鼠径(そけい)ヘルニア手術体験記 その2

鼠径(そけい)ヘルニア手術体験記事の続き編です。
正直、今回の手術を少し甘く見ていました。想像以上の術後の辛さを味わうことに・・・

2012.11.15
手術当日の朝。5時半に起きる。自宅の窓から外を見ると秋晴れのすがすがしい透明感のある朝。朝風呂に入った。体を丁寧に洗う。6時前に水を少し飲む。それ以降は水分を取ってはいけない。



8時前に自宅から徒歩で病院に到着。2階受付へ。入院証書と保証金5万円を預ける。救急外来の窓口付近のソファで少し緊張しながら暫く待つ。看護師さんに呼ばれて診察室の中へ。そこでいきなり青色の手術着に着替え。手術同意書や麻酔同意書を提出。検温と血圧測定。普段正常な血圧が異常に高い。160-110、深呼吸して再度測っても145-110。三度目も同じくらい。術前の緊張のせいか?いや気持ち的に緊張はしていない。明らかな高血圧値。つまり、休薬しているアーチストやワソランが普段の私の血圧を押さえてくれていたのだ。日頃の服用薬はただの予防薬ではなかったのだ。

点滴を左手手首に刺す。採血の針と違って、点滴針は血管の中をかなり長く刺さなくてはならない。看護師さん、一発でうまく決めてくれた。うん、お上手!そして、9時前に4階にある手術室へ。手術室入口に看護師や家族に付き添われた患者が3組ほど待機していた。どうやら朝9時開始の手術のラッシュのようだった。手術室フロアには4つくらい手術室が並んであるそうだ。9時丁度に入口で自分の名前、生年月日と受ける手術内容の確認が手術室看護師と麻酔医によって行われる。手術内容も鼠径ヘルニアというだけではなく、右側なのか左側なのかちゃんと部位も確認をとっていた。確かに間違って正常な方を切り開かれでもしたら問題だ。ここまで付き添ってくれた看護師さんに目で挨拶をして、そのまま点滴を持って手術室へトコトコと歩いて入場。

手術室は結構広い。学校の教室くらいの広さかな。ど真ん中に手術台。これが自分の舞台。言われて早速仰向けに寝転がる。あとはされるがまま。BGMというかラジオの番組か何かが流れていたと思う。心臓手術の時には強く匂った消毒薬の臭いはあまり感じなかった。ヘルニア患部の術野を撮影するビデオカメラも手術用照明灯の横に見えた。顔にマスクを置かれ「では麻酔を流し始めますよ」の声で、手術室看護師さんの顔が段々と歪み始める。数秒後、もう意識は無かった。

手術中は、沢山夢を見た。だが、その夢が何だったのかは今となっては全く思い出せない。

「手術が終わりましたよ」と周りで甲高く叫んでいる看護師さんの声で目が覚めた。

覚醒後に尋ねた質問は次の4つ。これははっきり覚えている。

「執刀医はどの先生ですか?」 (どの先生が執刀するのか術前結局分からず仕舞いだったから)
「○○先生ですよ~」

「ここはICUですか?」(手術室で麻酔が覚めると聞いていたのにそれっぽくない場所だったから)
「そうですよ(正確にはHCU)」

「今何時ですか?」(手術時間はどれくらいだったのだろうか)
「12時20分です」

「おしっこの管は入っていますか?」(尿が溜まっている感じがする。このまま出してもいいのだろうか)
「は~い、ちゃんと入ってますよ」

案外冷静に色々なことを考えて発言していたなぁと思った。覚醒すると意識ははっきりしていて、喋ったり聞いたりした言葉が記憶にかなり残っている。

11時半くらいに手術は終わったようだ。執刀した先生からの手術報告を家族が聞き、12時頃、目が覚めた自分と面会した。場所は、10階のHCUのベッドの上だった。

手術当日のHCUでの滞在は辛かった。ヘルニア手術如きと少し甘く考え過ぎていたようだ。一泊二日の入院なので、当然手術当日の夜にはもうピンピンして動き回れるものかと思っていた。暇つぶしの読書用の本まで持参してきたのだが・・・

辛さの度合いで言うと、心臓手術でICUから一般病棟に戻った最初の日くらいの辛さ。体が動かせず、ベッド上で寝たきりで背中が痛い。麻酔のせいなのか、お腹が異常にムカムカするのも辛かった。周期的にムカムカ感が襲ってくるので、そのピークになるとお腹が熱くなり気分は最悪で、眠ろうと思っても眠れない。37度半ばの発熱があり頭痛もする。

