
④体力向上→ウォーキングの距離、スピードを上げる。
⑤10月から仕事に復帰し、岩船祭りに参加。

些細な目標かもしれないが、私にとっては十分すぎる目標である。
大きな飛躍は要らない。一歩ずつゆっくりと復帰への階段を歩めばよいだけなのである。
焦る必要もない。

③に関しては特にやり過ぎたかもしれない。
退院から1ヶ月は車の運転を控えていたが、
解禁と同時にあちらこちらへと動き始めた。
決まって午前11時頃からマスクをし、ハートハガーを装着しパチンコ屋へ。
これも復帰へのリハビリを兼ねてだとそこへ通い始めた。
ほぼ毎日である。
しかしながら、
夕方はウォーキングの時間である為、5時には帰宅。
趣味なのだろうと言われれば否定も肯定もしないが。
④についてであるが、
退院直後は20分程度のウォーキングであったが、
それを30分に延ばし多少速めに歩き始めた。
術後1ヶ月以上経過した8月下旬の頃になると血圧、脈拍も安定。
体力がアップしてる事を感じられるようになってきた。

目標を明確にし、それを実行し結果を出す。
忘れていた感覚を取り戻してきた。

焦るな…
焦るな…

ゆっくでいいのだよ…

何度も自分に言い聞かせた。

◆回顧 外伝 part9

先週の金曜日、定期診察の為、東京ハートセンターへ行ってきた。
お盆明けということもあり、外来は患者さんで溢れていた。
待合室で、ある冊子に目がいく。
それは、
東京ハートセンターの新しいパンフレットである。
その中で南淵先生の紹介ページで興味深い文章があった。
それを抜粋してみた。
『患者様へのアドバイス』

①「まだ心配ない」で損をする。

どのような治療も、早期発見、早期治療でよりよい効果、少ないコスト、永続的で良質な生活の質を期待するこ

とができます。
悪化する前の段階で、せっかく病気が見つかったのに「まだ大丈夫!」で放置すれば、そういった「完治」の可

能性を日一日と減弱させてしまう……

②病院を上手に使う

どのような医療機関にも得手不得手があります。そんな病院の存在価値、機能をうまく利用して皆様の健康維

持にお役立てください。
ある程度の診断まではするが、それ以降の段階の、リスクを伴うかも知れない医療行為は努めて回避する医

療機関もあります。
社会において、それぞれの医療機関がそれぞれの使命を担っていると言うべきでしょう。

以上、抜粋。

誰しも『患者』という立場になる可能性はある。
また、自分の生命を賭して病気と闘わなければならない時がやってくるかもしれない。
その時、
医療機関、医師に全てを任せてよいのであろうか。
確かに、治療してくださるのは病院、医師である。
しかし、『闘う』のであれば患者自身もそれに相応しい『心構え』『知識』が必要である。

そのようなことを再認識、痛感させられた1日であった。

◆回顧 その29

『焦るな』と自分に言い聞かせながら、社会復帰の為のリハビリを日々繰り返していた。
9月下旬の頃には胸骨の痛みが少なくなり、
退院後毎日測定してた血圧、脈拍も安定してきた。
また、術後初めて地元の主治医の診察を受けた。
医師は、
『お久しぶりです。』と言ってくださった。
東京ハートセンターでの状況はメール等で連絡があったようだ。

私は医師に言った。

『先生、帰ってくる事ができました。先生のおかげです。これからも診察をお願いします』

もちろん、
今でもこの医師には世話になっている。

そして、
手術から3ヶ月の10月。季節はとうに秋。
私の身体が日々回復してる事は実感している。
また、この月は『岩船大祭』という祭りが開催される。幼い頃から参加してる祭り。
今年はそれも参加は出来ないなと諦めていたが、
10月に入った途端、疼き始めた。

『少し…なら、参加してみようかな…』と。

この祭りの歴史等の説明は長くなるので割愛するが、早朝から翌日まで行うロングランである。
家族には、
身体に疲れ、異変を感じたらすぐに止めるという事で了解を得た。
そして10月19日早朝、法被に袖を通し参加。
途中、
何度か帰ろうかと思いながらも、結局最後まで祭りに参加できた。

これは相当な自信となった。術後、初めて世間と触れ合い、また最後まで参加できたという事実。

社会復帰という目標は最終段階まで来てる。

◆回顧 その30

心臓病だと告げられ、この先があるのかと悩み、苦しみ、そして手術の決断をし成功。
長いリハビリを経てようやく11月に社会復帰を果たした。

ここまでの様々な経過、心の葛藤などを回顧1〜29で書いた。

心臓病の発覚後、
病院を探し、選択をし、どうすれば納得のいく治療が受けることができるのかを自分なりに探し、見つける事が

できた。
心臓病・心臓手術というキーがなければ決して交わることのない南淵明宏医師との出会いは
衝撃的であり、運命、宿命なのかもしれない。
この先生との出会いが私の病気に対する考え方の価値観を変えたと言っても過言ではない。
ある番組で興味深いコメントをされてた。

『病気は命の商取引です。遠慮なんかしてられない』と。

例えば、
大事な家族、本人が生命を脅かす病気にかかり、なすがまま、されるがままでよいのか。
確かに、治療をしてくださるのは医師であり病院。
しかし、命を懸けて病気と闘う為には医師、病院に遠慮なんかしてられない。
患者として疑問に感じることは医師に投げかければよい。
その積み重ねにより、病院、医師との信頼関係を築きあげる事が大事であると思う。

もし、大事な家族が生命を脅かすような病気になった時、私はこの姿勢で臨むことは間違いない。

つづく・・・

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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の49歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者やカウンセラーではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
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このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

コルコバード


南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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