マダムアリスのつぶやき その1

「マダムアリスのつぶやき」投稿が届きましたので、第一弾を掲載させて頂きます。

先天性心疾患から始まり、過去に3回も心臓手術を受けられたマダムアリスさん。長年の心臓病の経験から得られた知識、心情、知恵、勇気と友情はこのブログを読まれている皆様の参考になることと思います。(カムバックハート)

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暑すぎる~(>_<)
この夏をどう乗り切るか…。
『予定は未定で決定にあらず』
保育ママの職場復帰目指し、リハビリに頑張った昨年の夏。
9月の復帰後、色々悩み…現在は休職中。

諦める事、我慢やセーブする事を何度経験したかな…。

病歴が長いと、生きる為に、選択肢が無い事項には、自分で受け入れるまでの時間の葛藤と、慣れるまでの努力が必要…。
後は必ず、自分で選択して、なるべく早めに結論を出す事。
結果が悪くも、良くも自分の責任だから。
自分が立ち直る為の私の決め事…。

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たかしげさんからの投稿 「小さな折り鶴」

たかしげさんの心臓手術の入院中とその後の出来事を綴った文章を頂きました。心臓手術という一大イベントを経験するにあたっては、この文章に書かれているような、ふっと流れて忘れてしまいそうな出来事にも敏感に感じることができるようになるのでしょう。その結果、そうしたことが患者や家族の大切な記憶となって心に残るのかもしれません。

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(撮影;たかしげさん)

再度の心臓手術を宣告され話す言葉は力なく,荒く吐く息で家内に付き添われて病院のベッドにやっと身体を横たえた。隣のベッドには初老の男性が横になっていて挨拶したが病人特有のひげが伸びているので歳は分からない。力なく応えてくれた。 

患者さんは東さんと云う方だった。日曜日になるとお孫さん達を連れてご家族がお見舞いに来られ賑やかだった。微笑ましい雰囲気に不安で落ち着かない心が癒された。

帰り際に小学4年くらいの女の子が見知らないお爺さん(私)に仰ぎ見るようにしてかわいい手の掌に小さな空色の折り鶴をのせて「オジさんこれ、早く好くなってください」とプレゼントしてくれた。うちの孫は高校生だ。優しい言葉はかけてくれるがこの雰囲気にはなじめない齢(とし)となっている。

帰りに東さんの奥さんが挨拶された。病床にある主人は癌を患っていて余命わずかと告げられているらしい。折り鶴のお礼を云って別れた。

13時間余の手術が終わり成功してICUから部屋を替えて個室に戻った。
折り鶴はどこ?と娘に聞いた。ポンプヘッド後遺症も無く折り鶴を覚えていたのだ。
娘は小指の先のような折り鶴を抽斗(ひきだし)からだして見せてくれた。 
あの子からのプレゼントの折り鶴が手術成功を運んできてくれたのかもしれない。一瞬胸にこみ上げてきた。喜怒哀楽の情が失せ始めた爺には珍しい感動だった。

順調に回復している頃、東さん家族とお会いした。
「退院おめでとうございます」とお祝いを述べた途端「最後は家で家族に囲まれて終わらせたいから・・・65才です」と 奥さんの口から洩れるように聞こえた。折り鶴のお礼もして後ろ姿を見送った。

病院内の患者間のひと時の交流と受け止めて一年が過ぎ去った。

ぺ―スメーカでバージョンアップした心臓を抱えながらも暑さの猛威にもへこたれることなく過していた。突然チャイムとともに映った見知らぬ女性に「あずまです」の言葉に一気に入院生活の記憶が甦って来た。手には見たことがある“配食時付いてくる注意書きの紙片が握られていた。互いに交換したアドレスメモを思い出した。遠く金沢区から訪ねてくれたのだ。私の健康を喜んでいただいたが反面、ご退院後間もなくかわいい鶴を折ってくれたお孫さんたちが涙ながらに手を握り黄泉のくにへ旅立たれたと話された。

癌の執拗な脅威に比べ多くの人工物を埋め込まれても健常者並みに暮らせる有難さに感謝している。

    「たかしげ」      2012-9-24
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越後人さんの回顧録 Part 7