夕方までそんな感じで苦しみながらベッドでただジッとしている。時間と共にお腹の切った部分の創が痛み始める。我慢するのが良いのかと結構頑張っていた。

担当の看護師さんが、「そろそろ痛み止め入れましょうか?」と、耐えるのが辛くなったタイミングで聞いてきたので、「はい」と頷いて返事した。その看護師さんが、これまた良いタイミングで、「ベッドを少し起こしてみましょうか?」と、パラマウントの電動ベッドの角度を2回に分けて少しづつ立てて起こしてくれた。それまで寝たきりで辛かった背中やお尻や腰への負担が減って気分がかなり良くなった。熱が出てくるとすかさずアイスノンを持ってきてくれた。この看護師さん、患者が言いたいこと、やって欲しいことを丁度良い絶妙なタイミングで先回りして行動してくれた。とても素晴らしい!


(見舞い客撮影)

HCUは10床くらいあるようだ。カーテンがかかっているので隣のベッドの様子は見れないが声の感じや会話からすると周辺の患者はご老人ばかりのようだ。耳が遠い方が多いので、それらの見舞客の声を大きくて煩い。また、結構我儘なご老人が多い。医者には、「先生よくしてくれました」とペコペコしているが、看護師には態度を変えて我儘加減を振り回しているような感じ。ナースコールは頻発しているし。皆さんがそうではないが、尊敬に値する強いご老人という感じの方の存在は残念ながら今回は感じられなかった。そんな我儘な患者にも気持ち良く対応している看護師さん達はやはり素晴らしい!


(見舞い客撮影)

勇患列伝の強い患者達のイメージを思い出しながら、自分の体力の回復を待った。心臓手術後と同様に、例え1分でも時間が経つ毎に回復の度合いが進行するのが実感として分かる。しかし、手術当日の夜には、ほんとにこんな体で予定されている明日の午前中の退院ができるのだろうかと真剣に思っていた。

18時頃、夕食。美味しい。3分の2くらい食べる。塩シャケ、ごぼうのキンピラや野菜の炒め物に白い普通のご飯。

バイアスピリン以外の心臓の薬はここから服用を再開。加えて、痛み止めのロキソプロフェン錠60mgと胃薬のムコスタ錠100mgが4日分処方された。

19時前にお見舞い客が来院。回復途中だが、この頃はまだ辛かったなぁ。


(見舞い客撮影)

22時消灯らしいが、早めに睡魔がやってきた。普段仰向けではなくて体を横に向けて寝ているが、今日はその姿勢が取れないので辛い。周りの爺さん婆さん患者達も静かになってきた。

足に血栓が出来て血管に飛ぶのを防止する為に足を締め付ける靴下を履き、フットマッサージ機のようなものが術中からずっと両足に装着されて動いている。周期的に圧力がかかって片足づつ締め上げる感じ。これは、一晩中装着が続いた。

確かICUは24時間消灯がなかったと記憶しているが、HCUはそこそこ照明を落としてくれる。夜中は1時間毎くらいに目が覚めるが、まずます眠ることができた。

2012.11.16
手術翌日の朝、6時前に眼が覚める。点滴液自体は昨晩で終わっていたが、念の為、針だけ腕に刺したまま留置されていた。その点滴針を外し、心電図も外し、血圧測定用に腕に巻いてあったパッドを外し、最後に、尿管を看護師さんに勢いよくパッと抜いてもらう。

看護師さんの指示で、ベッドから立ち上がってみる。ベッドから立ち上がる為に左足をベッドから下ろす際にお腹の創の痛みが神経に走る。これは筋肉痛の強烈版というイメージ。

だが、無事に立ち上がれば、問題なくスタスタと歩ける。15m程歩いて洗面所で歯磨きをした。



8時前に朝食。お腹が空いた。完食。暖かいパンが2ヶ、ヨーグルトと野菜シチュー。よく病院食はまずいと言われているが、私の経験んではどこの病院の食事も美味しい。但し長い日数、これを食べ続けると飽きるのは前回の入院で経験済み。

