東京ハートセンター 心臓手術見学記 第二段

(元)患者である自分が受けた心臓手術をこの目で観てみたい。その思いを実現させるため、2年前に南淵先生執刀の心臓手術見学の機会をいただいた。その時の記事はこちらへ。

もう一度、心臓手術を観たい。今度はもう少し落ち着いて観るべきポイントもしっかり押さえて観てみたい。となれば、南淵先生と深津さんに再度相談するしかない。考心会や外来で南淵先生にその旨申し出ると、「はい、いつでもいいですよ」と軽いお答えが帰ってくる。

何か月か経ち、深津さんと見学の具体的な日程調整を開始する。そして見学日が決定。同行者は前回同様に三つ葉葵さん。手術見学の日程が決まると、気持ちは穏やかではない。来る写真展示会用に手術の様子を沢山撮影したい。前回の手術見学で最適なレンズの焦点距離やフィルムの必要本数はイメージがついている。展示会用にはモノクロのフィルムで撮影して、暗室作業でバライタ印画紙のプリントに仕上げる予定だ。あと、心臓病仲間に見学の様子を見せるために動画も撮っておこう。ブログ用のデジカメ写真も必要だ。手術室に沢山の私物は持ち込めない。ロケットに乗る宇宙飛行士のごとく機材は必要最小限のものに厳選しなくてはならない。見学前夜、厳選した機材をアルコール液で拭き取り消毒しておいた。

前回の見学は、私が受けたのと同じ術式である僧帽弁閉鎖不全症弁形成術であった。今回は異なる術式をリクエストしたところ、大動脈生体弁置換手術を見学させて頂けることになった。手術見学をより有意義にするために、素人なりにも手術手順を勉強しておきたい。前回の見学前にも読んだ「手術看護-手術室のプロをめざす (動画でわかるシリーズ)」」と「「実践 人工心肺」を本棚から出してきて手術見学の予習をする。

見学当日。予定の時刻に病院に到着。普段の外来で診察券と保険証を提示する受付に近づく。窓口の女性に今日は手術見学でやってきた旨を伝える。手術担当の外回り看護師さんが迎えにきて下さった。エレベーターで2階に移動し、職員の方が使う更衣室をお借りする。見学者用の名札がついたロッカーが用意されていた。上下、青い手術着に着替える。帽子とマスク、靴を覆うカバーを装着して、入室準備は完了。

手術室は2室ある。両方の手術室で並行して手術が行われていた。その隣にはカテーテル検査室があった。ICUは手術室と同じフロアーに配置されている。


(この扉の奥が手術室)

いざ、手術室に入室。さすがに2年前初めて手術見学したときほどの躍動感はなかった。落ち着いて周りの状況観察をはじめる。患者の全身の消毒が終わり、まさに執刀が開始されるところだった。胸骨正中切開はまだ行われていない。前回の見学は、胸骨正中切開直後の入室だったので、今回は是非ともその場面を見たいと思っていた。


(手術見学中のカムバックハート)

南淵先生が患者に配っている心臓手術のDVDの映像で、インパクトのある瞬間の一つは、電気ノコギリで患者の胸骨を縦に切り開く胸骨正中切開のシーンだ。弁の形成修復や人工弁置換の過程での術者の手の動きも見飽きない。また、手術終盤に胸骨を閉める際のワイヤー巻きのシーンも野蛮で印象的だ。

助手の宮崎先生が手術を進行している。器械出しは深津さん。入室して間もなく、胸骨を切り開く電気ノコギリが深津さんの手から宮崎先生に渡された。モーター音が鳴り、胸骨の正中切開を始めたと思ったら、僅かな時間であっけなく終わってしまった。



(胸骨を電気ノコギリで切開中)

宮崎先生は、なんといっても執刀時の姿勢が恰好良い。糸を結ぶ手先の動きも滑らかでスムーズ。とても好印象!


(執刀中の宮崎先生)

暫くして南淵先生が入室。手術進行の様子を伺いに来られた。

「胸骨を切るところはちゃんと見た?」
「はい、今回はしっかりと見ました!」
「僕がいつも患者さんにあんな野蛮なことをやってると思われると印象が悪くなるから(笑)・・・今日は宮崎先生に切開をお願いしておいたからね」
といって、南淵先生は一旦退出。


(開胸器)

開胸し心膜を開いて心臓を露出させたら、人工心肺の取り付けにかかる。人工心肺技師(ME)さんの動きが慌ただしくなる。研修だろうか、人工心肺の動かし方やモニターの見方など、作業の様子を見学してノートを取っている方が数名いた。


(人工心肺とMEさん)

そうしているうちに南淵先生が再び入室。外回り看護師さんが手術用ガウンの装着を手助けする。手術用手袋は深津さんとの息があった動作でスポッ、スポッと装着。


(この写真は南淵先生の手術作業が終了して手術用ガウンを脱ごうとしているとき)

