心臓手術の決断

私の今の楽しみの一つは、突然やってくるブログ読者からのメールを読むことである。

「同じ病気だと診断されたので不安です」
「ブログを読んで手術に対する心構えができて励まされました」
「家族が手術を受けるのだが一体何日くらい看病しなくちゃいけないのですか?」
「スポーツをやっている彼氏が心雑音を指摘されたが果たしてこのままスポーツを続けることができるのでしょうか?」
「海外で看護の勉強中だが、昔指摘された心雑音のことが気になる、海外では保険がないので医者に行けない」
「心臓病仲間を作りたい!」
「このブログがなくなって連絡がとれなくなる前にカムバックハート氏にコンタクトしておきたい」
などなど・・・

メールで伝えて下さるメッセージは人それぞれで、私なりに興味を持ってコミュニケーションさせて頂いている。一度っきりのやり取りの方もいれば、その後何度も近況を伝えて下さる方もいる。一年以上経って、ある日突然、「以前連絡した者ですが・・・」と再び連絡下さる方もいる。

昨年末、運鈍根さん(仮名)から一通の興味を引くメールを頂いた。そして、直ぐにこの方に直接お会いしたいと思った。私が運鈍根さんに直ぐに会いたいと思った理由は、ご自身の経歴に1934年生まれで1982年に大動脈弁の弁置換術を受けたと書かれていた為だ。私にコンタクト下さる方は、年齢30~40歳代のこれから手術を受けるか、受けて直ぐという方が大半だ。そんな中、心臓手術経験者の大先輩のお話を聞けるということは、2008年に手術した自分のこの先数十年の間に起こりうる予兆に敏感になりたいという気持ちからかもしれない。最も、術式の違いや医学の進歩など、運鈍根さんと私の環境はかなり異なるので直接的に僧帽弁形成術の将来の参考にしようというものではない。念の為。

何度かメールを交換し、年明け早々のアポイントが確定した。ここは男二人で語り合うよりも、(元)心臓病仲間女子部のメンバーにも参加してもらった方が花が咲くであろうということで、私の最も頼れるお姉さん的存在のマダムアリスさん、そして、南淵チルドレンであり術後約2ヶ月の三つ葉葵さんに声を掛けさせてもらった。

こうした仲間の集まりは、例えそれが初対面でも話がつきない。運鈍根さんは戦時中の空襲や疎開を経験されている。戦争のことや、70歳までお勤めされていた勤務先での貴重なお仕事の様子、自分史を書かれたことや趣味の木彫りの彫刻作品の写真を見せて頂いたりと、ほぼ半日、充実した時間を過ごすことができた。

運鈍根さんやマダムアリスさんが最初の手術を受けられた数十年前は、患者が医者に対して病気についての質問をすることができるような雰囲気はなく、医者に「あなたは手術しなさい」と命令されて、「はい、仰せの通り」とひれ伏すような状況だったそうだ。

今は、医療業界も以前よりオープンになり、医者が患者の声に耳を傾けるのは当たり前の世の中になりつつある。むしろ、そうでない医者や病院は実績を上げていくことができないと言われている。インターネットによる患者同士のコミュニケーションによる生の情報交換や、医療機関の手術実績などの公開も行われており、ちょっとその気になれば、必要な情報を必要とする人が容易に入手できる世の中になってきている。

「心臓手術を体験すると世の中に怖いものは無くなった」と術後暫く感じていたが、「戦争下の生活を体験すると世の中に怖いものは無くなる」と聞いて、「そうか、戦争に比べたら、心臓手術を受けることなんてそれほど大したことではないのかな?」と、今までとは違った見方が出来るようになった気がする。

患者は、心臓手術を受ける決断をするだけで、あとは麻酔にかかって寝て結果を待つだけで良いが、本当に大変なのは、責任を持って心臓手術を実行するスタッフ達(執刀医、麻酔医、手術室看護師、技師の方々など・・・)。そういう話になって、なるほど、南淵先生はいつも、「患者さんは皆さん勇気があってすごい!」と仰っているが、実はその患者の勇気は9割以上が決断力なのではないかと今日改めて感じた。そして、その決断を責任持って受け止めてくれる信頼できる医者と病院を探し出すことが患者のやるべきことだと・・・

運鈍根さんは、数日の内に検査を行い、その結果、狭窄が進んでいると言われている僧帽弁の手術を受けるかどうか決断をされることになっている。リスクと健康(Quality of Life)を天秤にかけ、最終的に行う決断は本人にしかできない。手術を受けるという決断をされるのか、手術を受けないという決断をされるのか分からないが、前回の手術の決断の時には不安に明け暮れられたのと違って、今回は我々(元)心臓病仲間がすぐ近くにいることは強く感じてもらえたと思う。

時間の経つのを忘れて語り合い、すっかり暗くなった新春の横浜の街を帰路に向かった。


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Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の49歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者やカウンセラーではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
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このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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