越後人さんの回顧録 「その31」です。これで回顧録は完成かな?
病と闘うモチベーションって、果たして何なのか??ちょっと考えさせられました。

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◆回顧 その31 サンクチュアリ

6月下旬から綴り始めた『回顧』。
私には生まれた瞬間から間違いなく100%の事が存在し、待ち受けている。
それは『死』という寿命である。
普段の生活でこれを意識することはまずもってないが、私は意識せざるを得なかった。
心臓病という病を背負い、それとどう向き合い、闘うか。
そして、私には大切な妻、娘がいる。
この『家族』を残して死んでられない。
これがこの病と闘う最大の『モチベーション』であった。

やはり、
私にとっての優先すべきものは『家族・妻・娘』である。
生きていく上で最も重要な存在、大切な聖域である。これを守る事が私の務めであり義務である。

妻・娘にはたくさんの心配をかけた。
元気になった今、妻や家族の為に力強い夫、父としての姿を見せたい。

『胸の傷をみるたびにそう思う』

おわり…。

あとがき~~
長々とお付き合いの程、大変ありがとうございました。
この病により、
沢山の方々と出会えた事は私の宝物です。

また、ご家族の中で大変なご病気を患った時、病院や医師の選択を熟考してください。
それが本人、家族が納得のいく治療を受ける一歩目だと思います。
私の体験談を参考にしていただけたら幸いです。

最後に一言…

『命の商取引。遠慮なんかしてられません』

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越後人さんの回顧録 Part 6

越後人さんの回顧録 「その26~30」です。

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◆回顧 その26

過去に幾度の入院や手術を経験した。
①左膝前十字靭帯断裂による再建手術
(昭和63年8月、平成5年6月、9月)
②右アキレス腱断裂→手術(平成14年5月、9月)
③左上腕神経腫瘍摘出手術(平成22年9月)
④感染性心内膜炎
(平成21年7月入院)
⑤大腸憩室炎入院
(平成22年11月)

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たかしげさんのペースメーカーの植込み手術

たかしげさんについては過去の記事で何度かご紹介してきた。30数年前の大動脈弁置換、そして、昨年の再手術。6月3日の(元)心臓病仲間の集まりではとても顔色の良いたかしげさんのご様子を拝見していたのだが、その後、こんなことが起こっていたとは・・・

心臓手術は当然の事ながら全身麻酔下で行われる。麻酔が効いて意識が無くなってから、手術が終了してICUで眼が覚めるまでに、一体どれだけの時間が経過したのか、一体どのような治療が自分の体に対して行われたのか、手術がうまくいったのかどうかさえも実感することはできない。

ペースメーカーの植込み手術というのは、部分麻酔なので、処置の一部始終が実感できるようだ。これはこれで良いのやら、知らずに終わってくれた方が良いのやら・・・弁の手術を受けた後、暫くしてからペースメーカーを埋め込んだという方も結構いらっしゃるので、たかしげさんの体験記をご参考にして頂けたらと思う。

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 サイボーグのバージョンアップ  (ペースメーカーの植込み手術)

30年ぶりに心臓弁の置換、リング形成、大動脈を人工血管に置換するよう宣告され13時間余の無我の境地から甦ったのは東北大震災の二カ月後だった。

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プロフィール & メール

Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の48歳男性。

2008年12月に僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)

フィルムで写真を撮るのが趣味です。(元)心臓病仲間のポートレート写真展の開催に向けて準備中です。詳細はこちらの記事。「創と私」「術前 vs 術後比較ポートレート」「病気を支えた家族と(元)患者のツーショット」「笑顔の(元)心臓病仲間のポートレート」のテーマで作品制作中です。これから心臓手術を受けるかもしれない人達に元気になる期待と勇気を与えたいと思っています。

心臓病仲間の輪に入りたい方や、ブログについてのご質問、お問い合わせのメールはお気軽にこちらへ どうぞ。但し、私は医者ではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めての方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログ開設: 2008年12月
お知らせ
南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。

このブログは、私が弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。2008年12月当時の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

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