手術開始からまだ1時間も経っていないが、逆流を起こしていた大動脈弁は素早く切り取られて病理検査に回される。


(心臓から切り取った逆流を起こしていた大動脈弁。通常の大動脈弁は3尖弁だが、この症例では二つの弁がくっついて2尖弁状態になっていた模様)

適応する人工弁のサイズをサンプルの中から実際に大動脈に当ててみて決定する。ここから弁の取り付けにかかる。


(深津さんの左手にこれから植えつける人工弁。手前の白いケースに入っているのが人工弁のサイズを決めるサンプル)

宮崎先生が専用の器具に付いた人工弁を空中に持ち、南淵先生がその人工弁の周囲のテフロン部分に糸を沢山かけていく。糸をかけ終わると、人工弁を静かに心臓に添えて、そこに糸で縫い付けていく。南淵先生の大きな手が何度も何度も糸の結び目を作り出しては締め付けられていく。


(南淵先生執刀中!)


(南淵先生が糸で縫っているところ)

南淵先生の背後に置かれた見学者用の踏み台に登り、手術の様子を目前に直視する。取り付けられた人工弁の様子がよく見えた。目の前で南淵先生と深津さんが行っている器材の受け渡しの様子も拝見する。手術見学には最良のポジションだ。


(人工弁を埋め込んだ心臓。ほぼ真上からのアングル)


(執刀医の位置からの視界。右奥に人工心肺、左奥に心エコーのモニター画面が見えます)


(作業中の深津さんを上から)


(手術中の南淵先生のアップ写真。拡大鏡を装着。普通はこんな近くで撮れません!)

手術は予定されていた通り進行したようだ。弁置換が終わり、人工心肺から心臓を離脱させる。南淵先生の本によると人工心肺技師(ME)さんの腕の見せ所がこの人工心肺からの離脱だそうだ。上手な旅客機のパイロットは、乗っている乗客がいつ着陸したのか分からないくらい上手に飛行機をソフトランディングさせる。それと同じように、人工心肺に乗って寝ていた心臓のご機嫌を損ねないように心臓を再鼓動させるのだ。


(手術の器材が置かれた台。左に行くほど清潔領域。左側にこれから使用する器材。右側に使用済の器材が置かれる)

前回の見学では勝手が分からず、手術室の中であまり動き回れなかった。清潔と不潔の領域が徹底されているので、見学者が清潔領域を侵してはならない。今回はそうしたことに注意しながら、前回よりも多めに室内を移動してみた。手術中の患者のバイタル管理は麻酔科医が行っている。患者さんの頭の方に居るのが麻酔科医。径食道心エコーの画面がすぐ横においてあって、手術中はエコーでも継続的に心臓の動きがモニターされている。執刀医の方からは布で隔てられているので患者の顔は見えない。患者さんの顔が手術中どういう状況になっているのか興味がある。麻酔科医の側に回り込んでみた。口から人工呼吸器の管を気管内挿管されて麻酔で寝ている患者さんが見えた。自分の手術の時もこのような状態だったんだなと思って見学を続ける。


(患者さんの頭の方から手術室内を見たところ。手前にいるのが麻酔科医)

ピッ、ピッという脈の動きを伝える電子音が快調に手術室に響いている。室温は23度。


(南淵先生、宮崎先生と深津さん)

人工心肺からの離脱が完了。人工心肺の機材は手術中であっても直ぐに次の手術に向けて整備が開始される。技師の方全員が消毒液で丁寧に汚れをふき取っていた。血液を循環させた管類は使い捨て。

今日の開胸時のBGMは激しいロック音楽!術中は音楽は鳴っておらず、閉胸時はJ-POPだった。


(これから胸骨に巻き付けるワイヤー 撮影:三つ葉葵さん)


(ワイヤーを回して閉めているところ)


(使用済のガーゼ。胸を縫い閉じる前に枚数をカウントして体内に留置がないことが確認されます)


(皮膚を縫い閉じるところ。ホースのようなドレーンの管が2本出ています)

皮膚を縫い終わり、「はい、終了!」と宮崎先生が一言仰って執刀終了。無影灯がプチッと切られる。

南淵先生が我々に 「Any question?」と問いかけ。
実は、以前から手術室で尋ねようと思っていたとっておきの質問があったのだが、その場で失念していた。その質問は次回に取っておこう。

手術は約3時間で終了。閉胸後は、スタッフ数人で患者の身体に塗られたイソジンのような消毒液をふき取る。そして、レントゲン撮影を行ってからICUに移動となる。

今回はICUの中まで見学を延長させて頂いた。ストレッチャーで運ばれた患者さんがICUのベッドに移された。そして、早くも手術着から着替えられた宮崎先生が患者さんの体に各種モニターを接続している。驚いたことに、ICUに入って数十分もすると、患者さんは麻酔から覚醒しはじめている。体が揺れたり、目が開き始めたり。説明してくれたICU看護師さんのお話だと、麻酔の種類やそのやり方によって覚醒しはじめる時間が違うのだそうだ。今の東京ハートセンターの場合、手術が終了したら早い段階で覚醒する麻酔のやり方らしい。私が大和成和病院で受けた手術よりも数時間早く覚醒しているようだ。先日東京ハートセンターで手術を受けられた仲間の方も、朝9時からの手術で、13時にはもう目が覚めていたとご本人が仰っていた。