パンをかじっているその時に、執刀医の先生がベッドに様子を診にやって来る。術後は炎症反応で熱がでるが、その熱が何日も続くようだと埋め込んだ人工物(メッシュのシート)にバイ菌が着く可能性があるので注意とのこと。(心臓手術の時の弁輪と同じだ。)重たいものを持ったり、くしゃみをしたりという腹圧のかかる行為はしばらく避けるようにして下さいとのこと。車の運転も結構お腹の力を使うので止めた方が良いらしい。

9時過ぎ、執刀医と研修医を含めた外科医師団が私のベッドの周りにやってきた。創口の圧迫用に貼り付けていた大きなテープを剥がして創の様子を観察し始めた。問題はなさそうだ。創部に透明の薄いテープを張り付ける。そして、「今日、退院しましょう」と言ってもらい、退院決定。次回の外来診察日程を術後4日目と2週間後に決める。

ここまで来ると体の自由がかなり効くようになった。HCUの外にある一般病棟のトイレまで歩いて行く。朝まで入っていた尿管の影響なのか尿を出すと少し痛い。そしてそのままデールームへ。10階からの都会の景色はなかなか素晴らしい。天気も良くてサンルーム的なデールームは温室のようだった。この病院は、今年6月に別の敷地から移転してきて造られた新しいビル。フロア間の移動がエレベーターのみ(患者は階段で移動できない)というのがちょっと課題だが、ガサガサした雰囲気がなくて、とてもきれいな病院だった。

10時ごろ退院。普段着に着替えて、2階受付で会計。5万円の預かり金を返金してもらい、治療費・入院費の全額をクレジットカードで支払った。3割自己負担で77,220円。心臓手術に比べたら金額は思ったより安かった。無事に手術してもらい、高度な術後ケアをしてもらって、こんな金額で本当に良いのかと思った。


(見舞い客撮影)

車の助手席に座り、家まで帰る。創はそれほど痛まない。

剃毛は、心臓手術の時は、前日に自分でバリカンを用いて剃った。最近は心臓手術でも自分で剃らずに、麻酔中に剃られていて、術後、「あっ、無い!」という話を数人の仲間から聞いたことがある。今回の鼠径(そけい)ヘルニア手術では、病院から剃ってきて下さいという指示もなかったし、術前の意識がある時には剃毛を行っていない。術後、家で術部を見てみると、剃る必要のある部分は手術台の上で剃られていたようだ。

手術翌日になると体はほぼ回復した。日中は本を読んだり、椅子でうたた寝できるようになった。夕方前になると、子供たちが学校から帰宅。一日ぶりの父親の顔を見に来る。こちらにとっては長かったような短かったような不思議な感覚の時の流れであったが、子供たちは何があったのか理解できずあっけらかんとしている。心臓手術の時もそうだが、患者本人と周りの人間との間には、時間の流れや治療の旅をしてきた体験から得られる感覚に大きな隔たりがある。これは同じような手術を経験した者同士でないと理解し合えないもののようだ。

夜、防水テープを創部のテープの上に二重に貼って水が浸みこまないようにしてシャワーを浴びた。

術後ベッドで動けなくて、背中やお尻にあせもが出来てしまった。それが痒い。痛みよりは痒みの方が辛い。市販薬を塗ってようやく痒みも収まり落ち着くことができた。

2012.11.18
時間毎に回復は続く。術後3日目の今日は、創の痛みも無く、歩いたり座ったりするのもほぼ問題ない。お陰さまで普段通りに体を動かせるようになった。

これからの人生において、誰にどんな病気が襲ってきても全く不思議でない。そうなった時に、病気を悲観的に捉えるのではなくて、前向きに理解して立ち向かっていくしかない。所有するモノでもそうだが、自分の体を大切に思い、大事に扱っていればそう簡単に壊れて無くなってしまうものではない。「強い患者」という意識や精神面の心構えを維持し続けることも大事なことだ。改めて色々なことを考えさせてくれた今回の鼠径(そけい)ヘルニア手術体験であったと思う。

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Secret

あれ?

カムバックさん、近所なんですかね?
うち、前の幸病院近くの団地です。

ご近所

SAYさん、そうでしたか。大体場所分かります。私は幸病院まで徒歩25分ほどのところです。かなり近いですね。その内、近所でお茶しましょう。

おだいじに

カムバックさん こんにちは。 ヘルニア手術 大変でしたね。

私は 心臓手術の前年(一昨年)に 腹腔鏡下卵巣摘出手術を受けました。
この手術の術前検査の際に 弁膜症が 偶然に発覚したのですから
ホントに 人生、何が起こるかわかりませんね。
当時は 同時に2つも病気が発覚して ちょっとパニクリました!

