手術翌日

翌朝は、ICUで8時にいきなり朝食。3分粥のご飯におかずとヨーグルト。確か、完食したはず。心臓は手術したものの、胃腸は元気なので、腹は減るのか?

左手に点滴の管があるので、右手でスプーンを持って食べた。左利きの私は、右手に点滴されてれば楽なのになぁと思う。

夜勤の看護師さんが帰宅される時間が近づいてきた。日勤の看護師さんとの引き継ぎ。話を盗み聞きする限り、特に問題はなく順調なようだ。そして、一晩面倒を見てくれたIさんが帰ってしまった。実はそのIさんの前に、前日、まだ麻酔から意識が戻る前にお世話になったICU看護師さんがいたのだ。これは後日、家族が撮っていた写真を見て分かった。合計3人のICU看護師さんにお世話になっている。

その後、エコーとレントゲンの検査をICUのベッド上で行う。ベッドの背をあげて座った状態で検査を行うのだが、その姿勢をとるのが体の自由が利かず大変だった。エコーの先生曰く、「逆流は止まってますよ」とのうれしい言葉。ICU看護師さんの夜勤から日勤への引き継ぎ時にも、「MR(僧帽弁逆流)は無くなっている」と言っていたのが聴こえたので、かなりホッとする。だって、この為に手術受けたのだから。

その後、体をタオルで拭いてもらい着替えをして、管も何本か抜いてもらう。スワンガンツカテーテルや、ドレーンは、医者が抜くが、尿管は、ICU看護師さんが抜いた。尿の管を抜けるタイミングは、管の栓を閉めて尿が膀胱に貯まるようにしておいた状態で、患者自身が尿意を感じれるようになった時らしい。

その後、朝11時にICU退室になることを伝えられる。思っていたより早くて驚く。一般病棟に移ると最初はベッドの周りのものを取るのも大変そうだったので、看護師Kさんにお願いして、家族に電話して来てもらうことに。ところが、家族の携帯がつながらない。後から聞いたら、家族は既に病院に向かって来ていて、電車の中だったので応答することが出来なかったらしい。病院からの電話メッセージが残っていたので、容態が変化したのではないかと驚いたらしい。

という訳で、手術終了から23時間後の翌朝11時に、ICUから自分で立って歩いて一般病棟に移動することができた。ICUのベッドから立ち上がる時は、血圧や心電図を取り、看護師とリハビリの理学療法士の方に付き添ってもらい、ハートハガーのハンドルを閉めて、息を吐き出しながら自力でゆっくりと立ち上がった。立ち上がってしまえば、スタスタと歩ける。そのまま、ナースステーション前で体重測定。術前に比べて3kg増加していた。手術すると、血管から水分が体内に漏れ出して水膨れの状態になるのが普通らしい。だから、利尿剤でおしっこをたくさん出す必要がある。術後3日目には元の体重に戻った。
一般病棟の看護師さんから、「お帰りなさい!」「歩く姿勢がいい」と声を掛けられ、ありがたかった。

ICU、そこで働く看護師さんはすごい。何がって、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが。生命の強さを測るバロメーターがあるとすれば、健康な人を10割とすれば、手術前には病気で9割くらいだったのが、手術後には体内への侵襲によりどん底近くまで落ち込む。それをあるレベルまでいち早く立ち直らせるのがICU看護師の仕事。いい加減な気持ちでは出来ないだろうし、医学知識も医者に準ずるくらいあるのでは?ということで、ICUの看護師さんにはホント感激してしまったのだ。

「ねぇ、○○先生、この患者さんの薬、これでいいよね?もう管抜いていい?」なんていう、若い医者へのタメ口トークが微笑ましかった。

「ICUシンドローム」なんてのがあるらしい。術前に抑えていた不安な感情が、術後に爆発してしまい医者や看護師にあたりちらす患者が中にはいるらしい、という予備知識を本で得ていた。

自分の場合は、麻酔のせいなのか、手術を終えた達成感のせいなのかは分からないが、ICUにいた間は、気分はかなり高揚していたと思う。看護師さんへ甘えたくなる男性心理もあったかも。うまい酒を飲んで酔っているオヤジの気分に近いかもしれない。周りの人と陽気に話をしたくなる。普通病棟で看護師さんと話をする時は敬語を使っていたが、ICUではとてもじゃないが敬語を使う余裕はなかった。気管に入っていた管の影響で声が出にくいし、連続して言葉をしゃべると辛い。だから、敬語ではなくてできるだけ短い言葉で意思を伝えたいと考える。最も、おじいちゃん患者は、自分の子供ような年齢の看護師さん相手だと、いつでも普通言葉でしゃべってるけど。

今度の一般病室は、ナースステーション前の特等席。手のかかる状態の患者は極力ナースステーションに近いところに置かれるようだ。この部屋、残念ながら、ナースステーションの機器の音や、医者や看護師の話声が頻繁に聞こえるので結構うるさい。だけど、自分の体の回復に努めるのが精一杯で、それを感じている余裕はまだなかった。

電動で背もたれの角度を変えられるベッドは必需品。小便は尿瓶(しびん)を使って。点滴と利尿剤のせいか、相当量の尿がでる。その日の夜には、トイレまで点滴を持って歩いていけるようになった。一時間、一分、いや、一秒でも時間が経つとそれだけ体が回復してくるのを実感できる。だから、「時よ早く経ってくれ!そうすれば体が楽になるから・・・」の気持ちで一杯だった。

昼食は3分粥で、夕食は5分粥。少し残す。

夜、寝るときは、時々体の向きを変えるために、看護師さんにクッションを持ってきてもらった。同じ姿勢で寝ていると、背中が結構痛い。

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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の49歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

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南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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