術後三十回目の外来



3か月毎の外来通いも今日で三十回目となった。南淵先生の初診を受けてから今日までの期間は約6年半。今日も南淵先生の外来診察をいつものように安心して終える。この三十回の外来診察で、南淵先生に会えなかったのはわずかに一回だけ。それは、南淵先生が以前の病院を退職されたと知った後、南淵先生の居ないその病院はどういう様子なのだろうかと興味を持って行ってみた時のこと。だから、この数年間、通常の外来診察は一回もすっぽかされたことがないことになる。緊急手術や処置、廊下にあふれる患者の対応で、自分の順番が来るまで果てしなく待たされることはたまにある。しかし、確実に外来アポの日に南淵先生ご本人に診て頂くことができている。術後の定期観察の(元)患者の診察でこの状況は凄くないだろうか。

葉山ハートセンターを退職された磯村先生。現在は複数の病院で外来を持たれているようだが、金曜午後は東京ハートセンターでも外来診察をされている。午前中は東京ハートセンターで執刀もされていた模様。4つある診察室の今日の3番診察室は磯村先生の外来。患者の出入りする診察室のドアが開く度に中にいらっしゃる磯村先生の様子が待合の廊下からチラチラと伺えた。磯村先生のなじみの患者さん達が多くやって来ている模様。ところが、夕方になって緊急手術が入ったとかで、磯村先生の外来診察が突然中止になるというハプニング。磯村先生に会おうと折角やってきていた外来患者を数人残したまま。その患者さん達は別の先生の診察に回されることに。状況的に仕方ないことであると十分理解できるが、磯村先生に会いに来た患者さんがとても残念そうな表情を見せていた。

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その方は私の横(ICU)におられました。
救急で運ばれ重篤だったようでしたが無事に手術を終えられ元気に話をされてましたよ。良かったですね。

手術終了、おめでとうございます

tnkさん、コメントありがとうございます。

無事に手術を終えられたようで安心しました、またご回復も相当早そうですね!

夕方の急患の方も、無事に終えられたとのことで良かったです。磯村先生はあの日、一日2執刀だったのですね。更に外来まで。。。
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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

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ブログ開設: 2008年12月
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このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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