手術体験としては もちろん心臓手術は 超別格でしたが
手術後の内部の創の疼痛は おなかの手術のほうが痛かった記憶が
あります。 全身麻酔の深度も全く違うので当然かもしれませんが。

「人生において 誰にどんな病気が襲ってきても不思議ではない・・・」

現在 パーキンソン病や 癌で 辛い闘病中の友人たちがいます。
もし自分がそうなった時、強い精神力と心構えを ずっと維持して行けるか
自信がありませんが、それでもやはり 前向きに闘っていく以外に
自分を支える方法は ないと感じます。
それに比べると 心臓病は 治療法が日々進歩し 適切に治療すれば
かなり治しやすい病気だとわかります。

私も 今月で、僧帽弁形成術後ちょうど1年経ちました!

これからもカムバックさんの記事 参考にさせていただきます。

ヘルニア手術後のお体 どうぞお大事に。

心臓手術は超別格!

カワセミさん、

術後1周年、おめでとうございます。

そうですね、心臓手術は手術としては、確かに「超別格」ですね。
ちょっと、その辺の比較を今度まとめて書いてみようと思います。

休薬中のバイアスピリンの影響なのか、術部以外の場所に内出血が
出始めました。バイアスピリン、やっぱ侮れません。。。

心臓の病気と聞くと皆さんびっくりしますが、今日の医療では、心臓病は
他の重い病気に比べたら治しやすい病気の方かもしれませんね。

同病患者のつぶやき

同じ病を抱えている身なのでカンバックハートさんの手術のレポートを心待ちにしていました。特に血液凝固阻止剤(バイアスピリン)を服用されていての手術で全く問題無し,と Dr.nabuchi のお墨付きを頂いての手術だったのですね。手術→出血→ ワーファリン対応の問題は承知していました。3年ほど前に鼠径部がポッこりと膨らみ手で押しても凹まず胃腸科で即手術と告げられました。初体験でこれは何だ!と近くのクリニックに飛び込みました。ワーファリン3.5mgを服用しているので心臓医から手術前のワーファリン服用対応を確認して欲しいと云われたが、詳細内容は?と迷いました。医師が押したら簡単にひっこみウソのように痛さもなくなりました。 “カントン状態(ヘルニア状態が硬くなって元に戻らない)になったら直ちに手術と驚かされました。ヘルニアの原因は高齢と立ち作業と重量物の持ちあげと知り、立って長時間趣味の木彫りをした結果と思い今は避けています。ヘルニアの膨らみを凹ます技をいろいろ試して現在は排便の時は鼠径部を抑えたり、食事は良く咀嚼して朝水をコップ一杯飲む。胃腸に良いと云われていることを守っています。しかし運動して腹筋を鍛えても平常に戻らないらしく、いずれ手術する覚悟しています。ネット情報で外科の中に「鼠径ヘルニア部門」がありワーファリンとの心配をスムーズに解決できる病院を見当付けています。現在の調子なら手術を決断しないでしょう。カンバックハートさんの手術経過、体調に同病者として関心を持っていますのでこれからも教えてください。がん・脳血管障害、パーキンソン・認知症が身近に罹りそうな齢で老身です、よろず病気に対応する知恵と強い心を持ちたいと思っています。長い文でゴメン!
 

回復、よかったです。

元気になられている様子、安心しました。

心臓手術の他にも当然手術は多数あるわけで、いつか自分がその中のどれかをまた
経験するかもしれないのですね。(しないかもしれない。)

でも今は落ち着いてそれに向かえるような気がします。

カムバックハートさん、ゆっくり養生してくださいね。
早く100%元気になられますように。。

ありがとうございます

たかしげさん、三つ葉葵さん、

コメントありがとうございます。たかしげさんも鼠径ヘルニアと術前に聞いていましたので、
参考になる状況説明できればと考えていました。私の場合、休薬していたにも関わらず
術後に術部以外の箇所から内出血が現れ、これは飲んでいたバイアスピリンの影響だと
直感しました。外来で医者にも診せましたが、とりあえず経過観察状態です。バイアス
ピリンでも侮れないと痛感しました。バイアスピリンとワーファリンではその作用はレベル
違いのようですので、ワーファリン服用者の外科手術は慎重に検討する必要がありますね。
たかしげさんの場合は、その辺りの調査は十分行ってらっしゃるので心配要りませんね。
ただ、ヘルニアがカントン状態になってからだと緊急手術になる可能性もあます。計画手術
ならあらかじめワーファリンのコントロールも可能でしょうから、その点も考慮されたらと思い
ます。