さて、心臓手術を経験した(元)患者が、心臓手術を見学をした時の心境は?
6年半前のあの日あの時、自分はこの目の前の患者さんのように、同じ執刀医と同じ器械出し看護師による手術を受けていたのだなあというデジャヴ的な場面想起・・・


(手術見学中の三つ葉葵さん)

執刀医の名前は覚えていても、助手の外科医の名前は覚えていない、あるいは名前を聞いてもいない患者がほとんどだと思う(私は覚えているが)。 実は執刀医と同様に手術の過程で重要な役割を担ってくれているのが助手の外科医だと思う。皮膚を最初に切るのも、最後に縫い閉じるのも通常は助手の外科医なのだし。器械出し、外回り、麻酔、技師、夫々の技量が調和して手術全体のレベルが上がる。執刀医同様に、その病院の助手の外科医や看護師の評判も手術を受ける病院を決める際の判断材料にしてよいと思う。助手の先生は術後患者のケアで普段病室を頻繁に回ってらっしゃるはず。その病院で手術を受けた患者の話を聞くことができれば定性的な情報が得られる。第一執刀医をやっている先生が別の先生の助手にも入っているような病院は、名前も分からない研修医が助手に入る病院で行われる手術とは質が異なっていることが想像される。特に術中に何かしらのトラブルが発生した時は。手術を実行するチーム全体のレベルの高さが重要だ。

2度目の手術見学も、充実感で満たされて終了となった。南淵先生、宮崎先生、深津さん、病院スタッフの皆様、患者さん、貴重な見学の機会を頂きありがとうございました。(今度はバイパス手術を観てみたいなぁ・・・)


(手術終了後に深津さん、三つ葉葵さんとカムバックハート)

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⇒comment

Secret

私と同じ手術だ~~~

今回は私とまったく同じ病名で、おまけに2尖弁まで同じ~~!
私の手術のDVDは開胸が終わってからのスタートでしたので~、
自分の手術を見るようです。
映像が動かない分、落ち着いて見れました。
しかし、見ることは、なかなか大変な事です。

お二人はすごいです。v-425
医学関係者は学生の時から順番に知識を受け教育されてますので、正視できるのでしょうが、
お二人は素人です、すごいです。
勇気がありますね~~~。すご~~~いv-221

かなり貴重な記録だと思います!

凄いですね!流石に写真も素晴らしくてとても貴重な記録ではないでしょうか。お二人にお聞きしたいのは「時間」の感覚です。長く感じられたか?あっという間か?興味あります。個人的には緊張感もあって、あっという間かなと思いますが( ̄^ ̄)ゞ

感想コメントありがとうございます。

UNE燦々、Keloさん、

ご感想コメントありがとうございます。そうですね、 UNE燦々のと同じパターンの手術でした。勇気で観てるのではないですけどね。興味関心が120%というところです。もっとも術前の私であれば絶対に手術室の中を見学しようとは思わなかったと思います。術後の今だからこそ観てみたいという気持ちが
ものすごく高まっています。
kekoさんご質問の時間の件、ご想像通りあっと言う間です。「えっ、もう3時間経ったの?」って感じです。興味のあることに集中していると時が経つのを忘れて没頭してしまう、まさにその状況です。
写真は前回の見学も今回の見学も、ここに載せた以外に展示会用に沢山撮ってあります。
展示会で公開できる日を早く実現しなくてはと思っています。

輝く体験記

合わせて2回、16・7時間の心臓手術を体験したが、私にとってこの見学記の時間は、 “無の世界”であり、“空白の時間”でした。それが思いもよらずこの見学記が、その空白を埋め合わせてもらいました。心臓手術を目の当たりに見て、慣れない雰囲気の特殊な世界で、五感をフル回転させての見学(取材)おつかれさまでした。このような体験は一般的には不可能でしょう。
患者と医師との信頼関係により、この体験記が燦燦と輝いています。

ありがとうございます。

こんなに詳細な手術の様子を見たのは初めてです。母としては、息子が人様の為になる仕事していることを、現実に見られて、とても嬉しいです。これをブログして下さった方、全然関係ないコメントすみません。ありがとう。

コメントありがとうございます。

お母様、コメント頂きましてありがとうございます。このブログを書いておりますカムバックハートこと鍋島と申します。

当事者である心臓病の患者向けの情報しか発信していないこのブログだと思っていましたが、そうではないところでもこのブログに感謝頂けたことを大変嬉しく思っております。

手術室は密室ではないと仰る南淵先生の手術を見学させてもらったことで、そこで
働く多くのスタッフの皆さんのお仕事ぶりを目の当たりにすることができました。
見学者が手術室に居ようが居まいが関係なく、普段通りに、できうる最良の治療を全スタッフが行っておられる様子を拝見し、プロ精神を強く感じ取ることができて感激した次第です。

今後もよろしくお願いいたします。
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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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