三つ葉葵さんの言うように、「いつか自分がその中のどれか(の手術)をまた経験するかも
しれない・・・」、したくなくてもしてしまう経験ありますからね。今回も折角私に訪れてきた
経験なので、できるだけ皆さんの参考なるようにと思い、ブログ記事を書きました。その後の
回は順調です。回復状況を盛り込んだ、続編その3をその内書きたいと思います。

No title

こんにちは、まずはお見舞い申し上げます。
順調に回復されているようで、よかったですね。
僕も赤ん坊の頃にヘルニアの手術を受けたそうです、左下腹部に傷が有るので母親に聞いたところ、「脱腸したのよ♥」と言われました。兄からは随分からかわれたもんですが・・・
薬の影響もあるし、できれば色んな手術は避けたいものですね。
その後のレポート待っています。  お大事に。

No title

ご無沙汰してます、げたのうらです。
久し振りにブログ拝見しましたら鼠径ヘルニアで手術されたとのこと。どうぞお大事になさってください。この病気は男性に多いそうで私にも突然発症する可能性があるようですから人ごとではありませんね。たとえ1泊2日でも入院、手術はもう勘弁して欲しいところです。
セミナーなどの情報ありがとうございます。都合がつけば参加してみようかなと思っています。

ありがとうございます

かんちゃん、げたのうらさん、

コメントありがとうございます。

鼠径ヘルニア手術後1週間経ち、順調に回復しております。
一時、バイアスピリンの残影響で内出血が酷くてびっくりしましたが、
そのバイアスピリンも昨日から再開しました。
来週金曜日に外来に行って、問題なければ外来卒業だそうです。

鼠径ヘルニアって、子供の時に手術を受ける場合と、大人になってから
受ける場合とあるみたいですね。確かに、「脱腸」と言われると思わず
笑われてしまうのですが、本人にとっては大変なことですよね。

2/9の東京ハートセミナーは、盛大になりそうです。是非、ご都合があえば
参加して頂ければと思います。

No title

心臓病経験者の方にとって、発熱は健康の方よりも気を使わないといけないことですよね。
弁に菌が付着するといけないということで抗生物質を処方してもらう必要がありますね。

抗生物質には、その抗生物質に対抗して出来てしまう耐性菌(その抗生物質が効かない菌)というのが発生して しまうことがあります。
これは抗生物質の開発と耐性菌の発生といたちごっこの ようなものだと聞きます。
中には多剤耐性菌といって、数種類の抗生物質が効かない菌まで存在します。
その発生の要因のひとつに「不必要な抗生物質の処方」 というのがあるそうです。
その処方の理由には様々あるようなんですが・・・。
たとえば患者による処方の強い希望とか、対応する医師 のこととか・・・。

抗生物質を必要のない方が安易に使用すると、本当に必要な方々が困ることになるかもしれない・・・。
もちろん、その人自身に耐性菌が生まれてしまうかもしれない。
心臓病経験者の発熱でも、抗生物質を必要としない場合もあります。
きちんと医師から説明を受けた方がいいですね。

救急車の要請と似たようなものがあるような気がします。
思いついたのでコメントさせていただきました。

順調に回復されてるようでなによりです。

2月はお互い元気な姿で会いましょう。

コメントされてる皆様もお元気そうでよかったです。

なぜ突然に抗生物質だったかというと

はい、おかげさまで心臓は元気にしております。

ただ、先週木曜日からお腹の風邪を引いていまして、術後丸2年を過ぎて、初めての高熱を出しました。
一気に39.8℃まで上がり、近所のクリニックに行って抗生物質を処方されたというわけなのです。

二日間寝込みましたが、今はほとんど回復しています!
多少、食欲がないのですが、残念ながら(?)すぐに戻るでしょう・・・。

そんなことから、抗生物質のことが思い浮かんだ次第です。

皆さんも季節柄いろんなものが飛んでいますので気をつけてくださいね!
そして、体調が悪い時には適切な処方を受けてくださいね♪

プロフィール & メール

Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者やカウンセラーではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

コルコバード


南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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